星の光
二人が、何の変哲もない夜の星空を眺めていました。真っ黒な画用紙に、無造作に落とされた白い絵の具が、「我ここにあり」と言わんばかりに輝いていました。
「相も変わらずキレイだねえ」
一人がうっとりしながらそう呟きました。
「うん、キレイだ」
もう一人が何度も頷きながらそう呟きました。
すると、一人が隣人を見て、不思議そうな面持ちになって尋ねました。
「キミは何を見てキレイだって言ってるの?」
もう一人も星空から目を離し、隣人の顔をまっすぐに見つめました。そして、穏やかに微笑むと、
「何って、そりゃあもちろん星空さ」
「でも、キミの視線はいつも星の方ではなく、むしろ暗闇の方にいってると思うよ」
長年付き合っている二人ですが、いよいよその長きにわたる疑問をぶつける時がきたようです。両者はしばらく無言で、互いの瞳を見つめ合いました。
やがて、
「ううん、キミの思い違いだよ。ボクはちゃんと星を見てる」
「ウソだぁ、だってあんな所に星なんてないじゃないか。真っ暗な『無』しかないよ」
「いいや、あそこにだってね、ボク達には見えないだけで、ちゃんと星があるんだ。しかも、あのまばゆい光を放つ白い星達と同様、光ってる」
「? 光ってないじゃんか」
「そりゃ、ボク達から見たら光ってないように映るけど、彼らは間違いなく光っているよ。黒く、ね」
「黒く?」
「そう。黒く鈍く汚く光る。それが彼らにとって最大の『キレイ』なんだ。ボク達だってそうだろう? 多くが美しいと思うものを、汚らわしいと思う奴だっているし、その逆もしかりだ。それはあの星達にだって、同じことがいえるんだよ」
「じゃあ、キミには見えるの?」
一人がもう一人に尋ねました。もう一人は、今度は星空から目を離すことはなく、ただニヤリと口元をつり上げて、
「ああ、あそこにいると思いさえすれば、必ず見える」
と、断言しました。その言葉に何だか負けたような感覚を覚え、腹が立った「白い星」の信者は、
「フン、いいもん。ボクはキミが何と言おうと、あの白い星が好きなんだ。黒い星なんて変なもん、ボクにはどうだっていいやい」
と、拗ねたような口調になって隣人にぶつけました。すると、それがツボに入ったのか、「黒い星」信者はブハッと吹き出してしまいました。
「なんだよう、笑うことないだろう!?」
ついにカンカンに怒り出してしまった「白い星」信者は、地団駄を踏みながらその怒りを隣人にぶつけ始めました。それでもなおゲラゲラ笑っている「黒い星」信者は、
「あっはっはっは、ゴメンゴメン。キミの拗ねっぷりが可愛くてね。そう思うと今度はなんか可笑しさがこみ上げてきちゃって……!! あっはっはっはっは……!!」
「むうううう!! 何さ何さ、キミはいつもそうやって大人びやがってさ! もう知らない!!」
「待って、ごめん。ごめんってば。誤解のないように言っておくと、悪気はないんだよ。本当にごめんよ」
どこか必死の形相で、「黒い星」信者は何度も謝りました。それを見た「白い星」信者もこれ以上はさすがに悪いと思ったのか、
「もう大丈夫だよ、だからそんなに謝らないで。ボクが悪者みたいに思えちゃうから」
と、穏やかな笑みを浮かべながら告げました。「黒い星」信者はパアッと表情を明るくすると、
「そうかい!? よかったぁ! キミには嫌われたくないからね」
と、嬉しそうに声を弾ませながらそう言いました。素直な言葉に、「白い星」信者も気恥ずかしそうに照れ笑いしましま。
そして、
「ボクも」
「うん?」
「ボクもキミには嫌われたくない」
照れを隠すかのように星空を注視しながら、どこかそっけないような感じで「白い星」信者はそう言いました。「黒い星」信者は何も言わず、ただ笑顔一つ作りながら「白い星」信者を見た後、再び夜空を注視し始めました。
「キミはスゴいよ」
ふと、感心したように「白い星」信者は隣人に告げました。
「何がだい?」
隣人の言葉の意味を知りたくて、「黒い星」信者は続きを急かしました。
「ボクは所詮、周りに流されて白い星を好きだと言っている臆病者さ。でもキミは、自分の意思で黒い星を好きだと言ってる。さっきのボクの怒りはね、キミに対してじゃなくて、実は軟弱なボクに向けての怒りだったのさ」
そうして、「白い星」信者は本当に辛そうな顔をして、星空を眺め始めました。そんな隣人を再び見つめながら、「黒い星」信者はこう尋ねてみました。
「キミはどうして白い星が好きなんだい?」
「えっ?」
「白い星」信者もまた、隣人の方に顔を向けました。「黒い星」信者は相変わらず全てを見透かしたような目つきでこちらを真っ直ぐ見つめていました。普段は腹立たしいはずですが、今はむしろそれに救いを求めていました。待ち望んでいた、質問でした。
「黒がダメなんだ。黒は怖いし、冷たい。昔から、黒を見るたびに背筋が凍っちゃうんだ。だから、昔は夜もあまり好きじゃなかった。でもね、ある時母さんがボクを連れ出して、この白い星達を見せてくれた。それからかな、夜もいいなって思えるようになったのは。白い星は、ボクにとって救世主みたいなものなんだよ。大げさだけどね」
「ふふ、ちゃんとあるじゃないか」
「黒い星」信者は笑いました。それにつられて、「白い星」信者も笑いました。
「そうだね、あったよ。思い出した」
そう言ってからしばらくして、
「キミはどうして黒い星が好きなんだい?」
今度は「白い星」信者が尋ねてみました。「黒い星」信者はウーンと少し考えた後、
「キミと同じかな。ボクの場合は白がダメで、黒に救われたってだけ」
クスリと軽く笑ってそう答えました。その笑みは、これまで見てきた中で一番儚くて、尊いものでした。
「なんだ、ボク達似た者同士だね」
「白い星」信者が、また笑いました。
「ああ、同じだ」
「黒い星」信者が、また笑いました。
星空は、いつまでも白く、そして黒く輝き続け、二人を暖かく照らし続けるのでした。
――――完――――




