1-7 陰湿悪役令嬢の転生
大きな扉を開くと、中央に置いてあるチェスターフィールドと呼ばれるシックな造りのソファセットに座っていたオルカ兄様が顔を上げ、先ほどの友人と思われる人物がこちらを振り返った。
「コレット! もう身体は良いのかい?」
「はい、オルカ兄様。ご心配をおかけしました」
「あぁ、大事なくてよかった」
心からほっとしたようにそう言って私に笑いかけていたお兄様の表情が、スンと真顔になる。
「……リリアナ!!」
「はい!!」
一瞬にして表情を変えたお兄様に大きな声で名前を呼ばれたリリアナが、私の後ろで返事をする。
もしも彼女が先ほどの件で咎められるようであれば私が全力で守らなければ。
あれは私が悪いのだし、結果的にはそのおかげで前世を思い出せたのだ。
そう思って振り返ってリリアナの顔を見ると……心配とは裏腹に、晴れやかで誇らしげな顔でお兄様を見ている。
「リリアナ……?」
あまりに現状と彼女の表情が結びつかないことに困惑が隠せない。
「よくやった! やはりコレットはとても愛らしい!」
「は?」
思わぬ台詞に、お兄様を再び見るが真剣な表情と台詞とが合っていない。
驚きのあまり令嬢らしからぬ声を発してしまった。
「お褒めに預かり光栄です。幼少の頃より慎ましやかな装いを希望するコレット様の魅力を最大限に引き出せるよう尽力してまいりましたが、ここ一年ほどはお考えがあったようで思いのほか華やかな装いをお望みでした。お嬢様のご希望が第一と考え、あのようなコーディネイトをしてまいりましたが、この度、やっと……やっとお嬢様より私に一任するとのお許しが出ました! オルカナイト様、お喜びくださいませ。今後、お嬢様はより一層、光り輝きます!」
またしても始まってしまったリリアナ劇場に、どうして良いか分からなくなってしまった私を放置して、お兄様はうんうんと頷いて返事をした。
「うむ、期待している!」
「おまかせくださいませッ!!」
鼻息荒く返事をするリリアナは扉の前に置いておくことにした。
お兄様の向かいに座っているザック様にご挨拶を……と思ってそちらを見ると、先ほどまでそこに座っていたザック様は立ち上がっていた。
視線は私を追っているが、口は少し開いたままだし、頬は紅潮している。
右手は胸の前でギュッと握られているが、左手は力なく下がったままだ。
明らかに様子がおかしい。
「あの、オルカ兄様……」
挨拶をしようと思ったのだが、どうしたら良いか分からずお兄様に助けを求める。
「まったく。ザックには困ったものだ」
眉間にしわを寄せながらテーブルを迂回して、ザック様の真後ろに立つお兄様。
何が起こるのかと思い黙って見ていると
「人の妹をガン見し過ぎだ!! ザック!!」
ザック様の耳元で大きな声を出した。
彼は床から十五センチほど飛び上がった。
「わぁぁぁぁッ?! ……ッ、はぁ……あ、あぁ、す、すまない。不躾だったな。改めて、ザック・ハスレイだ。他国から文官試験のために留学中で、オルカナイトにはとても世話になった」
ザック様が早口で言った。わたわたと説明する彼を微笑ましく思いながら、その声に聞き覚えがある気がして一瞬反応が遅れてしまった。気付かれないよう、丁寧に淑女の礼をとって彼に向き合う。
「先ほどは本当にありがとうございました。自己紹介が遅れてすみません、コレット・スノウスタンと申します」
挨拶を返すと、心配そうにこちらを見ながらザック様が聞いてくる。
「……そ、その、元気そうで良かった。……あの……後頭部は、だ、大丈夫だろうか? どこか痛むところはないか?」
その様子に、前世、おばあちゃんの家で飼っていた犬がいたずらをして叱られた後に、反省の意を込めてこちらを見上げていた姿を思い出す。
本当に彼が今後、暗殺者になる未来があるというのか……不思議でならない。それでも声に聞き覚えがあるということは、ゲーム内で暗殺者として登場していたからなのだろうか……?
「えぇ、おかげさまでなんともありません」
仄暗くなりそうな思考を止めて、にっこり笑って答えた。
「そうか、それなら良かった……!」
心底安堵した様子で笑うザック様は「もう怒ってないよ」と頭を撫でてやった時の反応そのもの……と、再び失礼な事を考えてしまった。
「さっきからザックはコレットの後頭部ばかり心配していたよ。こぶができていたらどうしよう、と」
「お、おい、オルカ!」
笑いながらザック様をからかうオルカ兄様の表情がとても楽しそうで、文官校での二人の様子がうかがえた。
と、ふと思い出した。
「あぁ! そうだわ、お兄様! 合格おめでとうございます! 先ほどからバタバタとしていてお伝えするのを忘れていました!」
今日は文官試験を受けるために半年間、王都にある別邸で暮らしていたお兄様が試験を終えて帰ってくる日だったのだ。久しぶりの再会を喜び、合格のお祝いを言うつもりが、先ほどの私の落下騒動である。
「うん、ありがとう。やっと春から父様の仕事の手伝いができるよ」
お兄様はお父様を尊敬し、合格と同時にその仕事の手伝いをすべく、熱心に勉強していたのだ。
この国の貴族は幼少期、基本的に家庭教師をつけて勉強する。
その後、自らの適性に合った進路へ進む。
将来、文官として働きたいものは半年間、文官校と呼ばれる王都にある小規模の学校の様な所へ通い、最終的に『文官試験』と呼ばれる試験を受ける。
例え試験に合格せずとも、勉強したことを活かして親の後を継いで領主になったり、領地で文官として働くことはできるが、王城での勤めには試験の合格が最低条件となっていた。
また、騎士団と魔術師団というものが存在するが、そちらは各々で鍛錬して試験に臨み、合格すれば入団できる仕組みになっている。
騎士団であれば剣術の道場へ通ったり、腕の立つ師範を家庭教師として雇って修行を行う。魔術師団はそもそも素養のある者や希望する者が少ないため、後者が殆どだ。
文官試験も各団の入団試験も基本的には年齢の制限はなく、受験できる者も貴族に限られてはいない。
『未来の可能性は万人に等しく開かれて然るべき』
国を興した王の教えが、この地に根付いているという証拠だった。
だんだん楽しくなってきました!
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