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一糸乱れぬ動きで忠誠を誓う言葉を唱和する騎士達に、心が震える。
心の中の乙女は、惚れてまうやろーーーー!!と叫び、心の中の日本人が、命を預かるなんてムリムリムリ!!!と叫ぶ。そして、残りの社会人としての常識が、えげつなっ!!!と叫んだ。
冷静に、冷静に!!こんなイケメンマッチョどもが、タダで忠誠を誓うわけがない。マグマ騎士様は地味顔だが雰囲気イケメンだし、後ろにずらっと並ぶ騎士達は細マッチョからゴリマッチョまで、キラキライケメンから渋イケメンである。女性騎士も目に入るが、彼女達もあの歌劇団もかくや、と言わんばかりのハンサムっぷり。
訳分かってない異世界新人に「受けろ」とか、何の押し売り?!こわっ!怖すぎる!!暖かくて落ち着きがあって頼れる雰囲気バッチリのその顔で、有無を言わせぬ空気の中「受けろ」なんて、マジでえげつないーーーー!!
兎も角、この状態で長い沈黙は許されない。大きく息を吸って、なんとか落ち着いている風に、頭を捻らせ答える。
「皆様の、一糸乱れぬ動きと唱和に心が震えました(マジで)。お気持ち嬉しく思います。ですが、私はまだこの世界のことも、皆様のことも知りません。また、皆様も私のことを知りません。今私が皆様にお返し出来るのは感謝だけです。」
どんなリアクションをされるか冷や汗をかきながら言葉を並べるが、皆んな無表情で静かに聞いていて、全然気持ちがわからない。
「私がこの世界のことを学び、皆様のことをよく知るようになるまでは、どうぞ皆様も私のことを知り、定められた職務を全うしていただきたく思います。そして、お互いに信頼関係が築けた時には、改めて忠誠をお受けすることを検討させてください。」
捧げられた剣がかわいそうなので、とりあえずスッと手に取り、顔の前に捧げ持つ。ここは女優になるしかない。上手いこと演技して、マグマ騎士様のメンツを保たねば。
「北方騎士団特務隊に、感謝を込めて星の加護を。」
そっと捧げ持った剣の鞘に唇を落とす。
これまでの扱いや口振りから、私に与えられた役目は聖女又は生贄系のものだろう。この世界にやってきたタイミングで、何かしらの不思議パワーを得ていれば、ここでイイ感じのミラクルが起きないかな〜と期待して、彼らが大怪我を負いませんように。健康で溌剌として過ごせますようにと、この世界にもいるのだろう八百万の神々に祈った。異世界ものと言えば、想像力!ということで、しっかりと光る粉をイメージする。
すると…。
まるで、夜空に幾千と輝く星々が空から降ってくるように、小さな小さな光の粒がキラキラキラキラと騎士達の上に降り注いだ。上空高くは煌めきが風に舞い、まるなで黄金のベールのように。降り注ぎ騎士達に触れると、儚く溶ける粉雪のように。騎士達が呆然と見上げる中、キラキラキラキラと振り続ける。
「私の名前は、矢田晶子です。これからどうぞよろしくお願いします。」
笑顔を浮かべて剣をマグマの騎士様にお返しする。彼は驚愕と言った表情から、私の目を見ると優しく微笑んで剣を受け取った。すると、振り続けた光の粒がふわりと闇に溶けるように消える。
どうやら突如始まった忠誠の儀式は上手く躱すことが出来たようだ。ミラクル有難い。この世界の神様はとても気遣い上手に違いない。何故この世界に来たのか、命は無事に済むのか、元の世界に帰れるのか、ここに骨を埋めることになるのか、全くもって謎のままだが一先ず感謝しよう。
八百万の神々、眷属の皆様方、太っ腹なサービスをありがとうございます。この世界のことを学んだら、もっと正しい方法でお祈りさせていただきます。ナムナム、じゃない、パンパン…?
目を閉じて心の中で感謝を捧げると、さて次はどうすれば良いのかとマグマの騎士様を見る。
そうだ、さっきはちゃんと名前を覚えられなかった。グリなんとか様だったはず。もう一度名前をお伺いしよう。感謝の祈りを捧げている間に、指示を受けたらしき騎士達は各々散っていった。チャンスである。
「あの、騎士様。お名前をもう一度教えていただけますか。一度で覚えられなくてすみません…。」
「いえ、私は巫女殿の騎士ですから、何度でもお尋ねください。グリフィンと申します。」
またエスコートしてくれるつもりのようで、差し出された腕に緊張しながら手を添える。促される方向へ歩きながら顔を仰ぎ見ると、やはり優しげに見えるが、先程のやり取りや隊長という役職から考えても、気を引き締めてかかるべきなのだろう。
でも。触れるととても暖かいし、深い緑の優しそうな目で見つめられると安心感が勝ってしまう。
うぅ。私はチョロインなのか!!命の危機の後にこんな好みの男性を用意しているとは、八百万の神々の采配?!いやいや、王国の陰謀かも。
表情筋はあまり元気な方ではないし、友人や同僚からも落ち着きがある、と言われるが、どうやら不安が眼差しにこもっていたのだろうか。
「突然の事態に驚かれたことでしょう。事前にご相談もなくあのように押し付けるように申し上げたこと、深く謝罪いたします。私の非礼にも関わらず奇跡のみ技でお答えいただき、誠に、忠心より感謝申し上げます。…天幕では診察の後ゆっくり寛いでいただけますので。」
謝られてしまった。けれども職務のうちなのだろうから、騙し討ちのような行為にも目くじらを立てずとも良いか、と思ってしまう。どんな王国に仕えているのかも分からないのに、宮仕えの不自由さに親近感を持ってしまうのは良くない傾向か。
無断欠勤って何日で首だったかな…。ふと職場のことを思い出す。公務員バッシングを回避するべく、外での会話で会社員に擬態するため、自分達では「会社」「得意先」「社用車」なんて言い方をするが、私も国家の犬である。…犬だった、かな。
深緑の眼差しを見つめる私の顔は、きっと困り顔になっているだろう。
「えーと。その、確かに突然でしたし、急に命を預かってしまうのは困りますけど…。でも、カッコ良かったです。人を守るお仕事をされている方特有の使命感とか、自分より、人を優先出来る強い心とか、そういうものを感じました。」
ニコっと笑顔を作ってもう一言追加する。
「きっと、もっと適切な場面でやってくださったら、感動して心を撃ち抜かれたかもしれませんね!」
マグマの騎士様改め、グリフィン様はキョトンとした後、大きく破顔した。
「では、是非またの機会をお待ち下さい。」
眼差しは優しいものの、刻まれたままの眉間の皺が仕事に厳しい働く男の顔だったものが、楽しげに細められた目と大きく上がった口角で、一気に若々しく見える。
くっ。何たる攻撃力…!
優男からの攻撃には高い防御力を誇る自分の心も、好みの男性の前では全くの無防備という残念な事実に気付いた瞬間だった。