第6話 化け物
「私は、2年4組の木村瞳です」
「3年1組、森亜紀よ。茶道部の部長は私。……ごめんね、取り乱しちゃって。」
揃って自己紹介をした二人に、部長は少しは落ち着いたようねと微笑む。
「ありがとう。私は神秘探索部部長の鳥谷汐里よ。隣にいるのがたった今新入部員になった風岡ちはる」
名前を呼ばれて、慌てて頭を下げる。
「それで、あの端ににいるのが月坂由紀」
師匠は小さく頭を下げた。師匠がしっかり話を聞いていることを確認すると、部長は改めて二人に向き直った。
「まず、貴方達が何を見たのか。その時の状況について教えて貰っても良いかしら?」
また、二人は顔を見合わせる。互いに見たものが、幻ではなかったことを確認し合い、木村さんが恐る恐る口を開いた。二人の様子を見る限り、彼女の方が幾分か落ち着いている。茶道部部室の前で座り込んでいた時も部長の森さんの方は声すら出せないようだった事を思い出した。
「私達、二人で部室にいました。茶道部はほとんどが幽霊部員で普段活動に参加しているのは部長と私くらいでしたから。今日は、部活見学の日なので誰か新入生の子が来るかも知れないのでお茶やお菓子の用意をしていたんです。そしたら……」
木村さんはそこまで言って、うっと口元を抑えた森さんの背を撫でる。
「大丈夫ですか? 亜紀部長、無理しないで下さい」
「大丈夫よ、有り難う。………ここからは、私が話すから」
深呼吸をして、真っ直ぐにこちらを見る森さんの顔は血の気が引いて真っ青だ。無理をさせない方が良いのではないかと思うが、当事者の話を聞かないことにはどうにも出来ない。私は、黙って彼女が話し始めるのを待った。
「黒い化け物が現れたの。蝙蝠のような姿をしていたと思う。………正直、怖くてすぐに目を反らしてしまったんだけど」
「どうして貴方は、それを化け物だと思ったの? 部室に動物が迷い込んだとは思わなかったのよね?」
森さんは、恐怖を堪えるように唇を噛み締め、ぎゅっと両膝の上に置いた拳を握りしめる。
「…………血が、ついていたから。化け物の口元が真っ赤に染まっていて、それに臭いも間違く血の臭いだった。それに、本当に突然現れたの。窓は開いていたけれど、そこから入ってきたわけじゃない。瞬間移動でもしてきたみたいに、目の前に現れた」
「それで、悲鳴を上げて部室の外に逃げた訳ね。逃げても、化け物は追ってこなかったの?」
部長が問いかければ、二人はしっかり頷いた。
「亜紀部長が、化け物を振り払ったら空いていた窓から外へ飛んでいきました」
ちらちらと窓の外を気にしながら、木村さんが言った。今に、あの化け物が窓を突き破って襲いかかってくるのではないかと気が気では無いのだろう。森さんの方もいよいよ倒れてしまいそうなほどの顔色をしながら、身体を震わせている。そんな様子を見て、部長は一つ頷いて言った。
「成る程ね。有り難う。もう大丈夫よ。後は私達が何とかするわ。貴方達、家は?」
「私も、瞳ちゃんも寮生なの。大丈夫、なるべく人が多い所を通って寮に戻るから」
「そうして頂戴。………これ、私の連絡先。何かあったらすぐ連絡して」
「ええ、ありがとう」
「あの、宜しくお願いします!」
部長が走り書きをしたメモを受け取り握りしめながら森さんはお礼を言った。二人で頭を下げて、部室を後にする。二人の姿を見送った後、部長は厳しい顔つきで師匠の名前を呼んだ。
「月坂」
「ナツ、気をつけて行っておいで」
部長が師匠の名前を呼べば、全て承知していると言わんばかりに師匠はすぐにナツに二人を追わせた。
「ま、もう襲われることは無いとは思うけど。これで心配は無いわね。さてと、じゃあ調べ始めるわよ」
「黒い化け物の、正体ですよね」
「ええ。ちはる、貴方は何か思いついたことはある?」
部長に問われて、考える。蝙蝠に血と来れば、想像できたのは一つだけ。
「………吸血鬼、とかでしょうか」
「そうね、吸血鬼も可能性の一つに違いないわ。月坂はどう?」
問いかけられた師匠は、しばしの沈黙の後首を振った。
「今は、まだ」
師匠の答えに、それもそうねと頷いた部長はよしっと立ち上がると私達を見回した。
「それじゃあ、早速隣の部室にお邪魔しましょうか」
◆◆◆
茶道部の部室は、酷い有様だった。
畳の上には、部室を訪ねてくるかも知れない新入生の為に用意されたお菓子やお茶の道具が散乱している。
部長は上履きを脱ぐと、畳の上を歩き回りながら部屋を隅々まで見て回る。
師匠はと言えば、畳に上がることはせずに入り口付近で部屋を見渡していた。
どうしようかと悩んだ末に、靴を脱ぎ畳に上がる。
散らかった物を踏まないように注意しながら、窓に近づいた。
顔を出して、辺りを見る。
視界に入るのは、木々や校舎だけ。特に変わった所はない。
「何か見つけたら、不用意に触らないですぐに言ってよ」
茶碗をじいっと睨み付けながら言う部長に、返事をしながら私も他の場所を探し始める。
師匠は相変わらず、入り口に立って部室を見ていた。