表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どんな傷でも癒やし〼  作者: 吉田夏帆史
1/3

魔女といえども…

“どんな傷でも癒やし〼”

通りがかりの人たちから見やすい位置に立てられた看板には、手書きでそんな紙が貼られていた

鰻の寝床のような土地には、細く長く薬草たちが揺れている

玄関へ続く小道の両脇を、衛兵のように整列して

白雪姫に出てくる小人たちが住んでいそうな小さな建物

小さな小さな一戸建て

玄関の脇には箒が下げられている

ここに住んでいるのは医者ではない、薬師でもない

年齢は知れぬが、若く見える魔女が一人

訪う人たちに、さほど作用の強くない優しい薬を作っては売っていた

それから占い、ハーブを練り混んだ蝋燭、塩、などなど…

まるで気休めのようなものも、時に売ることがあった

ただ、こちらはほぼ道楽で自分のために作ったものを分けているという感じだった

漆黒の髪に漆黒の瞳、紺色のワンピースに胸元には七色に光るペンダントを下げて

いかにも魔女らしい格好をした彼女の1日は大抵決まっている


身支度を整え朝食を終えたら、部屋を掃いて、外用の箒に持ち替えると通りまで少し掃く

そして道行く人に挨拶をする

「おはよう、魔女さん」と彼女は呼ばれる

おはよう、と彼女もにこやかに挨拶を返す

往来が落ち着くまではそうして、ゆっくり箒を手に挨拶をしたり、薬草の様子を確かめたり…

具合の悪そうな人がいると、心の中で祈ったりもする

助けを求められていないのだから、できることは少ないけれどせめて…

彼女は自分を魔女として受け入れてくれるこの町が好きだった


平日の午前中は、人が来ることも少ない

その日もいつも通り裏の人目につかない畑で、今日使う分の野菜を収穫していた

パンや米などは町に買いに行くが、魔女はそもそも俗世と余り交わりたがらない

そのチカラを世のために使う使命において交わるくらいだ

最も能力の良し悪しによって、まるで修行僧のように、あるいは神のように、街を見守っている者もいると聞く

魔女と気取られず、一介の医者や薬師や占い師、さまざまな職業について、毎日を人の中で過ごす者もいるらしい

それでも魔女たれるよう、時折身を清めたりはしているのだろう

時々、人は目に見えぬ毒を吐くことがある

軽く払えば済むこともあれば、塩や月の光や太陽や水、そんなもので浄化することもある

魔女は魔法を使うから怖い、と言う人がいる

だけど彼女にとっては、気付いていないだけで同じだと思う

自在に操れ、そのチカラを役立てられるのが魔女なだけだと

そしてそのチカラを意図せず使ってしまっている人を牽制し、意図せず被ってしまった毒は解毒する

食べ物の毒か、思いの毒か、魔女にとっては大差ないことだった

ただ、助けを求められていないのに助けることはできない


チリリリン、とドアベルが鳴る

魔女は収穫を止めて、裏口から家に戻った

家の暗さにしばし立ち止まって、玄関先におずおずと立っている影を見た

「いらっしゃい」

声をかけて、作業台にしているダイニングテーブルに向かう

玄関にほど近い右手にあるテーブルの、手近にある椅子を示す

「どうぞ」

「………」

来訪者は、何も言わずに腰をかけた

見た感じは魔女と同じか、それよりも若い

学生といった雰囲気があるから、きっと10代の女の子

可愛らしい小さな顔と身体にショートヘア

ボーイッシュなパーカーやデニムも、顔立ちの可愛らしさゆえ似合っている感じがした

「今、お茶を入れますから…」

魔女は言って、すぐに茶器を持って戻ってきた

保温されたポットから湯をついで、ハーブティーを淹れる

魔女が目の前に座って口をつけると、来訪者も黙って口をつけた

ただ、その先も何も言わない

魔女も何も言わずに待っていた

「あの…表の看板にどんな傷でも、って。それは昔のものでも大丈夫なんでしょうか?」

魔女は手にしていたカップをカタンと置いて、ものによりますと言った

「心の傷であれば、それは本人次第でしょうし。ただ物理的なものはお医者様に行ってもらうしか…」

女の子は少し落胆したようだった

魔女が手をかざせば、たちどころに傷など無くなると思っていたのかもしれない

けれど、どこかでそんなことあるわけない、とも思っていたのだろう

女の子はパーカーの前を開けて、自分の肩を見せた

「うんと小さな頃の怪我です。不注意でどこかから落ちて、石だったか何かが刺さって抜いてもらったんだそうです」

白い肩についた、小さな痕は小さいけれど確かに一生消えないような傷だった

「その傷が嫌なの?」

魔女は聞く

「見られたくないんです」

女の子はポツリと答えた

「学校では隠せるけど…」

魔女は少し考える。思春期の女の子だ、好きな人でもいるのだろうか、と。

そして考えあぐねて、テーブル下の引き出しからタロットを1枚引いて見た

出たカードは世界

魔女は何となく頭に、完璧という言葉が浮かぶのを感じた

違うかもしれない。けど魔女は女の子の傷が自分が完璧でないことの証明のようで、それを気にしているのでは、と思った

ただ、それをそのまま言うことは控える

「今は春休みだったかしら?」

にこやかにやんわりと、なんてことない会話をする

ええ…と女の子も応じた

「これからどんどん暑くなるし、お洋服によっては傷が見えてしまう。もしかしてそれが嫌なの?」

「いえ…あ。でも、水着が着られないのはちょっと…」

「残念ながら傷を消すことは出来ないけど…」

魔女は言いながら、タロットやオラクルなどカード類をテーブルに出した

「こういう占いならしてあげることはできるわ」

魔女も、人も、そう違わないのよ

「………」

女の子は、少し驚いたように黙った

「私たちも、何故か魔女って呼ばれているだけで、同じように重力とかこの世の理に支配されているのよ。何でもできるわけじゃない、残念ながらね…」

「…いつも箒を持っているのを見ていましたけど…」

もしかしたら飛べるとでも思っていたのかもしれない

「魔女が飛んでいるところは見たことないわ。

 昔ながらの薬なら調合できるし、お悩み相談にだって乗ることはできる。けどそれって魔女じゃなくても、できることではあるわ」

「じゃあ、どうして?」

どうして? 魔女と呼ばれているのか? こうして生きているのか?

「分からないわ」魔女は答える「ただそれも含めて魔女と呼ばれるのよ」

変わり者ってことかもしれないわ。魔女は肩を竦めて笑った

女の子は、ほっと息を吐く

「ごめんなさい、私占いは信じないんです。自分が努力すればいい話だと思っているから…」

「そうなの」

「この傷は努力しても消えないから、傷のない身体が羨ましかったけど…」

「生きていれば傷が付くのなんて当然よ? 私はいいと思うわ。それも含めてあなただと思うから」

女の子は苦笑した

「お代、おいくらですか?」

「適当にお茶代を置いてくれたら助かるわ。ほんの気持ちでいいの」

女の子は迷って、200円をテーブルに置いた

「ありがとう」

魔女はお礼を言う

「もし、占いをするならおいくらですか?」

そして、女の子のその質問に少し驚きながら、30分で500円だと答えた

機会があれば、友達でも連れてきてくれるのかもしれない

去っていく背中を戸口で見送りながら、魔女はありがとうと心の中で呟いた

治してないやん!とツッコまれそうなので書いておきますw

治すと癒やすは違って、個人的見解ですが

たとえ傷があっても、周りが受け入れてくれたりして、本人が気にしないなら、それはあるけどなくて

気にならなくなれば、それは癒やしになるのではと思って書きました

物理的には治らないけど、傷はあるけど、気にしなくなればないのと同じみたいな

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ