ベーコンエッグは羞恥の味
【昇陽の光亭】のドアを開け、中に入る。
……カランカラン
「ん? 早かったなユズちゃん。 なにか分かったか?」
「え、あ…あはは………。 それが……」
◆
「はぁ、はぁっ…」
この世界に来て初めてできたまともな目標。それはボクの体を考えるより先に動かしました。
すれ違う町の人達は、見慣れないボクの服装を見て驚いた様子をしている。 昨日の夜はそれほど人通りが多い訳ではなかったから多くの人から見つめられるのもなかなか新鮮な気分かもしれない。
レイから聞いた場所は、次の角を……あれ?
「───場所聞いてないじゃん!?」
あまりにもアホな叫びが大通りに響き渡り、ただでさえ目立つボクは大注目されました。
ボクはこの世界に来て初めての目標に向けて走ってると思っていたけど、特大のボケをしでかしていたのだった。
◆
「ぶははははっ!! アホじゃねぇか!」
「だって……嬉しさが重なって感極まっていたんだもん…」
ボクは朝ごはんを食べながら、他の料理人に現場を任せて抜け出したレイから当然のように笑われています。
ちなみに今食べているのはベーコンエッグとパン。 コショウが効いて和食派の僕にとっては洋食のブレックファストって感じが新鮮な感じがします。
この世界のコショウってあっちの中世みたいに高値だったりするのかな……?
「ははは………はぁ、でもまあ俺もなんかおかしいと思ってたんだよな。 よく考えたら確かに場所自体は伝えてなかった…ぶ、あはははは!!」
「もう…! 笑いすぎだよレイ! ………おいしい」
ボクの一連の行動はレイのツボに入ったようで、ボクがいくら咎めても笑い続けている。 でも料理の絶妙な味付けはとてもバランスがよくて怒るに怒れないボクはおいしさに軽く笑みを浮かべているのだった。
「おい見ろよ…店主が妙な服着た女の子に親しげに話しかけてるぜ…」
「昨日まで全然女っ気も無かったあの店主が……くっ…負けた…!」
奥のテーブルからモヒカンみたいな髪型の人とスキンヘッドのおじさんがこっちを見て、レイとの関係を疑っているような会話をしている…。
レイとはそんなんじゃないよ!? そもそもボクは元々男だし! ただ、同郷で話が合って胃袋を掴まれてるだけだよ!
………あれ?
……とりあえずあの人たちに手でも振っておこうかな…。
「うおお! こっち向いて手を振ったぞ! やっぱり店主なんかよりこの髪型の方がかっこいいよな…!」
「何言ってやがる! あの娘は俺を見て手を振ったんだぞ!」
「なんだとハゲ!」
より揉め事が増えてしまった……。なんでこうなるの…?
「騒ぎを大きくしてどうするのよ……」
「あっ、チキさん」
「あっ、チキさん……じゃないわよ! 急にカウンターの奥から飛び出して来て挨拶もなく外に出て言って、帰ってきたと思ったら何故か店主と親しげに話してるじゃない! 朝起きたら横に居なくて心配したのよ!? それとユズちゃんはかわいいんだからその辺の男から簡単に気があるように思われる行動はしないの! わかった!?」
「は、はい!」
なんだかいつにない早口でチキさんから色々と怒られてしまった。 とても怒っているようで……あれ、涙…?
「ほんとに……心配したのよ…」
「チキさん……」
……行き先はちゃんと言うようにしよう。 いや、でも今回はボクも行き先をわかっていなかったけど。
◇
しばらくして涙を拭ったチキさんが 「さっき沢山まくし立てちゃったけど、聞きたい事が多いのよ」 とボク達に質問をし始めた。
「昨日の今日でどうしてふたりがあんなに仲良く話していたの? 昨日の ハン…バーグ? の話とかかしら」
「まぁ、そんな所だ。 お気に召した味だったようで 朝早く起きてすぐに俺んとこに来てレシピを聞きに来てたんだよ」
「そ、そうです。 レシピの話をしているうちになんとなく話が合っていて、気がついたらお互い呼び捨てになってたんです」
苦しい言い訳のような気もするけど、ギリギリ矛盾はないはずだと思う。
「ふーん……。 なんか刺さる気がするけど、まあいいわ。 次は……あんなに急いでどこに行くつもりだったの? 話しかけてくれたって良かったんじゃない?」
「うっ……それは本当にごめんなさい。 どうしても行きたい所があったんです………」
「ひとりで町を歩くのは危ないからせめて私たちの誰かと一緒に行動してくれるかしら」
「わかりました…。 それで、行こうとした所なんですが…」
「まてユズ、ややこしくなるから俺が説明する…ブッ」
自分で説明するのも恥ずかしいからレイさんに任せよう……。もっと恥ずかしいかもしれないけど。
しばらくして直前まで怒ったり泣いたりしていた少女が馬鹿でかい声で笑い始めたのは、結局ボクの羞恥を呼び覚ましてしまっていました。
◆
「───それで、店主が言っていた所はここよ」
「そうみたいです。 噴水ですね… なんだか心地いいような…」
ひとしきり笑い尽くしたチキさんから質問攻めにあった後に改めてレイから場所を教えて貰い、チキさんと一緒に向かう事になりました。
それがここ、噴水です。
どこからどうみても普通の噴水だけど見つめていると何故かとても心が落ち着く。 ……噴水があるってことはこの町は水道が通っているのかな…?
疑問に思ったのでチキさんに聞いてみると、
「……こういうのはソルに聞いて頂戴…私、専門外なの。」
後からソルさんに聞いたところ、この町には水道って言うのはないみたいで、昔有名な魔導学者がこの辺りの地下を調べたら噴水の下にとてつもなく大きい魔石があったらしいです。
それが町中に聖なる水を運んでいるらしく、全ての建物の中に直接繋がっている訳では無いけど町の至る所に水の湧く小さな管がある……んだそう。
その中でも魔石に1番近いこの噴水が最も神聖な効果を持った水を常に噴出させているみたい。
でも、この時のボクはそんな事は勿論知らなかった。けれど、感じたことがあるような何かを探すように噴水の頂点から流れ落ちていく水をじっと見つめていました。
「……この水から何かを感じる…。 温かくて、凄く心が安らいで……」
「ちょっとユズちゃん、勝手な行動をしないで……
…
……
………
静寂。 さっきまで水の流れる音や町の人の話し声が聴こえていたのに、急に静かになった。
まるで時間が止まったように静かになっちゃった。 チキさんも言葉を言いかけたまま止まっている。
「どういうことなの…?」
───柚流…いや、ユズちゃん。 3日ぶり……かな、元気?
突如噴水の奥から聞いた事のある声が響く。止まった水の流れに映し出されたその姿は、
「ヴェスタ、様…?」
ユズ
「ヴェスタ様…?」
ヴェスタ
「意外と早かったね。 これもあの料理バカのおかげなのかな?」
これからも柚流の祈りが読者様に届きますように!
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