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ザクっ!
「痛っ。はぁ、冷たい。。。」
日中は暖かかったのだろう、雪面は一旦溶けた後に凍った状態で、気をつけて進めば足を取られることもなく進める。しかし、時たま踏み抜いてしまって足が膝ほどまで埋まる。
背中全体で雪面に転がり、ブーツに入ってしまった雪を掻き出す。ゆっくりとうつ伏せになり、沈み込まないよう注意しながら立ち上がった。
足の感覚が無くなってきた。凍傷で指を失うかもな。
冷静にそんな考えが浮かぶ。まだ諦めたわけではないけれど、限界が近いことも分かる。ここが日本で、雪山遭難だったらとっくに雪洞を掘っているだろう。発見してもらえることを前提に、少しでも保温できる状態で待機すべきだ。
でも、きっとここはそうじゃない。あれだ。最近流行の異世界ってやつだと思う。月が二つなんて、分かりやすくてありがたい始まり方だ。
異世界召喚だったらまだ良い。こんなところに呼ぶなんて苦情をしこたまぶつけたいが、必要とされているなら探してもらえる。迷い人パターンだったら事態はもっと悪い。誰にも知られず、このまま凍死して、いずれ獣に食われるか、微生物に分解されるのだろう。
先ほどまで響いていた金属音は、少し前に止んだ。やはり人がいると確信する。夜が深まって今日の活動を終えたのだろう。希望が持てた一方で、音が止んでしまったため方角が合っているのか確認する術がなくなった。
進むしかない。
疲れて笛を吹くのがキツくなってきた。30歩進んだら一度強く吹く事に決めて、それだけに集中する。
……28、29、30、ピーーーーーーーー!
吐く息が荒い。
雪洞を掘ってエマージェンシーシートに包まれば、明日の朝まで生きられるだろうか。チラリと考える。今でさえこんなに寒いのに、朝方はもっと冷え込むだろう。
思考力が低下しているのが分かる。さっき迄は歩くと決めていたのだ。今より頭が働いているときに決めたのだから、きっと歩いた方が良い。
そうは思っても足が重い。
疲れた。眠い。あの木陰で休んでしまおうか。
父さんと母さんもこんな気持ちだったのかな。。。それはないか。父さんは前向きすぎる熱苦しい男だった。きっと雪洞の中で、母を励まし続けたに違いない。もしくは考える間も無く滑落したか。
私が大学生の頃、両親は雪山で消息を絶った。登山が趣味の夫婦で、私が成人したのを機に再び難しい山、難しい季節にも登るようになったのだ。
離れて暮らしていたが、毎回登る前には連絡が来た。
「万が一の時は山岳保険で賄える以上は探すな、いつになるかはさて置き父さん達の墓場は山だ。大事なものは階段下の給湯器の裏だ。お前はお前で元気にやれ。早くいい男を捕まえろ。」
「父さんと山デート行ってくるわ♪早くあなたも山男見つけなさい。4人で登るの楽しみにしてるのよ!」
余計なお世話である。草食系男子の全盛期に、父さんみたいに精神も肉体もマッチョな男なんて早々見つからないのだ。登山サークルだって参加してみたことはあるが、山ガール目当ての軽そうな男しかいなかった!私に彼氏が出来ないのは父さんのせいに違いない。
くっそー。この状況で死んだら絶対にバカにされる。
両親のことを思い出したら少し元気が出た。まだ足は動く。動く限り動かそう。「死ぬ時刀を右に振れ。」遠い昔は武士の下っ端の下っ端だったらしい矢田家の家訓だ。最期の一瞬まで足掻いてやる。
……27、28、29、さん…じゅう!ピーーー!!