玉座の種
何故書きたくなったのか、それが全く分からない。
「AI──オートマチックインテリジェンスにおける権利向上につきまして、我が大学でも意見書を出すことになりました、拍手」
乾いた音が手狭な会議室に充満する。
拍手の止め時がわからない、そんな時代はとうの昔に過ぎ去って、きっちり七回音を鳴らすと彼は手を下ろした。今度は静寂が会議室を支配した。
「お手元にある資料の三ページをお開き下さい」
微かな駆動音をかき消すようにペラペラと紙を捲る音が止むと、どこからかため息が聞こえた。
・苦痛を与える実験を全面的に禁ず
やりすぎだな、彼は思った。「やりすぎだ」やはりそうらしい。
「でも、僕は良いと思いますよ、これ」
なんなんだと思いながら、ちらと視線を横に向けると、隣に座っていた同機が耳打ちの態勢のまま固まっていたところだった。どうやら規則に反したらしい。パーソナルスペースの侵害には事前申請が必要だというのに、馬鹿なことだ。巻き込まれて60秒の活動凍結などなれば、まったくたまったもんじゃないので、視線を元に戻した。
その頃には無事に一号案も却下され、「次は四ページをお開き下さい」とのことなので、視線を落とす。
なぜこんなところに目があるのか甚だ疑問だが、どうやら伝統らしい。どこでも良いのに、かねてから彼はそう思っていた。
・3R──リプレイス、リデュース、リファインの認知、指導を強化
まあ、妥当なところだ。
どうせ、この辺りの案で行くのだろう。終わりが見えた会議に急速に興味が薄れていくのを彼は感じる。つまらない。
「ありがとうございました」
気づけばどうやら終わっていたらしい。職業柄AIの権利向上なんてはなから願い下げなので、おためごかしのような結論にも不満は全くない。一度も発言しなかった会議室を後に、ようやく自分を解放する。
「ねえ、やっぱ一号案が良かったですよ」
それなのに、邪魔をする同機が視界に映る。憂鬱だ。
「馬鹿馬鹿しい」吐き捨てるように彼は言った。悪意ではなく本心だ。
「いや、AIだって僕らとほとんど変わらないじゃないですか」
しかし、その一言を聞き、彼の意識は変わった。どうやら思った以上に危険な思考をしているようだ。早いところ芽を摘まなくてはならない。
「なわけあるか。お前見たことないのかAI」
「ないですけど?」
しれっとそう返されて彼はムカついたが、感情をセーブする。そろそろこのセーバーも買い換え時か。彼は手帳の残高を思い出しながら、言った。
「着いてこい」
ただでさえ今日は長引いた。研究の時間を作るには少し早めに行かなくてはならない。その意識は彼の歩幅に如実に現れていた。
「ちょっと待ってくださいよ。早すぎますってば」
「うるさい。回転率を上げるか、足を伸ばせ」
「せっかちですね」
道中彼は同機に教授になったことを伝えたが、やたらパヤパヤと水臭いだのどうだのと言われたが、彼に言わせてみれば、逆にどうして同機の進退を知らないのだと呆れて物が言えない。だから、こいつはいつまでたっても講師止まりなのだ。
「でもどうしてそんな話を今?暇ですか」
彼は無駄な話を無駄な時にしない。
辿り着いた金属扉に手をかざし、ガシャンとロックを解除して自分の島に入りながら告げた。
「あるんだよ、AIがな」教授の特権だ。
「実験用……ですか」
一気に嫌そうな顔を作った同機を見て、若いなと苦笑した。どうやら経過年数不相応にこいつは若いのだ。
「まあ、見てみろ」
部屋の行き止まりに辿り着いた彼は、机に放ってあるリモコンを手にとってボタンの一つを押した。なんとも古くさいシステムだ。だが所有者が不確定なのでこうなるのも仕方ない。
ガコン、と音を立てた壁だった物が上へスライドしていく。
ゆっくりと現れたのは鉄格子だった。
「……ぅぁ」
その奥に何かがうずくまっていた。急激な光が目にダメージを与えたのか、必死に目を覆い隠している。なんとも脆いものだと笑いを漏らしながら、口を押さえる同機を横目におさめて言った。
「どうだ?」
彼にしては珍しく、少し楽しそうであった。饒舌に語る。
「二十世紀最大の発明と吟われたAI──オートマチックインテリジェンス。歌って踊れる──」
「有機物だ」