第1話 私立茜ヶ原学園
1週間前に入学した頃は、まさかこうなるなんて想像もしていなかった。他のクラスメイトが心を躍らせながら部活見学に向かう中、未だ教室の自分の席から動けない。
今朝、担任の先生から渡されたメモを見返した。
1年3組 風岡 ちはる
放課後、部活見学の時間に部室棟3階赤い扉の部室まで来るように
神秘対策部顧問 花染
何度見ても、書かれているのは自分の名前だ。もう、腹をくくるしかないだろう。よしっと、頬を叩いてリュックサックを担いで立ち上がる。目的地は、部室棟だ。3階の赤い扉の部屋へ、行かなければならない。
はあ、と今日何度目かも分からない溜め息をつきながら私は歩き出した。
◆◆◆
私立茜ヶ原学園に存在する様々な部活。その中でも、一番有名で一番異質な部活がある。
名を神秘対策部。学園創立当初から存在し、部員数が極端に少ないながらも一度も廃部になることなく現在まで続いている伝統ある部活だ。活動内容も公にされることはない。神秘対策部と銘打ってはいるが、このご時世に対策すべき神秘があるとも到底思えない。
一般生徒にとって、変わり者の集まるオカルト部といった印象しか持たれないのも当然だろう。
否、集められると言った方が正確だ。入部する生徒を選ぶのは、神秘対策部顧問である花染豪その人だ。
変わり者の顧問が集めた、変わり者によって構成された部活。
クラスメイト達が、気の毒そうに私の肩に手を置いて教室を去って行ったのも当然のことだろう。
「私、知らないうちに何かしちゃったりしたのかな………?」
呟きながら、校舎西側にある部室棟の階段を上っていく。
最後の一段を上り切った所で目線をあげれば、目の前に真っ赤な扉があった。
メモの内容を思い出し、此処が目的地だと唾を飲み込んだ。
「うじうじしてても、行かなきゃ行けないんだから」
意を決して、扉を開ける。
どんなおどろおどろしい部屋が広がっているのだろうと身構えていたが、拍子抜けしそうなほど普通の部屋だった。中央にテーブルがあり、それを囲むようにして椅子が5脚並べられている。
ホッと胸を撫で下ろし挨拶をしようときゅっと手を握りしめる。すると、こちらが口を開く前に入り口の真正面、所謂お誕生日席に腰掛けた女子生徒がにっこり笑って言った。
「いらっしゃい。今年も新入部員がいるなんて思わなかったわ」
大和撫子という言葉が相応しい、美しい長い黒髪を持つ女子生徒は待っていましたと言わんばかりに、立ち上がる。足早に私の方へ歩いてきて、握手を求めて手を差し出した。透き通るブルーの瞳に見つめられ一瞬フリーズしてしまうが、慌てて手を握り返した。
「私は、神秘対策部部長の鳥谷汐里。貴方の入部を歓迎するわ。ほら、月坂。あんたも自己紹介しなさい」
部長が目線を向けた方をつられて見ると、そこには男子生徒がうずくまっていた。
部室の壁際、窓の横に椅子を置いてそこで縮こまって体育座りをしている。部長の呼びかけにもぞりと動き出し、のっそりと顔が上げられる。
ふわふわとした長い前髪の奥から、眠たそうな瞳がのぞく。
「月坂由紀。………よろしく」
くあ、と猫のようにひとつ欠伸をした後にぽつりとやっと聞き取れる位の声量で呟いて、またうつらうつらとし始めた。その様子を見て、部長は肩をすくめると改めて私に向き直る。
「ごめんなさい、こういう子なの。気を悪くしないでね。今の神秘対策部のメンバーはこれで全部。二人しかいないのよ。だから、貴方が入部してくれて嬉しいわ。名前、教えてくれるかしら?」
「あっ、私、風岡ちはると言います。………あの、私、どうしてこの部活に入ることになったのか、分からなくって。朝、先生からこのメモを貰ったので此処に来たんですけど」
そう言って、メモを差し出せばああ、と部長は頷いた。
「その花染って言うのがこの部活の顧問。ほとんど此処には顔を出さないわ。顧問の仕事は新入部員を勧誘することだけって考えているような人だから。…………ちょっと待って、今、どうしてこの部活に入ることになったのか分からないって言った?」
おずおずと頷けば、部長は目を見開いて額に手を当てて溜め息をついた。
「ううんと、ごめんなさい。私も混乱してる。そうね、一先ずこの部活についてしっかり説明しなきゃ行けないわね」
ふらふらと元の席に腰掛けた部長は、私にも座るように促した。
隣の椅子に荷物を置いて、椅子に腰掛ける。緊張しながら、部長に目を向ければ先程よりも少し厳しい顔つきをしながら、こちらを見つめていた。
「まずは、謝らなくてはならないわ。ごめんなさい。いくらほとんど顔を出さない顧問とは言え、この部の入退部に関する事は全て花染が決めているの。それが覆されたことは今まで一度も無い。だから、私は、私達は貴方を巻き込まなければいけない」
それから聞かせられたのは到底、信じられない話だった。
嘘でしょう、と言ってしまいたかった。
けれど、真剣に、何とか私が怖がらないようにと気を遣いながら話してくれる部長の姿をみれば、そんなこと言えるはずがなかった。