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山の葉はすっかり色を変え、頂上付近にはうっすらと雪が積もるようになった頃。
フェスティバルがやってくる。
年に一度死者の魂が還る日とされ、夜人々は仮面をかぶり、豪奢な衣装に身を包んで町へと繰り出す。
何故仮面をかぶるのか。
ひとつは身分も性別も関係なく祭りを楽しむため。
ひとつは、還ってきた死者の魂に連れ去られないようにするため。
夜はフェスティバルの本番であるのに、十歳になるフローラとエーリオは参加できなかった。
十歳以下の子供は死者の魂につれていかれてしまう、という言い伝えがあり、夜は外に出てはいけないという掟がある。
だから仕方なく、フローラはこの領地の領主であるバルディ家のお屋敷から、魔法の光に浮かび上がる町を見つめていた。
フローラの母とこの屋敷の奥方はとても仲が良く、そのため幼いころからフローラはバルディ家の屋敷に出入りしていた。
本来エーリオもフローラも王都に住んでいるけれど、今は遠く離れたこの領地に遊びに来ていた。
この祭りが終わったら、王都に帰る予定になっている。
今夜は祭りの初日で花火が上がる日だ。
この屋敷は小高い場所にあるから花火がよく見える。
来年になればあの祭りに参加出来るんだ。
この一回を我慢すればあの明かりの下に行ける。そう自分に言い聞かせ、窓からじっと町を眺めていた。
「フローラ」
この屋敷の長男であるエーリオが近づいてきたかと思うと、耳元で囁いた。
「外、行かないか」
「外って……屋敷のってこと?
どうやって」
すると、エーリオは首にかけてある鎖に通された指輪を見せてきた。
「これ、転移の魔法が二回使えるんだ」
「そんなものどこで手にいれたの?」
「お母様の部屋から」
その言葉の意味するところに気がつき、フローラは苦笑した。
勝手に持ち出した、ということだろう。
「ばれたらやばいじゃないの、それ」
「お母様はこんなもの必要ないし、簡単にはばれないよ」
その自信はどこから来るのだろうか。
不思議でならないけれど、たしかにばれないかもしれない。
エーリオの母は高名な魔法使いだ。
こんな指輪がなくても、高度な魔法である転移魔法を簡単に使うことができる。
だからこんな指輪に気を留めないかもしれない。
「でも仮面は? 仮面がないと危ないじゃないの」
すると彼はにやりと笑った。
「それくらい、俺が用意していないわけないだろう?
屋敷にいくつもあるんだよ、仮面て。
同じものは基本皆使わないからな」
「じゃあ、フェスティバルに行けるの?」
十歳では参加してはいけない、そんなことはわかっている。
けれど、駄目だと言われるとやりたくなる年頃でもある。
しかも転移の魔法が使える指輪が都合よくあるのなら、大人たちにばれずに行けるかもしれない。
今、屋敷にいるのは執事夫妻だけだ。
使用人たちは皆、フェスティバルに行っていない。
大人の目を盗むのは容易だろう。
執事の妻であるアデーレは、エーリオの妹であるエリーザにつきっきりのはずだ。
だからフローラたちを見張る大人はいなかった。
行く?
行ってしまう?
答えなんて、初めから決まっていた。
町を彩るのは、色とりどりの魔法の灯火だった。
丸い球体の淡い光は、町の至る所に浮かんでいる。
そして、その中を仮面をつけた人たちが、手を取り楽隊の音楽に合わせて踊っている。
ただの真っ白な仮面ではなくて、色とりどりの装飾が施されていて見方によってはとても異様だった。
けれど、町中の雰囲気がその異様な光景を幻想的なものへと変えている。
「すごい……」
フローラは声を上げて、踊る仮面の人々に見入った。
フローラもエーリオも、仮面をかぶり防寒着を着ていた。
仮面は顔半分が隠れるもので、目の周りに模様が描かれている。
子供であるとわかっても、誰かまではぜったいにわからないだろう。
観光客も数多くいるし、きらびやかな衣装を着ていなくても不審には思われないはずである。
エーリオはフローラの腕を掴み言った
「あっちの広場に行こう。
市長主催のパーティーが開かれていて、たくさん人も集まるから」
「う、うん」
エーリオに引っ張られるようにして、フローラはその場を後にして広場へと急いだ。
フローラたちと同じように、広場を目指す人々は多くいるらしい。
なので道に迷うことはなかった。
正直広場なんて何度もいったことあるのだけれど、雰囲気が違うし人も多いので道に迷うんじゃないかと思った。
市長主催のパーティーは、祭りの目玉の一つであるらしく、人々は楽しみだとか話しながら歩いていた。
「楽しみだね」
「今年は領主と奥様がいらっしゃるんでしょ?」
「モニカ様がお見えになるなんて久しぶりね。
今年は何を見せてくださるのかしら?」
なんていう会話が聞こえてくる。
モニカはエーリオの母のことだ。
何を見せる、というと魔法で何かやっているのだろうか?
そういえばフローラの母が言っていた。
モニカは人を喜ばせたり驚かせたりするのが好きだと。
祭りで召喚獣を呼び寄せて、なにか見世物をやったりしたとかなんとか聞いたような気がする。
見世物ってなんだろうか?
エーリオの母が考えることは予想付かなかった。
広場にはたくさんに人が集まっていた。
軽やかな音楽に合わせて、何十人もの仮面の人々が手を取って踊っている。
大人もいるが、フローラより少し年上くらいの子供もいるようだった。
身体の大きさでかろうじてわかるが、年齢層まではわからない。
「これだけの人数がいるとすごいわね」
「あぁ。
あっちにいるのがたぶん市長だ。
それとあの赤紫の衣装がお父様とお母様だと思う」
エーリオの指差す方。
天幕が張られた一画に赤紫色の外套を纏った男性と、同じ色のドレスを身に着けた仮面の男女が見えた。
そのそばに、燕尾服の男性がいる。
性別は服装から判断するしかないけれど、たぶんあっているだろう。
ということはフローラの母親もどこかにいるのだろうか?
全くわからない。
「お店、行こう」
「え、でもお金」
「あるから大丈夫だ」
そう言って、エーリオは防寒着の中から財布を取り出して見せた。
ちゃっかりしている。
領主様の息子なら、自分でお金を使うとかしたことなさそうだけれど、母親であるモニカが庶民の出であるせいか、昔から自分で買い物ができるように、エーリオは躾けられていた。
だから財布をもっていてもおかしくはないのだけれど。
「私持ってこなかったのに」
「俺はちゃんと考えているから」
得意げな顔をして、エーリオは笑って見せた。
丸い広場の周囲にはたくさんの出店があった。
そこかしこから、食べ物のいい匂いがしてくる。
お店を物色していると、
「ねえ」
と、声をかけてくる者がいた。
見れば、フローラたちとさほど年齢が変わらないと思われる金髪の少女が、仮面もつけずに立っていた。
なんで仮面をつけていないのだろう?
観光客だって、みんな仮面をつけているのに。
少女は赤い瞳でこちらを見つめ、微笑んで言った。
「あなたたち、大人は一緒じゃないの?」
その問いかけに、ふたりは顔を見合わせた。
「親はいるけど、今は一緒じゃない」
エーリオの言葉に嘘はない。
ただし、親たちはフローラとエーリオがここにいるのは知らないけれど。
少女はそうなの、と言ったあと、
「私と一緒に行かない?」
と言い、すっとこちらに近づいてきた。
「行くって、何?」
フローラが言うと、少女はふふふ、と妖しく笑った。
「祭りよ。
一緒に回らない?
私、ひとりなの」
「親は」
エーリオが問いかけると、首を傾げた。
「どこかにいるわ。
でも、今はひとりなの」
そして、少女はフローラの手を握る。
その手は妙に冷たかったけれど、寒いし、そんなものかな、とフローラはひとり納得した。
「わたしはアリス」
「わ、私はフローラ」
「……エーリオ」
不機嫌な声で、エーリオが答える。
昔はもっと愛嬌のある子供だったのに、最近愛想がない。
フローラはエーリオをにらみ、
「もうちょっと愛想よくできないわけ?」
と言いながら肘でつついた。
彼は一瞬顔をしかめ、首を横に振る。
「別に、普通だよ」
と言い、お店に向かって歩き出した。