4-1 陰湿悪役令嬢と厨房
やっと黒猫が登場したかと思いきや、ご飯のお話です!
「ゴティアス! おかえりなさい! 無事だったのね!」
「やっと戻ってきたぁ!」
「大丈夫でしたか? さぁ、ここへ座って!」
ゴティアスが到着するや否や、厨房内で作業していた使用人たちがいっせいに手を止め、彼を心配した。
それはもう、戦地へ赴いた家族が帰ってきたかのような心配っぷりであったが、当の本人は気まずそうに背後にいる私の方を見たあと、皆へ視線を戻してから大きな声で言った。
「皆、聞いてくれ。何の問題もなかったぞ! それどころかお嬢様は、わしの腰を心配してくださった」
その台詞に使用人たちの視線が今度は一斉にこちらを向いたので、咳払いしてゴティアスの後ろから登場した。
「コホン! 忙しい時間にごめんなさい、この子に何か食べるものが欲しいのだけれど」
「お、じょう……様……」
「私、耳がおかしくなったのかしら……お嬢様が……謝罪の言葉を……?」
驚いて絶句する使用人たち。
中には両手で自分の身体を抱きしめて震えているものまでいる。これまでの私はどれほどだったのか。
と、慌てたり怯えたりしている使用人の中で、副料理長のマルクがこちらを見ているのに気付く。
背が高く、ほどよくついた筋肉に整った顔立ち。料理人ではなく観劇の演者に見えるほどの外見をしているが、その腕は確かなようで二十二歳という若さで我が家の副料理長だ。
そして彼はその切れ長の眼で私を鋭く睨み付けていた。
「お嬢様が厨房へいらっしゃるなんて、ランチのメニューに不備がありましたでしょうか? ……いや、このタイミングだとディナー関係でしょうか……チッ、献立に大幅な変更が必要になるかもしれないな……くそッ、ただでさえ荷馬車が遅れてるっていうのにタイミング悪すぎだろう、ッたく」
口が悪い。
始めこそ礼儀に気を付けていたが、舌打ちに始まり後半は小声ではあったが丸聞こえな上に、最後などただの悪態である。
それでも、怯えてしまっている他の使用人よりは会話になりそうな相手を見つけてホッとしてしまった。
「マルク、私がここへ来たのはランチにもディナーにも関係ないわ」
「なんだって?」
心から訝しんでいる表情で聞かれる。彼は私に対する態度を少しも取り繕う気はなさそうだ。
なるほど、と感心する。
我が家では食事の際に料理に携わったものが食堂に赴いて同席する。そしてそれは常にゴティアスの役で、彼が忙しい時や腰痛が酷い時は副料理長が来ていた。
しかし副料理長がマルクに替わってからは、紹介されたその日以降、他の使用人が代わりを務めていた。副料理長がいるのに、だ。
それは彼の私に対する言動が原因だったようだ。
「お、おいマルク!」
見かねたゴティアスが間に入ろうとしたのを制して話を続ける。
「この子に何か食べさせるものが欲しくて来たのよ」
「ニャァーン」
ノワールが私の足元で、甘えた声で鳴いた。
「お嬢様が、猫に……?」
信じられないといった顔のマルクに、ぼんやりと過去を思い出しかけて震えそうになるが、あえて聞いてみた。
「な、何かおかしいかしら?」
「おかしいことだらけじゃねぇか! 俺がここへ来た時は料理への無言の圧力がすごいと聞いてたんだ。それなのに初めて同席した食事の席で、俺が居るにも関わらず大声で美味しくないと言った上に献立にケチをつけやがったんだ! そんな食に貪欲なお嬢様が……猫に……? いや、だからこそ、なのか……」
そう、目の前で頭を抱えているマルクが、うちに副料理長としてやってきたのはちょうど一年前。
私が派手好きになった頃と一致する。
そして、ぼんやりしていた記憶を明確に思い出したけれど、認めたくないという気持ちでいっぱいになる。
『…………もういいわ』
俯いたまま、小さな声でそう言っている、地味な装いの私の目の前には、ほとんど手のついていない食事。
そして食堂の隅、落胆した顔でこちらを見ているゴティアス。
『なんなの今日のお肉は! こんなに固くなるまで焼いて……これじゃ食べられないわ! それにお肉の付け合せが魚なんてどういうことよ!』
派手なドレスに身を包んだ私がヒステリックに叫ぶ。
その直後、食堂の扉が開いたかと思うと、食事の前に紹介された新しい副料理長がその場から消え、遠くで何かを叫ぶ声が聞こえた。
この世界の料理は見た目は豪華にできている。
しかし――ゲームの作成者が料理が苦手だったのか?――味や調理法、よく見ると食材の組み合わせまでもが頓珍漢なのだった。
これは前世の記憶が戻った今、改めて認識したことだが、確かに私はこの世界の料理が苦手だ。
だからといって『食に貪欲』というイメージを持たれていたなんて心外だ。
「……いいわ、私が用意するから。どうせ夕食の材料はまだ届いていないんでしょう? 今のうちに厨房を借りるわよ」
らちが明かないので、自分で用意することにする。
これでも前世では一通りの料理は作れた。
同僚に誘われて通い始めた料理教室に、先生のレパートリーがなくなるほど通ったおかげだと思う。
通い始めてから知った『通うと寿退社できる料理教室』との噂通り、誘った本人は一年もしない間に寿退社したが。あの噂は知ってから通い始めないと効果がないものだったのだろう。そうに違いない。
懐かしいなぁ、なんて思いながらコンロの様なものが据え置いてある、奥の調理台へ向かおうとしたのだが、再びその場がざわめいた。
「お嬢様が自ら……調理を……?」
「て、天変地異の……」
使用人が皆、様々なことを言いながら恐る恐るこちらを見ている。
「ふふっ、天変地異の前触れじゃないわよ、失礼ね」
あんまりな言われ様と使用人の態度に、思わず笑いが込み上げる。
そんな私を見たゴティアスがおそるおそると言った様子で近付いてきた。
「し、失礼ですが、お嬢様……本当に、コレットお嬢様ですか?」
「本当に失礼ね。本物よ」
「ですが……自分で料理をすると言ったり使用人の言葉に笑ったり……何か悪いものでも……」
「食べていないわ」
ロジーナとリリアナの時にも感じだが、ここ一年間の私がどれだけ酷いことをしてきたかを思い知った気がした。前世の記憶が戻らなければ本当に陰湿悪役令嬢まっしぐらだったと、自ら思うほどに。
次回!新キャラ登場です!
前に一度だけチラりと出てますので再登場、が正しいですね。
よろしければブックマーク・↓の☆をぽちっとお願いします!