第3話 師匠
これが、私の〝力〟なのだろうかと部長に視線を向ける。
「見る力、っていうのは確かみたいね。そうじゃなきゃ、顕現していない式を視認できるなんてあり得ないもの。でも、ううん。見る力、ね」
「あの、何か問題があるんでしょうか………?」
歯切れの悪い部長に、不安になり問いかければばつが悪そうに苦笑いをしたた。
「正直、そのレベルなら………。ええと別に貴方をどうこう言うわけではないから気を悪くしないでね。この部活では使い物にならないのよ。そこに何かあると伝えられて目を懲らして、そこで初めて視認できる。それじゃあ、意味が無いの」
「そう、ですか」
肩を落とす。やっぱり、自分は役に立てないのだ。もしかしたら、自分にも何か〝力〟があるのかも知れない。誰かに、頼りにされるのかも知れないと少し期待していただけに落胆も大きかった。時間をかけて見ることしか出来ない自分は、やっぱり〝力〟を持っていないのと同じ。ここでは、役立たずなのだ。
「…………今、がっかりした?」
「え、あ、………はい」
部長に図星をつかれ、カアッと頬が熱を持つ。自惚れていると思われたのかもしれないと、恥ずかしくて惨めで情けなかった。いろいろな感情が押し寄せてきて、少し泣きそうになってしまう。目頭が僅かに熱を持ち始めた所で、満面の笑みを浮かべた部長にわしわしと頭を撫でられた。
「嬉しいわ。ありがとう」
お礼を言われた意味が理解できず、ポカンとしていると部長はむにいっと私の頬を引っ張った。
「そんな顔しないで。貴方が、私達に協力したいって思ってくれたことが何よりも嬉しいの。ねえ、もし、もしもよ。貴方がこの部活に入部しても良いと思ってくれたのなら。貴方の〝力〟を高め、私達の力になってくれるというのなら。………貴方の見る力を役に立つレベルにまで強くする為、全力で協力させて頂くわ」
部長の言葉に胸がドキドキと大きく脈打つ。頬もぎゅうっと熱くなる。
不思議だった。最初に頭に浮かんだのが、お願いして迷惑にならないだろうかという事だった。恐ろしいことに巻き込まれるかも知れないという恐怖でもなく、自身におこった不可思議な現象に対する猜疑心でもない。
この部活に所属することで、私でも誰かの力になれる。
この気分の高揚は、特別になれるかも知れないという酷く自分勝手な感情から来るものに違いない。それに、抗うことなく行動を起こして良いものかと一瞬、逡巡した。
迷うように視線を彷徨わせると、椅子の下に寝転んだままのナツと目が合う。
美しい、と思った。
私が初めて目にした、人ならざる生き物。
灰青の毛並み。燃えたぎる炎の色をした鋭い瞳。
後になって思えば、私は何よりこの美しい生き物に魅入られていたのだと思う。私が、この部活を退部して、今起きていることを脳の隅に押しやって風化させることを選び取ったのだとしたら、もう二度と彼を見ることすら叶わなくなる。
それだけは、嫌だ。答えはすぐに出た。こんなにも簡単に、私は決断していた。
「お願いします。部長、私、やってみたいです」
私の言葉に、部長は満足そうに頷いた。そして、月坂さんをビシッと指差す。
「じゃ、月坂。教育は、あんたの役目ね」
突然指名された月坂さんは、驚きを隠さずに目を見開いていた。声には出していないが、表情で分かる。どうして自分がと言いたげな視線を部長へ向けていた。
「あのね、そんな顔したって貴方しか適任がいないのよ。私、見る力に関してはからっきしだって貴方も知っているでしょう?」
「………戦い以外はからっきしの間違い」
じとりと視線を部長に向ける月坂さんは、不満を隠す様子もない。部長も、ぴくぴくと頬を引きつらせている。私は、口を出すことも出来ずにおろおろと会話の行方を見守ることしか出来ない。
「……月坂、発言には十分注意した方が良いわ。今回は、見逃してあげるけれど。とにかく、見る力について教えるなんて貴方にしか無理なの。月坂で一番の力を持つ天才陰陽師なんでしょう? 弟子一人くらい、面倒見てやりなさいよ」
部長が言うと、月坂さんがこちらに視線を向ける。あちこちにはねている前髪の奥にのぞく琥珀色の瞳が、じいっとこちらを射貫く。
「あ、あの。ご迷惑をかけないように、頑張ります。雑用とか、私に出来ることならお手伝いさせて頂きます! お願いします。私に、〝力〟について教えて下さい」
月坂さんの元まで歩いて行き、頭を下げる。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは意外にも月坂さんだった。
「………師匠」
「………え?」
「いいよ、弟子にしてあげる」
相変わらずのぼんやりとした声音で言われ、すぐに理解できなかったがじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとうございます。月坂さん」
お礼を言うと、ふるふると小さく首を振られる。
何を否定されているのか分からず首を傾げた。………お礼はいらない、と言う意味ではなさそうだ。
「師匠」
「………えっと、宜しくお願いします。師匠」
師匠と呼べ、とそういう意味で合っているだろうかとそう呼んでみれば、月坂さん基師匠は満足そうに微笑んだ。