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冷え性異世界日記  作者: 大雪山系
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 お茶と軽食が整うまでの間、キラキラ騎士改めウェイン先生の診察を受ける。何かしらの道具を使って体調を計られているようだが負担はない。真面目な顔で何事かグリフィン様に告げた後、大変カッコ良く辞去の挨拶をして去っていった。さすがキラキラ騎士兼ドクター。


 居心地の悪いことに、この天幕にある椅子は一脚だけである。私の他は誰も座らない。お茶も軽食も私の分だけ。薪ストーブの横に座った私の背後にはカーラさんともう一人女性騎士が付き、入り口脇に一人男性騎士が立つ。出入りする人の動きを見るに、外側にも騎士が立っているようだ。この寒さの中立ち番…ゾッとする。


 準備が整うとグリフィン様はまたしても私の前に跪いた。そして、寛いで暖かいものを口に入れながら話を聞けと仰る。勘弁してほしい。これがこの国のやり方なのだろうけど、この状態で飲み食いできるほど私の心臓は強くない。


 「暖かい食事は大変ありがたいのですが、まずは自分の置かれた立場を把握しておきたいと思います。それに、皆さんは私が寝るまで休めないのでしょう?手短に、私は何を望まれていて、今後どんな暮らしをすることになるのか。それから、元の世界に戻れるか否か、戻れるならいつか。その辺りを教えていただけますか?」


 「かしこまりました。では、簡潔に申し上げます。」


 グリフィン様は、一度短く息を吐くと、一切の感情を廃した表情と口調で告げた。


 「恵みの巫女に国民が望むのは、幸せな人生です。お子様を設けていただければ尚、喜ばしい。

 生活はご希望を最優先としつつ、御身の安全を十分確保できることが前提となります。

 また、ショウコ様が元の世界に戻ることは、ほぼ不可能と存じます。伝承や資料に残る巫女でお戻りになった方はいらっしゃいませんし、その方法も不明です。」


 深緑の瞳がただ真っ直ぐにこちらを見ている。それは、反論を受け付けない壁。私が何を感じても、反発しても、変わらない事実であると伝えようという意図を感じる。今必要なのは、優しさや同情的な態度でなく、きっぱりとした断定であると決心しているようだ。


 やはりこの騎士様は甘くない。優しげに接してくれても、それもまたスムーズに職務を全うする上での配慮なのだろう。弱っているところに優しくされて、心が寄りかかりかけていただけに堪えた。


 ま、でも。…異世界の類型としては、「お姫様待遇」バージョンかもしれない。魔王と戦ったり、龍の生贄にされたりしないし、学園ハーレムの破滅エンドでもない。


 マシな面を見つけようと思う。思うが、それでもやっぱり理不尽だと心が騒ぐ。


 身内はもういなくとも、仕事も生活も日本にあった。仕事が楽しくなって来ていたし、人間関係も良かった。仲間たちとは飲みに行ったり休日のアウトドアを楽しむことだってあった。学生時代の友人とは、中々会う機会は減っていたけれど、SNSを通して互いの近況を報告しあっていた。私は日本で充実して生きていたのだ。


 その基盤が、全て失われてしまった。。。二度と友人知人には会えず、遣り甲斐を感じた仕事も出来ない。無茶苦茶だ。心の中を嵐が吹き荒れる。


 けれども、深緑の目がじっと私を見ている。私という人間を観察し、どう対処すべきか考えているのかもしれない。ならば、無様な姿なんて晒したくない。私は自立した大人の女だ。人生の困難にも自分で立ち向かうタフさを持っている。


 「承知しました。私は、元の世界には戻れず、ここで幸せな生活、出来れば子沢山な人生を望まれている、と……。私の経済的な自立の程度や、法的、社会的地位、この王国の歴史や常識などは早急に知りたいと思いますが、今日のところは十分です。夜遅くまでありがとうございました。グリフィン様も、他の皆様も、どうぞお休みください。」


 小さな笑みを作って言い切った。怒るのも、嘆くのも、拗ねるのも、全て敗北に思える。冷静に、余裕ぶって、慇懃無礼に。社会人として培った仮面が役立った。


 グリフィン様は一度ゆっくりと瞬きすると、立ち上がって辞去の挨拶をした。先程のキラキラウォルター様と同じ挨拶なのに、全く雰囲気が違う。感情を配したままの態度は、憎らしいほどスマートである。退出する背中に心許なく感じるなんて、非常に悔しい。急に部屋の温度まで下がったように感じられて、背中と足先がヒヤリとした。






 せっかく用意してくれたスープを食べる。やや温くなってしまっていたが、腹が減っては戦が出来ぬ。この世界で生きていく為に、自分で居心地良くなるよう務めよう。まずは明日、情報収集だ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。より有利な交渉にしなければ。自分を鼓舞して最後の一口を啜ると、寝る準備だ。


 先程マリーと名乗った女性騎士が着替えを準備してくれた。この雪の中お湯まで使わせてくれて嬉しい。洗面セットもちゃんと準備されていた。


 天幕にある寝台は、キャンプ用品で見かけるコットのようなものだった。よくわからない材質の骨組みに、丈夫な布が張られ、その上に毛足の長い毛皮が敷かれている。シュラフは見当たらない。フワフワの毛布とモサモサの毛皮を持ってマリーさんがやってきたので、これをかぶって寝るのだろう。






 ……寒い。


 灯の消された天幕の中、薪ストーブだけがひっそりと明るい。パチパチと爆ぜる音は暖かそうなのに、体は冷え切り全く眠気を寄せ付けない。カーラさんとマリーさんはただ静かに、入口脇とコット の足元に立ったまま控えている。


 先程グリフィン様が居なくなった時に感じた寒気は、いよいよ全身を覆ってしまった。末端冷え症なのが恨めしい。手も足も指先が冷えて痛いし、鼻先が冷たい。酷く悲しい気持ちになってきた。このままもっと冷え込む朝まで我慢できる気がしない。


 「カーラさん…?」


 勇気を出して声をかける。


 「ショウコ様、眠れないのですか?」


 優しい声音で近づいてくるカーラさんに、甘えてしまおうと決める。私は幸せな人生を歩むことになっているらしいのだから、カーラさんに甘えるくらい許してもらえるだろう。


 「寒くて無理です。お願いします、一緒に寝てくれませんか?」


 寒くて悲しいし、寂しいし、涙がジワジワ出てくる。縋る気持ちでカーラさんを見上げると、彼女は何と可笑しそうに笑った。


 「ふふっ。ショウコ様。さっきはあんなに立派に隊長をあしらったのに、やはり無理をなさったのですね。」


 横向きで寝ているお腹の横に、そっとカーラさんが腰掛けた。彼女の腰から体温が伝わってくる。妹がいると言っていたし、甘やかし上手だ。同い年で大人の自分がこんな風にされるのは恥ずかしいけれど、グッと体を丸めて身を寄せ、カーラさんの腿に頬を寄せた。優しく指で髪をすかれる。


 「ショウコ様、さっきの隊長は結構厳しかったでしょう。女性にはあんな顔、滅多にしないんですよ。あれはショウコ様に怒ったり泣いたりして欲しかったんだと思います。」


 伝わる体温と静かに語るカーラさんの声が気持ち良い。


 「現実は変わらないにしろ、感情を発散した方が健康的だし、あの状況だと私に頼るはずでしょう?隊長は同性の私を、ショウコ様の一番の味方として認識させようとしたんでしょうね。」


 そうか…。あれはそういう意図だったのか…。グリフィン様の意図を読み違えたようだ。就職して以来、対外的に弱みを見せたら負け、と思って過ごしてきたせいで、強く当られると同じ強さで反発するクセがついてしまっていた。


 マリーさんもクスクスと笑った。


 「隊長はちょっと古い男なので、本当は女子供を守りたいんです。昔は訓練中、女性騎士の事もつい守ろうとしては怒られていたんですよ。今は厳しい態度や憎まれ役も職務と思って頑張っていますけど、小さくて可愛らしいショウコ様に厳しくするのは随分難しかったでしょうね。」


 「ショウコ様が想定より強かったから中途半端な結果になってしまって、きっと今頃副長相手に反省会を開いてますよ。」


 ヤレヤレと首を振るカーラさんに、私も気持ちが随分浮上して来た。優しいのも職務のうち、ではなくて、厳しいのも職務のうちと考えればずっと嬉しい。


 「ところでショウコ様、寒いなら炎の加護持ちを幕に呼びましょうか。炎の精霊がついて来ますから、暖まりますよ!」


 精霊とはファンタジーな話だ。そしてカーラさんの笑顔がなんだか黒い。加護持ちなんて有難そうな人を暖房代わりに考えているあたり、すごく神経が太い。


 「それって…誰なの?さっきはいた?こんな夜中に呼び出すなんてご迷惑じゃない?」


 「絶対に起きてますから、すぐに駆けつけると思いますよ!男性を天幕に入れるのはあまり褒められたことじゃありませんが、私たちがしっかり見張っていますし。」


 「で、それは誰なの??」


 あまりに怪しい笑顔である。


 「た、い、ちょ、う!」


 「やめて!!!?」


 大きく口を開け、心底楽しそうにカーラさんが笑う。


 「ショウコ様、私たちがついてます。置いて来てしまった大切な方たちの代わりは出来ませんが、私たちはずっとそばに居りますよ。」


 背中を摩りながら言ってくれる言葉にリラックスして、重くなったまぶたを閉じた。


 


 


 


 

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