第2話 神秘探索部
神秘探索部。それが、私達が所属する部活の名前よ。
まあ、聞いたことくらいはあるでしょう?
ええ、そうね。学園内にいる一般の生徒は、オカルト好きの変わり者の集まる部活って思っているでしょうね。学園外の人達の意見も概ね同じだと思うわ。
でもこの部活は、誰かの娯楽で作られた者じゃない。
きちんと、意味を持つものなのよ。
それは、学園の守護。生徒達が怪異によって害されることのないように守るのが、私達神秘探索部の仕事なの。
この学園に、この部活が創設以来ずっと存在しているというのはきっと貴方も聞いたことがあると思うわ。
その理由はね、必要だったからよ。
茜ヶ原学園には、どうしてか人ならざるものが現れやすいの。
そういったものに対して、抵抗できない生徒の方が大多数でしょう?
その存在すら知らずに、傷つけられてしまう人間がほとんど。
被害者は原因も分からずに泣き寝入りするしかないわ。
だから、守る者が必要だった。
神秘探索部は、怪異に対抗するこの学園の自警団なの。
創立当時の教職員の中に、そう言った方面に造詣の深い方がいらっしゃったらしくてね。
その人が、神秘探索部を創設。自警団として、今の今まで続いているって訳。
そう。この部に集められるのは、オカルト好きの変わり者じゃない。
怪異に対抗しうる何らかの〝力〟を持つ者が集められる。
まあ、顧問の花染のお眼鏡にかなう力を持つような生徒なんてそういないから万年部員不足なんだけどね。
………そうね。戸惑うのも当然よ。
私も、魔術師の端くれだから相手が〝力〟を持っているかどうか位は分かる。
貴方に、この部に入部させられるだけの〝力〟があるとは思えない。
どういった目的で、花染が貴方をこの部に入れたのかは分からないわ。
でも、安心して頂戴!
貴方に手伝って貰えそうな、危険の無い仕事だって山のようにあるんだから!
貴方に、危険が及ばないようにするって約束するわ。
学園を守る為に、協力して貰えないかしら?
◆◆◆
差し出された手を、すぐにとることは出来なかった。
怪異、と言われたってそんな非現実的なものが当たり前に存在することを前提に話を進められても、思考がついて行かない。どうしよう、と躊躇していると部長の方から改めて手を取られた。
「私を、責めてくれてもいいわ。貴方は、無理矢理入部させられた。不本意ながらも、任された仕事だけをこなしていた。〝力〟を持たないのに。………花染を捕まえられたら、言っておくわ。相応しくない人間を入部させて危険にさらすなんてどういうつもりって。ごめんなさいね、すぐにでも花染に言った方が良いのだけれどあの教師、一所にとどまる所を知らないから。中々、話をすることすら出来ないのよ」
そういう瞳が、酷く優しくてぎゅっと手を握り返す。
「役には、立てないかも知れません。短い間ですが、宜しくお願いします」
頭を下げた。訳の分からない部活だけれど、部長は悪い人ではない。それだけは、確かなことだと思えたから。部長も微笑んで、こちらこそよろしくと言いかけるとその言葉は小さな呟きに遮られる。
「………あるよ」
騒がしい場所なら、聞き逃されてしまうような小さな声だった。部長は、ばっと勢いよく声の主の方を向くとツカツカと歩み寄る。
「月坂、それどういう事?」
「〝力〟」
問いの答えが、予想外の者だったのだろう。部長は目を見開くと、ガッと勢いよく月坂さんの両肩を掴んだ。迷惑そうに眉をしかめながらも、部長の方を見た月坂さんはゆったりとした口調を崩さずに続けた。
「その子の力は、見る力。………まだ、小さいけど」
言いながら、月坂さんは床を指差した。
「見える?」
一体、何のことだろうかと思ったけれど、床に何か落ちているのかもしれないとじいっと指差す先の辺りを見つめていると、一瞬ぼんやりと何かが歪んだ。驚いて、助けを求めるように部長に視線を向けようとする。
「だめ。見続けないと、見えない」
月坂さんは尚も、床を指差している。
きっと、何かが確かにそこにあるのだろうと思い更によく見た。古びたフローリングの木目がまた、ぐにゃりと今度ははっきりと歪んだ。徐々にそれは大きくなる。さらに目を懲らす。フローリングの茶色が突然、灰青に変わる。月坂さんが座る椅子の下に横たわるようにしている大型犬ほどの大きさの灰青の揺らぎが確かに見えた。ずれたピントを合わせるように、その場所だけを見つめ続ける。
「…………嘘でしょう」
そこには、灰青の美しい狼が横たわっていた。
滑らかな毛並みと、敵を射貫く鋭い瞳を持った狼がのそりと視線をこちらへ向ける。こちらに対する敵意がないのは何となく分かったので、恐ろしくはなかったがそれでも普通に生きていて狼を目にする機会なんてそう無い。思わず呟くと、月坂さんはその狼の頭を撫でる。
「ナツ。…………見えたでしょう?」
「その子、ナツっていうんですか? はい、見えます。さっきまで、何もいなかったのに」
頷けば、月坂さんは少し頬を緩めた。