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どんな傷でも癒やし〼  作者: 吉田夏帆史
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新しい魔女…?

この町に魔女が越してきた

その噂は、大分経ってから先住の魔女の耳にも入ってきた

深い藍の洋服、玄関先の箒、それからご丁寧に黒猫まで連れているという

カラスまでも飼ってるんじゃないかしら?

先住の魔女は思いながらも、あまり気にも止めない

いつものように、“どんな傷でも癒やし〼”と書かれた看板のある家で、薬草や野菜を育てて、箒を片手に道行く人に挨拶をする

いつも通りの漆黒の髪、漆黒の瞳、藍色のワンピースに胸元には七色のペンダントをぶら下げて


「こんにちは」

その人が現れたのは、お昼にはまだはやい10時頃

魔女は、薬草を少し刈りとっていた

何となく必要になりそうな気がすると、いつも何となく刈りとっている

「こんにちは」

魔女も手を止めて挨拶をすると、声の相手を確かめた

年齢は20代か、魔女と同じくらいに見える

溌剌とした雰囲気の金色のショートヘア

藍色のツヤのあるTシャツに、デニムのようなゆったりとした濃いズボン

くるぶし丈のズボンの裾から黒い靴下が見えて、靴ももちろん黒

さすがに箒を持ってはいない、先住の魔女のようにペンダントを下げているわけでもない

けど、まぁ医者が白衣を着ているように、魔女らしい出で立ちではある

「私はユリ、少し前にここに越してきたの。他にも魔女がいると聞いて、ご挨拶をしたくて…」

手を差し出されて、先住の魔女は少し戸惑った

こんなに丁寧に挨拶をされるのは久しぶりだ

「はじめまして」

小さくつぶやくと、差し出された手は握らずに両手をギュッと握った

ユリは思わず手を引っ込める

魔女は、悪いことをしたと思ったのか、おずおずとユリをお茶に誘った

ユリはありがとうと応じる


魔女はユリに背を向けると、ゆっくりと玄関の扉を開けた

扉を開けて、右手にあるダイニングテーブルの奥にはキッチンがある

そのカウンターに採った薬草を置いて、魔女は適当に座ってとダイニングテーブルを手で示した

そして、そのままキッチンでお茶の支度を始める

ユリはちょこん、と手近な椅子に腰掛けた

「あなた、猫とお話できるの?」

「いえ…」

突拍子もない質問に、思わずユリは否定した

「じゃあカラスと?」

続けて魔女は問うて、お茶をテーブルに並べた

ユリは質問の意図が分からないというように、キョトンと魔女を見上げた

魔女は何も言わないで、椅子に腰掛ける

2人はゆっくりと、カップに口をつけた

「あの…」ユリがようやく口を開く「どうして、あなたは魔女をやっているんですか?」

多分その質問は、職業としてどうして? ということなんだろう

魔女は、分からないとしか答えられない

「祖母がね、玄関先にいつも箒を下げていたの。そして、色んな人たちを占っていた

 私は玄関先に箒を下げる意味も知らずに、慣習として箒を下げたの。そうして、祖母がやっていたように訪れてくれる人たちを占って薬草を分けていたら自然と」

そう、自然と周りの人が“魔女”と呼ぶようになっていた

ユリは訝しげに、魔女を見やった

到底信じられないのだろう。魔女自身も、まさか自分がこうなるとは信じられなかったように…

「じゃあ、あなたはどうして魔女に?」

今度は魔女から問うた

そもそもこの質問がおかしい、とも思いながら

じゃあ、あなたはどうしてあなたに? と問うているようなものだ

ユリは思案しながら答える

「私は…占いが得意で、好きで、見えるんです。その、カードの奥の言葉というか…それで…」

扉に箒をかければ魔女になれる。昏い服を着れば魔女になれる

ずっとやりたかったことだから、一度やってみようと思った、と

「自分の好きなこととか、ワクワクすることとか、自分にとっては当たり前なことを才能と言うそうよ」

魔女は、だからどうか楽しんで、と笑った

魔女が魔女であって当たり前のように、ユリはユリであって当たり前で、それはそれだけで既に才能だ

ユリは、ぼんやりと魔女を見た

そして、何かを言おうとして…

その言葉はドアベルに遮られた


あのあと、薬草を分けてほしいという人が来て、ユリは邪魔にならないようにと、そそくさと頭を下げて帰っていった

薬草を欲した人もすぐに辞して、魔女は一人茶器を片付ける

魔女をやってみたかった…か

魔女にとって、魔女は、なるではなく、そうだったことを思い出したに近い

忘れていた自分の名前を思い出したような感覚

そしてありがたいことに、この町の人たちがそれを手助けしてくれている

魔女として、受け入れてくれている

「私は、幸せ者ね…」

魔女はポツリとつぶやいて、ユリももっと何かを思い出せるといいと思った

そうしたらもっと魔女になるかもしれない

違う道が開けるかもしれない

それは分からないけど、きっと時間が少しずつ少しずつ思い出させてくれると思った

そして魔女自身も、もっと思い出さなければいけないことがあるような気がしている

魔女は思わず、今この瞬間と、自分を見守るすべての存在に感謝を捧げた

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