第1話 はじまり
今、俺はクマのような魔物、≪グレイグリズリー≫の討伐クエストの最中である。目の前の魔物は日本のテレビで見たようなクマとは違い、毛並みは灰色。ゆえにグレイなんだろう。
毛並み以外にも俺の知っているクマとの相違点がある。
それは一角獣のような角が額にあることだ。先ほど、この角の突きをかわした際、魔物がそのままの勢いで木に突進していった。
魔物が角を抜いた場所には、ひび割れのないきれいな穴が開いていた。それほどまでに鋭利であるということであろう。あれが人間のに突き刺さった日にはきれいな穴が開いてしまいだろう。
≪グレイグリズリー≫の危険度はD。
これは一般的な冒険者一人で事足りる相手ということである。
しかし、目の前の魔物はそれ以上。間違いなくD以上ある。
「しまった!」
決定打にかける俺は魔物の突きや爪をかわしていたのだが、足元をおろそかにしてしまい、すべってしまった。
目の前には大きく手を振りかざした魔物が。
(ここまでか……)
目をつぶって体を丸くして衝撃に備える。
しかし、思っていたような衝撃はいつまでたっても来なかった。
冷気。
肌が痛くなるような冷気が肌を刺す。
恐る恐る目を開けるとそこには一人の少女が凛と立っていた。
魔物は彼女に甘えているようだ。
「よしよしよし~いい子だ。もう大丈夫だから、森にお帰り」
すると、魔物は森の中に帰っていった。
その背中を見送って少女が俺に近づいてきた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
少女は肌は白く、髪は銀髪、目の色は紺碧ととんでもない美少女であった。しかも、巨乳……。絶世の美少女というものが存在するのならきっと彼女のことを指すのだろうと思った。
「じゃあ、私は先を急ぐから」
そう言って彼女は体をひる返して先を急ごうとする。
「待って!」
とっさに彼女腕をつかんだ。
なぜこの時彼女を引き留めたのかはわからない。
でも後に、それこそ運命というやつだったように思う。
彼女は気候に合わず、肌を隠すようにロングシャツと手袋をしていたが、ちょうどその間の、彼女の白い肌をつかむ形となった。
「つめたっ!」
「おい、お前! 大丈夫か?!」
彼女の肌はびっくりするくらいに冷たかった。ドライアイス見たいに、長く触れていたらその肌から手が離れなくなりそうだ。とっさにひっこめた俺の手を彼女が不安そうに見る。
「え?」
そして彼女はびっくりするように僕の手を見つめて、はっと顔を上げて僕の顔を見た。
「大丈夫ですよ」
「いや……そうじゃなくて……」
どうかしたのだろうか?
やはり、女性の柔肌に触れたのがまずかったのか?
何いはともあれ、
「あの……よかったらお茶でも飲んで話しませんか?」
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あの森の近くにはシープタウンという街があり、今はその街の喫茶店の中。店内はレトロな感じで木を基調としている。
目の前の彼女は一心不乱に目の前のケーキを食べている。
彼女が食べ終わってようやく会話が始まった。
「……俺はミナトです。お名前聞いてもいいですか?」
「……私はシアラだ。別に敬語じゃなくてもいい」
「そう?」
シアラは名前を言いながらもずっと俺のケーキを見ている。
「……食べる?」
「いいのか?!」
満面の笑みで俺のモンブランにかぶりつく。正直ここの料金は安くはないので自分でご相伴に預かりたいところでははあるが、彼女の笑顔に免じて良しとしよう。
「それはそうと、お前、異世界人か?」
「ああ、二年前に勇者として召喚されたんだ」
へー、とシアラはケーキをほおばりながらどうでもよさそうに頬づちを打ってくる。
俺の黒髪黒目はこのあたりだと珍しいからシアラは俺が異世界人だと気づいたのだろう。
「シアラはここに何か用事でもあったのか?」
「まあ、ここじゃなくて王都の方に少しな……」
ここは、ユピテル連合の1つ、カザミール王国。
王都までは少なくとも馬車(ここでは馬は馬でもユニコーンが引っ張ってる)で後、一週間はかかる。
「何はともあれ、お前! 変なスキル持ってないか?」
「『強奪』ってスキルを持ってるよ……」
「へえ……」
シアラは嬉しそうに聞いてきた。
俺は日本に転生したタイミングで『強奪』というスキルを獲得していた。
この世界は魔法がある。あらゆるものに、「魔力」が内包されており、その魔力を操作することで魔法を使うことができるのだ。しかし、現在の魔法技術では長い呪文を詠唱して魔法を使わざるを得ないようだ。戦いの場において悠長に詠唱はしていられないので、魔法使いは後ろの方でサポートが一般的であった。なら、日常生活で活用されているのかといわれると、そういうわけでもない。魔法使いに向いている人を除いて一般の人が内包している魔力は少なく、起こせる事象も微々たるものだ。結果、この世界では魔法はあまり普及していない。
対して、スキルは魔法の持つ問題を解消しているのである。スキルとは魔法のように万人が使うことができるわけでなく、個性とでもいうように人によって違い、また発現するかどうかも人によって違う。ある人は炎を操り、またある人は大地を操るとか。噂では時間に干渉するスキルもあるという。
スキルは体内の魔力を消費しない。
消費するのは大気中に漂う魔力だ。
そのため、干渉できる事象は大きく、また魔法のような詠唱は必要ないのである。
ちなみに、この世界に異世界人を召喚しているのは、異世界人はこの世界に来る際に強力なスキルを得ることが大半だという。
しかし、召喚された俺のスキルは「強奪」。
使いにくいことこの上ないのだ。
一応、勇者候補の一人らしいが、なんちゃってだ。
効果は、「相手のスキルを奪う」というもので、一見するとかなり強い。
しかし、このスキルは「強奪」と言いながら、相手が譲渡したい、と思わないと俺の手にスキルが渡ることはないのだ。
何十人と使ってみて、全員に抵抗された。
異世界でも人望がないのには驚いたものである。
結果、「落ちこぼれ勇者」「勇者もどき」と言われるようになってしまった。他の勇者候補らからは鼻で笑われる始末だ。
「あ、おかわりください」
「………………」
ここの代金は俺がすべて出すといってしまったので、シアラは遠慮なく追加オーダーを出す。
かっこいい男なら、堂々としているのだろうが、悲しいかな、落ちこぼれ勇者は財布の中が気になってしょうがない。
「お前はこの街に滞在しているのか?」
「いや、王都に滞在しているんだけど、あの魔物を狩りに来たんだよ」
「ふーん、あの程度を狩るためにここまでくるとは、厄介払いされているようんだな」
ぐうの音も出ない。
このクエストはアメリア協会から直で俺に指令が下ったのである。
俺が何かしたわけではないが、力がなく、いつまでも王都にいる俺は目の上のたんこぶだったのだろう。
あのクマ型魔物の戦闘力はDくらいだろうか。わざわざ王都から派遣されるほどの難易度の魔物ではないのだ。
シアルは「めちゃうまー!」、と三つ目のケーキをほおばっている。
「もしよかったらなんだが」
「うん?」
俺は紅茶を飲みながら相槌を打つ。
「私のスキル奪ってくれない?」
紅茶を噴出した。
幸いにも彼女の顔ではなく、右横に噴き出せた。
「げほっ、何言ってんだ?!」
「そのままの意味だが?」
「冗談だろ?」
「私、面白くない冗談は嫌いだ」
むす、っとするシアル。
この世界でのスキル保有者の有意は圧倒的なものだ。それこそ俺みたいな使えないものを除いて。
スキル保有者は十万人に一人しかいない。
この国の人口は二百万人がせいぜいなので、この国には異世界人を除いて二十人しかスキル保有者がいないのである。
持っているだけで将来安泰。俺は例外で。
失うことに対するメリットがないのである。
「ちなみに……理由を聞いても?」
「私のスキルは『原初の白』っていうものなんだけど、そのスキルのおかげで寿命が凍ってるんだ。だからこう見えて私千五百歳超えてるぞ」
「千五百歳!」
目をひん剥いて、目の前の少女の頭からつま先まで見てみる。
凛としているがあどけなさを残す顔立ちから、容姿は一七歳とだと思われる。胸だけは立派な大人だが。
「ばばあ――」
まつげが凍った。
「あん?」
「――店員さん! ケーキおかわりくださーい!」
ケーキで何とか機嫌を直してくれた。
危うく命まで凍らされるところだった。
『原初の白』とかいうスキルは凍結を操作する力なのだろう。
「まあ、一五〇〇年生きてきたんだが……もう疲れたんだよ」
「だから、いっそスキルを譲渡して死にたいと?」
「そゆこと」
シアルのスキルがあれば俺は勇者として認められるかもしれない。
でも――
「そういうことなら、スキルはもらわない」
シアルは予想でもしていたかのように驚くこともなく、ケーキをほおばり続ける。
「じゃあ、私を王都まで連れてけ」
「え?」
「私に生きろと言ったんだ。最後まで面倒を見るのが道理だろ?」
かくして、俺とシアルの王都への旅が決まった。
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現在地は街が見渡せる丘の上。
そこに俺はキャンプを立て拠点にしていたのである。実はあのクマを見つけるのに一週間かかっているのである。
このキャンプには武器の手入れから、ご飯のづくりまでできるように準備をしている。
今は晩飯を作っている最中。今日はシチューだ。
「へえ、昔はそんなことできなかったのにな……」
「いや、俺の昔知らないでしょ……」
憶測で料理できないと断定されるのはたまったもんじゃない。
日本ではオタク男子でも、ここではしっかり自炊を二年間も続けてきたのだ。
あははは、とシアルは笑う。
「一五〇〇歳が言うと説得力あるだろ?」
確かに! と思ってしまった。
しかしながら、自分のキャンプに客人が、しかも絶世の美少女がいると思うと……刺激が強すぎるな……。
「なんか食べれないものがあったりするのか? 虫とか蛇とか、カエルとか」
「ぜ、全部無理! 入れたら承知しないぞ!」
実はこのシチューに入れている肉は「土カエルの肉」である。鶏肉よりぱさぱさしていて、土臭く、そこまで触感はよくない。しかし、調理次第では結構いける。
すでにカエルが入ってますといったほうがいいのか、言わないほうがいいのか……
「冗談だよ」
俺は言わないことにした。
第一、こんなところで野宿するくらいお金に苦心しているのである。そのことからも察することができるように、俺の食卓にはゲテモノ料理がよく出る。
知らぬが仏という。ここは仏にあやかることにしたのである。南無南無。
まあ、昼のケーキ代の恨みだ。
「なあ……お前、今嘘ついたな……」
じとー、とこっちを見つめるシアル。どうしよう……
「なぜ……そう思う?」
「勘……」
「おい! カエルとか入れたんじゃないじゃろうな?!」
「ちょっとパサついた鶏肉だと思え」
「やりやがったな!」
掴みかかってくるシアル。
俺は俺で飯に文句言ってんじゃねえ! とお玉を振り上げて応戦した。
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「うんまーーーい!」
「うまーーー!」
二人そろって焚火を囲むように座って、シチューに舌包みを打っていた。
「これ本当にカエルの肉なのか? めっちゃおいしいい!」
嫌がるシアルに、一度食べてみろ、と無理やり食べさせてみたところ、大好評。
「この調子なら虫料理もいけそうだな」
「殺すぞ」
ライオンでさえ震え上がりそうな真顔。
「怖っ!」
「わし、本気出せば、見るだけで人殺せるぞ?」
シアルを怒らせるのはやめよう……
「おいしかった」
満腹になって満足そうにシアルが言ってきた。
そもそも人と食事をしたのさえも久しぶりだった。
「人と食べるご飯はうまかったよ」
すると、シアルは満面の笑みで
「じゃあ、これからは楽しい食事だな!」
明日の朝から王都に向けて出発する。
俺は、はやる心を落ち着かせるためにもその日は早めに床に就いた。




