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エーリオとふたりで細長く切った芋を揚げたものを買っている間、少女は姿を消していた。
一緒に回ろうといったのにどこにいったのか。
フローラが疑問を口にすると、エーリオは不機嫌そうに首を振る。
「さあ。
放っておけばいいだろう」
「なんでそう冷たいのよ」
エーリオが購入した芋の入った紙袋を手渡されながら、フローラは口をとがらせた。
すると彼は、
「別に。普通だよ」
とやはり不機嫌そうに言う。
「そうかしら。
前はもっと愛想よかったのに、最近変じゃない?」
「だから普通だって」
そう言って、エーリオはフローラに背を向けて歩き出す。
あたりはフローラよりも大きな、仮面をつけた人ばかりだ。
誰が誰だか全くわからない、という状況に不安を覚えフローラはエーリオの背中を追いかけた。
「なにをそんなに急いでいるの?」
いつの間にか、アリスが隣に立っていた。
「え? どこに行っていたの」
驚いて目を丸くして尋ねると、アリスはふふふ、と笑う。
「ずっといたわよ」
そう、だっただろうか?
いや、でもさっきは確かにいなかった。
彼女はフローラの手を握り、
「さあ、行きましょう」
と言った。
やっぱり手は冷たい。
「彼、私のこと嫌いみたい」
手を繋いで歩きながらアリスは言い、ふふふ、と笑った。
フローラは首を振り、
「嫌いとかじゃないのよ。
ただ、あんまり人付き合い得意じゃないから」
「そうなの?」
「ええ」
たぶん、と心の中で付け加える。
まえはもうすこし愛想がよかったというか、やんちゃだった。
二年くらい前は野山を一緒に駆けまわり、川に突き落とされたこともある。
最近になってから、エーリオはなんだかおかしいと思う。
この王国には七貴族と呼ばれる貴族がいる。
数代前をたどれば王家にたどり着くという家柄だ。
貴族はその七つしかいない。
百年ほどまえに絶対君主制から立憲君主制に移行した時、多くいた貴族はみなその地位を失った。
そして、王家に近い七家族だけが残されたという。
その貴族の跡取りであるエーリオは、特別な教育を受けている。
その教育のせいか、エーリオのやんちゃぶりはなりを潜めてしまっている。
以前はフローラと互いに誕生日には贈り物をしていたけれど、もうやめよう、とか言い出した。
誰かを特別扱いしてはいけない。
という教えがあるらしい。
悲しいけれど、それも仕方のないことだと母親に言われた。
「ねえ、フローラは彼とはお友達なの?」
「え? えぇ。そうよ」
それも、たぶんだった。
友達、だよね。
先を歩く彼の背中を見て、ひとり思う。
でも彼は貴族の跡取りで、フローラは一般庶民だ。
本来住む世界が違う。
アリスは、ふふふ、と笑い、
「彼の事、好きなの?」
と言った。
そんなわけはない。
そういう感情は抱いたことがない。
ただいつもそこにいて、当たり前のようにそばにいる関係。
それがエーリオだ。
友達でいられても、恋人にはなることはないだろう。
何と言っても、彼は貴族なのだから。
フローラは首を振り、
「考えたこともないわ」
と言った。
すると、アリスは目を丸くする。
「てっきり好きなのかと思ったのに、違うのね」
そして、愉快そうに笑う。
「そう言う相手じゃないもの」
そうだ、そういう、好きになっていい相手ではないから。
白や青、色とりどりの丸い魔法の明かりが空中に漂う。
楽団の奏でる音楽に合わせ、その明かりはゆらりと揺れる。
なぜこんなに明かりを浮かばせるのだろう?
フローラは不思議に思い、明かりを見つめた。
「知ってる?」
隣にいるアリスが囁くように言う。
「この明かりを灯す理由はね、還ってきた魂が、それとわからないようにするためなのよ」
「……え?」
まるでフローラの考えを見透かしたような言葉に、フローラは思わずアリスをじっと見つめた。
彼女はやはり笑っている。
年齢ににつかわず、妖しく。
「今日は魂が還ってくる日でしょう?
魂は、こんな丸い明かりみたいな形をしているのよ。
でもこれだけの明かりがあれば、それとわからないでしょう?
そして、自分の家族に会いに行くの。
それとわからないように」
あいてにわからないように、ひっそりと。
「……なんで、わからないように、なの?」
不思議でならない。
家族なら、自分はここにいると伝えたいだろうに。
「だって、わかったら空に帰れなくなっちゃうじゃない。
戻ってきても、けっきょくまたお空に帰らなくちゃいけないのよ?
でも皆、仮面をかぶっているからどれが誰だかわからないよね」
たしかにそうだ。
仮面をかぶり、服装も変えていたら、いくら家族でもわからないんじゃないだろうか?
「でもそれでいいのよ。
わかったら、連れて帰りたくなっちゃうものね」
何故仮面をかぶるのか。
魂に連れ去られないようにするため。
そういえばそんな伝承があったっけ。
思い出して、背筋になにか冷たいものが走る。
「そ、それって伝承でしょ?
実際にあるわけないじゃない」
震えた声でフローラが言うと、アリスはそうね、と言ってフローラを引っ張った。