2-1 陰湿悪役令嬢の決心
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『魔術師団に入りたい』
そう、宣言した。
せっかく魔法が使える世界に転生したのに、処刑に怯えて暮らすだけなんて勿体ない! そうひらめいて宣言したが、両親もお兄様もどうしたことかと騒ぎ始めた。
しかし無理もない。この国では女性騎士や女性魔術師も存在するが、本当にごく少数である。お祖母様の代では団長・副団長が揃って女性だったが、この国の長い歴史上、初めてのことだったらしい。
通常、貴族令嬢というのは家庭教師をつけて学び、十五歳で社交デビューを果たすと早々に婚約者を見つけ、その後に結婚、というのが一般的である。中には幼少の頃からすでに婚約者が決まっている人もいる。
騎士団にせよ魔術師団にせよ、入団のためには試験を受けなければならず、当然そのための鍛錬は欠かせない。他の令嬢が婚約・結婚に向けて刺繍やダンスを習う時間を、剣術や魔術に費やすことになる。
余程その分野が好きであるか、その才能に秀でているか……そうでなければ選ばない選択肢であり、例えそうして選んだ道だとしても、世間の評価というものは『普通の令嬢』からは外れる。
このままだと陰湿悪役令嬢まっしぐらなので、ひとまず婚約者候補から外れる選択がしたい―――正直に言うとせっかく転生したファンタジーな世界の魔術に憧れたのだが――家族からすれば一人娘が変わり者扱いされることに危機感を抱くのは当然だ。
「待ってコレット、忘れたのかい? お前、魔力量は多いが、制御できないからと早々に魔術の勉強をやめたんじゃないか」
とはお兄様の言葉。視線は私の額あたりに向けられている。
「そうよ、コレットあなたの魔術制御は……」
そう言ってチラリと私の額を見るお母様。
「…………」
無言で裏山の方角に目をやるお父様。
家族の心配は私が思っていた方向と違っていたようだ。
レールから外れるよりも、私自身の魔術制御の方が心配らしい。
……心当たりとも思える記憶に私も思わず裏山の方角へ目をやるのだった。
◇◇◇◇◇◇
そう、あれは私が十二歳になったばかりの頃。
はとこであるケイスが六歳で魔術の素養があると判明したのを知った私は、なぜか彼に張り合い始め、普通の貴族令嬢であれば手を出さないであろう魔術の練習を始めたいとせがんだ。
今思えばケイスの能力が異常に高いだけなのだが、なぜあんなにも意地になっていたのか。理由は思い出せないが、まさに無謀な挑戦であった。
「コレットにだって血筋的には素養があって当然なんだ、やらせてみようじゃないか」
お父様の賛成を取り付けた私は喜び勇んで、魔術の家庭教師と共に練習に入った。
しかし。
「それでは最も簡単とされている風魔法からやってみましょう。そよ風の様に風を起こすのです」
「はい!」
―――中庭で行われた最初の練習で、咲き誇っていた花たちを全て突風で舞い上げ忍者の技のようにしてしまった私は、庭師のジョハンにそこを追い出された。
「コレットお嬢様の魔力量、これは素晴らしいものです。きちんと制御を身につけましょう」
本邸の裏手に広がる山、その端に場所を移動してからも、そう言って風魔法を根気よく教えてくれようとしていた家庭教師だったが……いくら指導を受けても私の風魔法は嵐のように荒れ狂い続けた。
終いには裏山に生えている大木を何本も根元から抜くほどの大風を起こし、突風を浴び続けた家庭教師は髪を逆立てたまま膝から崩れ落ちた。
「属性との相性もあります、土魔法を練習してみてはどうかな?」
次にやってきたのは豊かな白いあごひげをもった老人だった。彼は自らが得意とする土魔法から教えてくれるようだった。
そのことを知ったジョハンに中庭に立ち入ることを禁じられた私と家庭教師は、裏山の端へ行き、まるで広場のように大木の無くなっている箇所で練習することにした。
視界の隅には大木が横たわっていたが気にしないことにする。
「まずは土を持ち上げ、小山にするところからですぞ」
その言葉で土魔法の練習がスタートした。
そして一時間後には、巨大なゴーレムのような土人形が数体、裏山の広場に円を描くように出来上がった。
「まるで伝説の土の要塞のようになりましたな。それにこれだけのものをこの短時間で作成できる魔力量は素晴らしい!」
うんうんと満足そうに頷きながら、その家庭教師は我が家を後にした。
水魔法を教えに来てくれた家庭教師は綺麗な女性だった。
「どの魔法も、基本的には自分の魔力と自然との融合を意識すると上手くいきますわよ」
そう言いながら優しく微笑むその家庭教師の言葉を受けた私は、ゴーレムたちに囲まれながら美しい水の流れを想像し、水魔法を放った。
その結果、我が家の裏山の端に―――
ぐるりと大木が伐採された広場に、ゴーレムたちに囲まれ美しい水を湛えた湖が座するという、なんとも幻想的な光景が出来上がった。
湖の水を、その白魚の様な手でひとすくいした家庭教師は
「素晴らしい……貴女の魔力量ならばできると思っていましたわ」
と言うと、いつの間にか手にしていた小瓶に湖の水を入れた。
「これだけ清廉な水であれば彼との復縁を願うおまじないが成功させられるわ。どうもありがとう」
満足そうに微笑んでその場を去っていった。
「なんだったの……?」
その場に残された私は後で知る。
王都で流行りの、水を使った恋のおまじないの為に我が家の裏山に不法侵入しようとする者が後を絶たず、それも女性ばかりであまりに必死な様子のため、仕方なくそこだけを限定して解放することになったことを。
そして密やかに『ゴーレムの守護する恋の泉』として恋する乙女たちの聖地となっていることは、スノウスタン家では女性使用人しか知らない。
火魔法の家庭教師がなかなか見つからないで困っていた時、たまたまお祖父様が我が家を訪れた。
領地に用事があったついでに立ち寄った義理の父にお父様が泣きついた形ではあったが、お祖父様に火魔法を教われると知った私はとても喜んだ。
「大変だったねぇ」
裏山の状況を目にしたお祖父様は私の頭を撫でると優しく言ってくれた。
「コレットの魔力量はとても多いね。それなのに制御の元となる想像力と実体験が少ないままだ。何を出したいのか、そもそもそれが分かっていないと、魔力を具現化してコントロールするのは難しい。例えば……」
ボコリ、と音がして地面の土が少しだけ盛り上がった。
「これを触ってごらん?」
「え、土を……ですか?」
貴族令嬢は普通、土いじりなんてしない。
思わず躊躇った私に、お祖父はゴーレムたちを見上げて笑った。
「そう、土の感触、質量を知らないで、想像だけで土を操ろうとするから無理が生じるんだよ。自然の力を借りる、そのためには自然を感じなければ駄目だ」
「では、火はどうしたら良いでしょう? 触れません……」
「そうだね、それが火魔法が一番難しいとされている理由だよ。こればかりは見ることと、実際にその熱を感じて、『想像する』しかないからね。こうやって……」
そう言ってお祖父様は自らの掌の上に縦長の火の玉を出した。
「わぁぁぁ~!」
その炎のあまりの美しさに、ついさっき制御の概念を教わったばかりなのに、そのことをすっかり失念した私は……
「コレット、駄目だ!!」
お祖父様の静止も間に合わない速度で、自らの小さな掌に……巨大な火柱を立てた。
「誰か! 誰かいるか!」
そう叫びながらエントランスに駆け込むお祖父様の腕には、びしょ濡れでギャン泣きの私。その前髪は黒焦げ。見事に額が丸見えになっていたらしい。
自らの炎で前髪を失った上に、とっさに放たれたお祖父様の水魔法をまともに顔に浴びた私はそのまま運ばれた自室で泣き疲れて眠った。
目が覚めるとそこには安堵した様子のお祖父様がいた。
優しく頭を撫でられながら、 じっと瞳を覗きこまれたのを覚えている。
「もう大丈夫だよ、コレット」
私はもう、魔術の勉強をしたいとは思わなくなっていた。
黒猫登場まであと3話!
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