《鉱山都市》
1
その都市に足を踏み入れると、金属を打ち付ける音が響き、それは一定のリズムを刻んでいた。その音は一箇所からではない。ハヤト達の通り道に存在している建物内からひっきりなしにその音が響く。
更には練炭をつぎ込み、火力を上げ鉄を溶かし、それを形成し武具を作製している職人もおり、その所為か上空は常に黒い暗雲に覆われて空気も淀んでいる。
「此処が鉱山都市ゲルトレーガンなのか?」
【セントラル】とは違う雰囲気を醸し出す街に入り、ハヤトは訊ねる。
鉱山都市というだけあり、見渡す限りに鉱石を発掘する為に掘られた穴があちらこちらに見えている。
「ああ、そうだ。此処はゲルトレーガンの中でも商人街だ。俺たちのようにプレイヤーだって沢山いる。まあ、この街を拠点にしてるプレイヤーは商人プレイヤー、職人プレイヤーが大半だけどな」
その職人街を逸れて、あまり人通りのない裏通りへと入ると、深くフードを被った黒マントのプレイヤーがおり、ハヤトとレムは警戒心を強める。
その人物からは敵意は感じない。しかし、だからといって信用に足るかというのは別問題だ。少なくともキョウヘイもいる為にPKをされる事は可能性として低くはあるがゼロではない事に不安が募る。
「用件はなんダ?」
その黒ローブの人物は声の高さからして女性であるという情報は理解出来るが感情の乗っていない声色で告げる。
キョウヘイはその反応が予想済みであるように特に驚きもしない。
「黒騎士について知ってることを教えて貰いたい」
「ガルドはあるのカ?」
「ああ、問題ない」
ストレージを他者にも見える視覚化し、黒ローブに確認させる。それを見るとキョウヘイに視線を移す。
「黒騎士に関する情報は高いゾ。それでも良いのカ?」
何度も念を押す。それを口には出さず頷くと、黒ローブは一度大きく息を吐き出し、口を開いた。
「黒騎士が現れる場所や時間は完全にランダムなようダ。有名なプレイヤーの前に現れるンダ。黒騎士を探すのならば実力をつけ、システムに強者と認められなければならないのは必然と言えるだろうナ。黒騎士の被害もそこまで多くはないから、言い切れはしないガナ。強者と認められなければならないのは確実ダロウ」
「システムに強者と認められる近道は?」
「グランドクエストの攻略だろうナ」
ハヤトのその言葉に反応し適切な方法を提示する。
グランドクエストと聞き慣れない単語が出てきてハヤトは少し困惑する。
グランドクエストとは、システムにより定められたメインストーリーのクエストの事で、他のクエストとは違い、誰かがクリアしてしまえば再度攻略は出来なくなる唯一無二の物語の総称だ。
「とりあえずはこれくらいだな」
「そうか、助かった」
キョウヘイはストレージから十万ガルドを取り出し、黒ローブに渡す。
その金額を確認し終えるとこちらを見る。
「毎度。またよろしくな」
その場所を後にして、再び金属音が響く大通りへと戻る。騒音が響くこの場所ではまともに会話すらも出来ない為に、その通りを抜け、小洒落た喫茶店らしき建物に入った。
「何も言わずに連れてきて悪かったな」
その喫茶店の席につき、始めに口にしたのはハヤトやレムに向けた謝罪の言葉だった。
何も知らされていない事で不安になったのは事実だが、謝ってもらう程の事ではないとハヤトは考えており、逆に申し訳ないという思いが募る。
「いや、そんな謝る事じゃないし、説明はしてくるんだろ?」
「ああ、勿論だよ。あいつは情報屋だ。かなりの金額を取るって評判だかな。その情報は憶測でも概ね合っているらしい」
「それでゲルトレーガンにまで来たのか?」
「ああ、あいつは何処か一箇所に留まっているようなプレイヤーじゃないからな。すぐに来なきゃあの情報は聞けなかっただろうな」
注文したコーヒーを一口啜り、情報屋からの話で一つ疑問に感じた事があり、それをキョウヘイにぶつける。
「グランドクエストってなんだ? 普通のクエストとは違うのか?」
「グランドクエストとはこの世界に存在する謂わばメインストーリーのようなものだ。確か、七柱の王の討伐だったか。だが、グランドクエストはレイド戦が基本になる。三人ではどう足掻いても勝てはしない。それにその七柱の王がいるエリアも解明されていないのが現状だ」
その話を聞くと自然と手に力が入る。あまり時間をかけるべきではないのは理解しているが、その王がいるエリアを探し出すところから始めなければならないのはハヤトにとっては痛手だった。
「七柱の王の所在もさっきの方に聞けば良かったのではありませんか?」
レムは口を挟む。有名な情報屋である黒ローブならば、知っていても不思議ではない。
しかし、キョウヘイは首を横に振る。
「確かにあいつなら知っているだろうな。でも、あいつはガルドの為なら自分のスキル構成までも売るがグランドクエストに関する情報だけは誰にも売らないんだよ。理由はわからないがな」
そう言うと、大きく溜息を吐き出した。現在、グランドクエストの情報はかなり高価に取り引きされている。
その王の討伐報酬がレジェンダリーアイテムと呼ばれるものだという噂も流れており、その注目は集めている。
「とりあえず、俺は情報を集める。ハヤトにレムは武器を新調したらどうだ? グランドクエストに挑むのなら、初期装備のそれじゃ厳しいだろう」
ハヤトやレムが装備している武器はレアリティ1の初期装備だ。
Lvという概念が存在しないこの世界に於いて強さは武器や防具で決まると言っても過言ではない。
キョウヘイが鉱山都市ゲルトレーガンに連れて来たのは情報屋に会う事だけが目的ではない。
自分に合った武器や防具を見つけるのならばここ程適した場所はない。キョウヘイはそう考え、この場所へと連れ出した。
ハヤトも装備が心許ないのは理解しており、その提案に頷く。
それを確認すると、キョウヘイはメッセージで鉱山都市のマップデータをハヤトへと送る。それを見ると一箇所にマークがされている。
「そこに行ってみな。信頼の置ける鍛治職人がいるぜ。腕は確かだ」
そのデータを渡し、また後でなとでもいうように手を上げ、キョウヘイはハヤト達と離れ、情報を集めに行ってしまう。
「とりあえず、このデータの鍛治職人のところを行ってみようか」
「そうですね」
その提案に反対も聞かれない為、ハヤトは喫茶店から出て、そのマップ情報を頼りにキョウヘイが信頼を置いているという武具屋へと向けて、歩き始めた。
2
目前には今にも潰れてしまいそうな程に廃れた建物が佇んでおり、入り口には看板で武器屋と書かれていた。
「此処だよな?」
「はい、マップ上で印がついているのは此処の筈です」
目的の場所に着くがその外観を見てその店に入る事を躊躇してしまう。それでも覚悟を決めその店内に足を踏み入れる。
カランコロンという鐘の音が店内中に響き渡り、ハヤト達が店内に入った事を知らせる。
「あっ……あのいっ……いらっしゃいませ」
ドタドタと慌ただしく奥の鍛治工房からクリーム色の髪をした少女が出て来て、深くお辞儀をする。
その少女はあまり鍛治職人には見えない。
少女は顔を上げ、ハヤトの事を認識すると顔が熱を帯びて真っ赤に染め上げる。
「おっ……男の人……ですか⁉︎」
少女はハヤトと目線を合わせる事も出来ずにキョロキョロとしている。
挙動不審な様子もあり、ハヤト自身もこの場合どうすれば良いのか分からずに困惑する。
「大丈夫ですよ。害はありませんから」
レムはハヤトを指差し、その少女に向けて口にする。少女はそのレムの言葉を聞き、大きく深呼吸を繰り返す。
少し冷静さを取り戻し、その瞳でハヤトの存在を見据える。その行為に慣れていない為、若干の違和感のようなものはあるが、それをなんとか押し殺し、言葉を口にする。
「もしかして、男性が苦手とか」
「はうう、すいません。どうしてもちょっと……」
「そうだ、取り敢えず。俺はハヤト。彼女はレム。よろしく」
「私は……シュリって言います。本日はご来店ありがとうございます。何をお求めですか?」
自分のプレイヤーネームをハヤトとレムに告げると店員としての対応を始める。
ハヤトは急に態度が変わった事でなんとなく気恥ずかしさみたいなものを感じるが、それに水を差すのはと考えた。
「俺は片手直剣だ……?」
それぞれが主武器として使っている武器を伝えるとシュリは「少し待っていて下さい」と言い、奥の工房へと入る。工房内部はその工房の持ち主しか入ることが出来ないようにシステム的なブロックがされており、外部からその全容を見る事は物理的に不可能。
工房から出てくるとシュリは二つの武器を携えていた。
一つは柄から刀身まで漆黒に染められた長剣。
無駄な装飾品の類を一切ない、より実践的に作られた武器だ。
その武器を受け取るとハヤトは驚愕する。
見た目に反し、かなりの重量を誇る。持てない程ではないが、これを手足のように扱えるかと聞かれれば、その自信はない。
素人ではあるが、これが業物の一振りと疑う余地はなかった。
その剣を作製したのが眼前にいるシュリだというのには些か信じられない。
ハヤトやレムが驚きのあまり、声を上げることすらも出来なくなっているとシュリは心配そうに二人を見ていた。
「私なりにえっと……合ったものを……持ってきたつもりなんですけど……どうですか……ね?」
その瞳に不安を滲ませる。その声を出さず驚いている行為を絶句と捉えたようだ。
「いや、いい武器だ。これはシュリが?」
ハヤトはその不安を払拭させるように言葉を選び、伝える。
その言葉に安心したのか表情から安堵が読み取れる。
「はい……私にはこれしかありませんから」
シュリは自分というプレイヤーを客観的に分析し、そう結論づけていた。
仮想空間とはいえ、現状見ている景色や感覚の全ては現実と同じように存在し、そこには恐怖という感情もある。
仮想空間の視覚的な情報でしかないのは理解していても、それを偽物と割り切ることが出来ず、戦闘を苦手としていた。
そう考えると商人や職人を演じるするというのは向いていた。
戦闘系プレイヤーの手助けが出来て、現実ではまず体験する事の出来ない事が出来る。それだけで満足感すらもあった。
ハヤトとレムは手に持つ武器を幾ら程なのかを訊ねる。
「えっと……その……5万ガルドで良いです……よ」
武器のオーダーメイドや売買に平均どれ程かかるものかは理解していないが、この金額がかなりの安値だという事は解る。
「本当にそれで良いのか?」
「はい、そのかわりご贔屓にして下さい……ね」
「ありがとう」
ハヤトは一言伝える。その言葉の返しに微笑む。
「この武器の銘はなんだ?」
「ハヤトさんの持っている黒い長剣は《リパルサー》です」
シュリの一言は力強く、その言葉に反応するように二振りの長剣と短剣は光りを放つ。
その武器を装備し、ハヤトは背中にレムは腰に携える。
「また、来るな」
「すいません。ありがとうございます」
ハヤトとレムはそう言葉にすると、シュリは微笑む。
「はい……また来て……下さい……ね」
その言葉を訊いて、シュリの鍛冶屋を後にして、外へと出た。