《試練の洞窟》
3
「せあ……」
シュリと別れてすぐに圏外エリアへと足を運び、鉱山エリアのフィールドで湧出するコボルトと対峙する。
ハヤトは発見したコボルト目掛けて地面を蹴り、背中の長剣《リパルサー》を抜く時に生じた金属が擦れるような音が響き、息を吐きながら、抜くと同時に一閃。
その斬撃に回避する間もなく直撃したコボルトは頭上のHP横線を大きく減少させて、危険域に突入させる。
その状況を見て、レムも駆け出しその腰に携えた《青薔薇》を一瞬に抜き放ち、そのままコボルトの心臓を位置する場所に突き刺し、その命を刈り取る。
コボルトが姿を霧散させて、消滅するのを確認すると、武器を鞘へと戻す。
初期装備だった武器とは比べ物にならない程の性能を有してはいるが、その武器の持つスペックを全て出せてはいないのは互いに感じていた。
プレイヤータウンの辺りに湧出するモンスターに負けはしないが、黒騎士に挑むということを考えるのならば、この程度では相手にすらならない事はハヤトでさえも理解していた。
ハヤトに足りないのは武器の理解を深める事だけではない。スキル熟練度、経験、冷静さなどそれらが足りていない。
もし、キョウヘイほどの実力者と戦闘になれば確実に負けるだろう。
「少し、街に戻ってクエストでも見てみようか?」
「そうですね。まだ、この街に来てからクエストは確認していませんし」
ハヤトのその提案に肯定を示し、一度街へと帰還する。鉱山都市であるゲルトレーゲンはあまり、戦闘タイプのプレイヤーは滞在していないが、依頼がないわけではない。
街に入ると商店通りではなく、都市の中心にある建物内に足を踏み入れる。
そこは【セントラル】の酒場のような内装でその奥に掲示板があり、この街で発生している依頼が張り出されていた。
ハヤトとレムはその掲示板を見て、どの依頼を受けるかを慎重に選別していた。
「どれが良いのかいまいち分からないな」
依頼の中でも討伐系だけを見ているのだが、ハヤトにはmob名称が書かれていてもその情報を持ち合わせてはいない為、選び兼ねていた。しかし、それはレムも同じだった。一般的に圏内エリア周辺に湧出しているものなら兎も角、固有名や街から離れた場所に生息しているmobの情報は殆ど知らないに等しい。
「あの……これはどうでしょうか?」
「どれ?」
レムが貼り出されている依頼書から一つを手に取り、ハヤトに手渡す。
それを受け取り、内容を確認するとそこにはストーンゴーレムの討伐依頼と書かれていた。ゴーレム自体とは戦闘した事もなければ遭遇した事もないが、ゴーレムというくらいなので防御力が高いのは簡単に想像出来る。
幾ら武器の性能が優秀だとしても、厳しいのは明白だ。
だが、レムが理由もなくこの依頼書を手渡してきたとはハヤトは思えなかった。
「これは……」
その依頼書を細部まで確認すると、報酬が特殊アイテムと記載されているのみで詳しくは書かれていない。
その詳細が明かされていない為、それを気になってしまうのは必然だ。
それが人としての本質でもある。
「厳しいとは思いますが、無理ではないと考えています」
レムはその瞳でハヤトをまっすぐ見据え、判断は任せるとでも言うように、言葉を放つ。その言葉の真意を考えるような素ぶりを見せて思考する。
ハヤトにしてみれば遠回りになるような事は回避するべきなのは理解しているが、現状ではキョウヘイの情報集め待ちだ。それならば難しくてもこの依頼は受けるべきかと結論を出して、その依頼を受領する。
「……では行きましょう。試練の洞窟へ」
レムは意気込むように言葉に出す。
試練の洞窟。鉱山エリアに存在するダンジョンの一つだ。依頼書に書かれている討伐対象のストーンゴーレムはこの場所に立ち往生している。
ハヤトもレムのその声につられるように拳をギュッと力強く握った。
◇ ◇ ◇
再び圏外エリアへと出て、すぐの場所に目的の場所である【試練の洞窟】が存在していた。このダンジョンは難易度はそこまで高難度な訳ではなく、一部を除いて初心者でも攻略可能な難易度で設定されている。
奥へ繋がる道も殆ど一本のみで湧出するmobはスモールゴーレムという名称のものとフィールドと同じようにコボルトが主体だ。
片手直剣や短剣のような斬属性の武器はゴーレムと相性としては悪い。
それで全てが決まる訳ではないが、相性的には不利なのは事実だ。
更に言えば、洞窟というだけあり行動や戦闘に於いて、フィールドのように避けるという事も難しく、片手直剣では全力を出せない状況下にある。
「洞窟内じゃ負担かけるかもしれないが頼む」
「いえ、寧ろこの《青薔薇》の力を見定めるチャンスです」
レムは携えている短剣を引き抜き、警戒体制へと入る。その瞳はただ、洞窟内一点だけを見据えていた。
その瞳の鋭さも増しているように見える。
ハヤトは一度大きく息を吐き出す。
「よし、じゃあ行こう‼︎」
レムと自分に言い聞かせるように呟くと、そのダンジョンへと足を踏み入れる。
【試練の洞窟】内部は陽光すらも殆ど差すことのない闇そのものだった。
mobと遭遇するのも目を凝らしてよく見なければその接近に気づくことは困難。
コボルトならばまだ眼光が光りを放っている為対処のしようがあるが、ゴーレムなどの岩石系のmobは洞窟内では外見的な特徴が暗闇の中ではその闇に埋もれ見えなくなってさまう。陽光に照らされているフィールドよりも、疲労が身体や精神に蓄積されていくのは必然だった。
「ギィィイァア‼︎」
奇声にも似た声を上げながら、コボルトが現れる。その暗闇の中で妖しく光る目は四つ見えていた。
ハヤトとレムは武器を構える。
先手を取ったのはコボルトだった。コボルトは手にしている古びたナイフの先端をレムへと向けて、駆けてくる。
ある程度のスペースがあるのならば避けるという選択を取るがこの場所ではあまり自由がきかない。
そのナイフの斬撃を短剣で受け止める。
金属と金属が重なり合った事で音が響き、レムの《青薔薇》がそのナイフを斬り壊した。
斬られたナイフはポリゴンの欠片となり、霧散する。
武器を失ったコボルトは隙だらけだ。その隙を見逃す程レムは甘くはない。《青薔薇》を構え、初動モーションから剣技を発動させる。
短剣突進剣技《ピアリングダガー》。
システムアシストで突進剣技を繰り出し、前に出ていたコボルトのHPをその一撃で刈り取り、もう一体に向けて差すように繰り出す。
もう一体もレムに為すすべなく、その姿を霧散させ、消滅する。
「手応えがないですね」
張り合いがないとでもいうように呟き、《青薔薇》を腰へと戻す。
ハヤトも念の為抜いていた《リパルサー》を背中に戻す。
「それにしても凄いな」
「何がですか?」
ハヤトはその戦闘を見て、レムに向けて賛辞を送る。一度共闘はしたがその時はレムの戦闘を見ていられるほどの余裕がなかった。
短剣をまるで手足のように扱う様は見惚れてしまう程だった。
「あのくらい……誰でも出来ます」
「それは頼もしいな!」
レムは自分が強者であるという自負を持っている訳ではないが、通常mobに遅れを取るほど弱者であるとも考えていなかった。
それに一度、コボルトとはフィールドで対峙しその動きなどを見ている為、恐怖すらも感じる事なく、刃を交える事が出来た。
レムの相手にしては不足だ。
辺りに新たな敵が近づいていないのを確認すると、警戒をしながらも前進していく。
「そういえば、俺とPT組む前はずっと一人だったのか?」
「……急ですね。急になんでそんな事を?」
ハヤトは唐突に訊ねる。その突然な質問に少し驚きの声を上げる。
「いや、特に理由はないけどさ、俺と初めて会った時はさ一人だったし、少し気になっただけだよ。答えたくなかったから別にいいし」
雫に容姿が瓜二つなレムの事が気になってしまうのは仕方ない事だった。
雫と関係がないとは思えなかったというのも理由の一つではある。
だが、それ以上に背中を預ける仲間である以上、自分はあまりにもレムの事を知らなすぎている。
と、ハヤトは考え訊ねた。
「……そうですね。おそらく誰かと一緒にいたような気がするのですが、あまりよく憶えていないですね」
「憶えてない?」
「はい、ハヤトと出会う前。自分が何処で何をしていたのか? どうして【セントラル】にいたのか? まるで記憶がそれまで自分ではない誰かがこの身体を動かしていたかのように真っ白……」
記憶の欠如とも取れるレムのその状態にハヤトは思考する。
本来であれば記憶の欠如などあり得ないが、その身体に別の人格を埋め込む事が可能ならば、このレムは身体という入れ物に入れられた可能性というのを考えて、その考えを消した。
「どうしました?」
「いや、何でもない。でも、じゃあ記憶がないのか?」
「そう……なりますね。別に思い出したいとも思わないので構いませんが」
レムは興味がないとでもいうように他人事のように呟いた。
というよりは記憶という部分がない為、そう捉える事しか出来ないのだろう。
それ以上の会話はなく、ひたすら奥へと進む。
奥へ進めば進むほど闇が深くなり、視覚情報の取得を阻害される。
ハヤトとレムは一層警戒を強め、一歩を踏み出すと突如、地響きが起こり、奥に何かが潜んでいるのを認識する。
「レム」
「分かっています」
二人は携えている武器を抜き放ち、警戒をより一層強める。
コボルト相手では感じる事のなかった圧迫感が肌に突き刺さるように襲ってきていた。
「この感覚……今までにはないな」
自然と直剣を握る手に力が入る。心拍数も速度を増していく。
「落ち着いて下さい」
レムから見て、ハヤトが余裕をなくしているように見えたのか、そう言葉を出した。その言葉を訊き、大きく息を吐き出した。
心を落ち着かせるように深く、深く、ゆっくりと息を吐き出して、前を見据える。
「すまない。ありがとう」
ーー大丈夫だ。落ち着いてる。
ハヤトは心中で自分に言い聞かせるように言葉を繰り返し、囁いた。
ーー焦れば、取り返しのつかない事にもなり兼ねない。大丈夫だ。俺ならやれる。
何度も何度も繰り返し、唱えただ真っ直ぐ前だけを見据える。
「よし、行こう‼︎」
「……はい」
覇気を纏った言葉。それを敏感に感じ取り、レムは短く返す。
その狭い通路を駆けるよ その狭い通路を抜けると、そこはドーム状の広い空間になっており、自由に動き回れる。
ハヤトの視線の遥か先には岩石系の巨大なmobの姿をあり、その頭上が辛うじて見え、その名称《ストーンゴーレム》と表示されていた。
か
「アレか依頼に書かれていたモンスターは」
「……かなり、大きいですね」
その大きさに驚く。だが、大きい分攻撃を当て易いという事でもある。
「俺から行ってもいいか?」
「はい、なら私は後ろからバックアップします」
《リパルサー》を中段で構え、一気に地面を蹴り出し、先制攻撃を仕掛ける。
駆けている中でハヤトは《リパルサー》の刀身を光らせて、そのまま振り抜く。
「しゃぁぁあ‼︎」
その声と共に打ち込まれた重攻撃剣技《ヴァニラ》はストーンゴーレムに的中するが、頭上の横線は殆ど減少しない。
一瞬、剣技使用による硬直が起きるが、ストーンゴーレムがハヤトを攻撃する様子はなく、一撃、二撃と繰り返し放つ。
その連撃の中でもストーンゴーレムは動かない。それどころか攻撃性すらも感じさせない雰囲気に違和感すら覚える。
《リパルサー》はかなりの性能を誇っているはずだが、それでも大したダメージを与える事が出来ない。
この武器を使い慣れていない為にスペック全てを引き出せていないというのも否定は出来ないが、ダメージを与えられないのはそれだけではないように感じていた。
ハヤトがストーンゴーレムに攻撃の最中にレムも後ろから駆け、《青薔薇》を引き抜き、そのまま《ピアリングダガー》の発動させて、その間合いを一気に詰める。
その一撃もストーンゴーレムに当たるが、やはりあまりダメージが入らない。
攻撃性能は皆無だが、防御性能が化け物染みている。
「……ック……硬いですね」
二人掛かりで攻撃を加えているにも関わらず、頭上の横線の数値に殆ど変動は見られない。このままではハヤトやレムの限界が来る方が早い。数値では見る事の出来ない体力ーーすなわちスタミナ切れが起こる。
ハヤトは剣技と剣技を連結させ、続けて繰り出すも手応えを感じない。
それどころかまるで破壊不能オブジェクトに攻撃を加えている時のような衝撃に襲われる。
「何か……何かあるはずだ」
剣戟を加えながらも思考する。防御特化とはいえ、かなりの性能を有する《リパルサー》、《青薔薇》でも大したダメージにはなり得ないのはゲームバランスの崩壊にも等しい。ストーンゴーレムが強力なmobである事には違いないが、ハヤト達でも倒せる程度の強さのはずだ。だが、実際にはダメージを与える事が出来ていない。
ならば、ストーンゴーレムを倒す為のフラグがあると考えるのが自然だ。
しかし、その糸口を見つける事が出来ず、ハヤトは焦燥を滲ませる。その感情を何とか押し殺し、その糸口を見つける為に一度、距離を取りストーンゴーレム全体を視認できる位置まで下がる。
レムもハヤトに続くように下がる。
「……硬いですね」
「ああ、でも幸いまだ攻撃してきてはいない。だが、その状況もいつまで続くか?」
この世界では酸素を必要としないはずの身体がそれを欲して、新鮮な空気を吸い込み、心を落ち着かせる。
ハヤトは意識をストーンゴーレムの右椀部に向けると、頭上に表示されている横線と同一のものが視覚情報として映し出されている事を視認した。
それを視認すると同時に突進剣技《ヴァイスアーク》を発動させる。
「せぁぁあ‼︎」
雄叫びを上げながらも、その剣戟で右椀部を射抜く。頭上の横線に数値変動は見られないが、右椀部のソレは明確に減少していた。
それを遠目で見ていたレムも行動に移る。純粋な俊敏性だけならば、この場に存在している何者よりもレムが上手だ。
その速さで右椀の下部に入り込み、《青薔薇》を力いっぱいで振り上げる。
その一撃が一定の確率で起こる会心の一撃となり、その右椀の横線の全損により、耐久値を示す横線は消失し、右腕欠損状態へと移行する。その右椀に受けたダメージはストーンゴーレムのダメージとして蓄積される。
「そうか……レム‼︎」
右脚、左脚、左腕、そして今、部位破壊を行なった右腕。接続部によって繋げられている部位には耐久値が見えている。ならば、その脆弱な部位を重点的にダメージを与えていけば勝機はある。
ハヤトは一瞬でその答えを導き出す。
憶測の域は出ないが、やるしかない。思考しレムの名を呼ぶ。
「……大丈夫です。解っています。次は左腕をーー」
名前を呼ばれた事の意図を理解し、次の標的部位を口頭で告げる。
ハヤトからの返答はないが、レムは左側にサイドステップを踏み、左腕に向け、《青薔薇》を振るう。
弧を描くように一閃し、その軌道に剣線を残す。最も短剣という武器カテゴリーの特性上、一撃の重さというのは期待出来ない。
ならば同じ部位に連続して斬撃を加えるのみ。幸い、ストーンゴーレムはこれだけしても攻撃してくる様子すらも見せない。
地を駆ける音が響き、後方からその勢いのまま、右手に持つ《リパルサー》で斜め切りを繰り出す。その一撃で左腕も右腕と同じように横線を全損させて、そのまま連撃を加える。
一撃、二撃と振り回す。
ストーンゴーレムは声を上げる事はないが、頭上のHPーーヒットポイントは先程までとはうって変わり減少している。
「……はぁぁあ‼︎」
ハヤトは声を出す事で身体に蓄積されていく疲労を吹き飛ばし、その一本の直剣を型もなく、乱雑に振り回す。
ストーンゴーレムの頭上に表示されている横線は注意域に突入する。
それと同時に沈黙を守っていたストーンゴーレムは動き始める。
一歩動く度に地面が揺れる。その振動が伝ってハヤト達の歩行を阻害する。
だが動き自体は遅い。欠損状態である両腕を執拗に追撃し、ダメージを蓄積させていき、頭上のHPを全損させ、その姿を消失させる。
「はぁ……はぁ……勝った……」
ハヤトを肩を上下させて、討伐完了した事を認識すると、大きく呼吸を繰り返し、その漆黒の剣を背中の皮鞘に納める。
レムも安全である事を認識し、短剣を仕舞うとハヤトの側に寄る。
「……思っていたよりも苦戦しました。でも、攻撃してこなかったのは幸いでしたね」
「ああ、確かに。これで攻撃手段も備えていたら俺には太刀打ち出来ないだろうな」
ハヤトは自身の力の無さを嘆く。立ち回りや連携その他の全てに於いて物足りなさを感じていた。
その思考を無理矢理打ち切り、ストーンゴーレムが存在していた場所に近づくとそこには一つのアイテムが置かれている事に気づく。
「……これは」
それを手にすると自然にアイテムストレージへと収納される。
それを確認すると〈紅蓮の宝玉〉のというアイテムで使用用途が不明なアイテムだった。
一見すると武器強化素材のアイテムのようにも見えるが、それを判断出来るだけの知識を持ち合わせていないハヤトには解りはしない。
そのアイテムが収納されると視界上にクエスト完了を報せるログが表示される。
その報せはPTメンバーでもあるレムにも見えているようだ。
「とりあえず戻ろうか?」
「……そうですね。もう此処に留まる理由もありませんし」