3
フローラはアリスに引っ張られて、仮面をつけて踊る人々の輪の中に連れ込まれてしまった。
「ねえ、踊りましょう?」
と、フローラの両手を掴み、くるくると回る。
「ちょっと……」
戸惑うフローラなどお構いなしに、アリスは笑顔でフローラを振り回した。
エーリオは。彼はどこにいるのだろう。
視線を巡らすけれど、彼がどこにいるのかわからない。
あたりにいるのは皆、仮面をつけた人々だ。いったいどれが誰なのか、男なのか女なのか、子供なのか大人なのかもわからない。
わからないことは、ただ怖かった。
憧れた祭りだけれど、こんなに怖いと思うなんて。
「フローラ」
がしっと後ろから肩を掴まれ、フローラはひっと短く声を上げた。
振り返ると、見慣れた服を着た仮面の少年――
「え、え……エーリオ」
震える声で名前を呼び、思わず彼に抱き着いた。
「……ふ、フローラ?」
戸惑いと驚きに満ちた声が、耳元で響く。
「どこ行ってたの」
涙目で訴えると、エーリオは首を横に振る。
「どこにも。
俺はずっとそばにいた」
と答えた。
そう、だっただろうか?
全然わからなかった。
「ふふふ……そんなに怯えてどうしたの?」
アリスが笑いながら言う。
フローラは彼女を振り返り、なんでもない、と言って首を振った。
「踊りは嫌い? それならお店に行きましょう」
そしてまた、アリスはフローラの手を掴みすたすたと歩きだした。
「ちょ……アリス」
戸惑い声を上げるけれど、アリスは立ち止まる気配はなかった。
不安になって振り返ると、エーリオはちゃんとついてきているようだった。
よかった。
ほっとして、前を向く。
広場の周りにあるお店は、食べ物だけではなくて装飾品や仮面なども売っていた。
フローラは足を止めて、装飾品のお店を見つめる。
指輪に、首飾り。魔法の明かりの下で、飾りの石がきらきらと輝いている。
「お嬢ちゃん、綺麗だろう?」
白い仮面をつけ、帽子をかぶった店主らしき男性がそうフローラに声をかけてきた。
「はい」
フローラは親にもらった首飾りを身につけてはいるけれど、それ以外にこういった装飾品はもっていない。
値段を見ると、子供のお小遣いで買えるものもあれば、桁が大きいものもあった。
「こういう石は、お守りにもなるんだよ」
そう言って、おじさんは濃い紫色の石を見せてくれた。
それは、加工前の物らしく、ごつごつとした石の形をしていた。
大きさは親指の先くらいだろうか。小さな石だけれど、紫色が光に反射してきらきらと輝いている。
「これは魔を祓ってくれる力があるんだ」
「魔?」
意味が分からず、フローラは首をかしげた。
店主は頷き、
「あぁ。
魔……悪いものっていえばいいかなあ。
そう言うのを近づけないようにしてくれるんだ」
「へえ」
濃い紫色の、何の変哲もないただの石なのに、そんな力があるのか。
フローラがその石に手を伸ばそうとすると、不意に腕を引っ張られた。
「あっち行きましょう」
そう言って、アリスはフローラを引っ張った。
「え、ちょっと……」
どうもアリスに振り回されてしまう。
なんで彼女は自分に構うのかわからない。
親はいないのだろうか?
なんで仮面をつけていないのだろう。
疑問が次々に頭に浮かんでいく。
やがて音楽が鳴りやみ、壇上に赤紫色のドレスを纏った仮面の女性があがるのが見えた。
「あ……」
フローラとアリスは足を止め、壇上を見つめた。
あの女性はエーリオの母であるモニカだ。
あんな太ももから足先まで裂け目を入れたスカートをはく女性など、彼女しかいない。
だいたいこの国の女性は足を見せない。膝より短いスカートなんて売っていないし、あんな裂け目のはいったスカートも売ってない。
あんなことをする人は、モニカしかありえなかった。
「お母様……?」
そうエーリオが呟く。
モニカが右手を上げ、何か呪文を唱えた。
そこに魔法陣が現れ、強く青い光を放つ。
「おぉ!」
「なにあれ」
あたりの人々が声を上げる。
鳥だ。
大きな白い鳥が、その魔法陣から現れた。
鳥は、モニカに頭を撫でられると、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「……あれなに? 本物? 幻?」
フローラは目を離さずに言うと、エーリオが答える。
「たぶん本物……」
と言うことは、召喚獣だろうか?
その大きな鳥が翼をはためかせると、あたりに風がおこり髪を凪いでいく。
鳥は広場の上空を旋回し、空中に浮かぶ魔法の光を纏っていく。
「魂を運ぶ鳥」
そう呟いたのはアリスだった。
「え?」
「言い伝えよ。
鳥は、魂を運ぶって言われているの」
そして、アリスは笑う。
「そろそろ時間かしらね」
「え? 何?」
フローラが言うと、アリスは手を握り、言った。
「またね」
そして、彼女は手を離し、にこりと笑う。
そのとき、頭上でばーん、と大きな音が響いた。
あたりの人が歓声を上げ、フローラも空を見る。
花火だ。
大きな花火が、夜空を彩っている。白い大きな花が、連続して闇夜に咲いては消えていく。
あの鳥はなんだったんだろう? もう、どこにも姿が見えない。どこに行ったのだろうか?
魂を運ぶ鳥……さまよう魂を導いて行ったのだろうか?
「鳥、いなくなっちゃったね」
と呟いて、フローラは振り返った。
けれどそこに、アリスはいなかった。
「あ、れ?」
あたりを見回しても、それらしい女の子はいない。
そもそも仮面をかぶっていないのだ。
ある意味目立つから見ればわかりそうなのに。
どこにも見当たらない。
「エーリオ」
「何」
「あの子、いなくなっちゃった」
「帰ったんじゃないか?」
そっけなく言うエーリオに、フローラは口をとがらせた。
「花火を見ないで?」
「べつにおかしくないだろう」
そうだろうか。
花火は重要だと思うのだけれど。見ないで帰るなんてあるだろうか?
けれどいなくなった彼女より花火のほうが気になって、フローラはエーリオの腕を掴んで夜空を見つめた。