なぜお前がここにいる
朝食を食べ終え自室へと帰ってきた。ソフィー達、使用人は後片付けのあと食事をとる。
マーニャの朝食だがこの俺に抜かりはない。料理長からサンドイッチを貰ってきた。
「マーニャお腹減ってたろ。サンドイッチ持ってきたぞ」
俺はそう言い、マーニャにサンドイッチを手渡す。
マーニャは匂いを確認してから、一口食べてからむしゃむしゃと食べ始めた。
さて、マーニャがサンドイッチを食べてる間にハインリッヒ兄上から貰った本の確認でもするか。昨日はマーニャにかまけて確認できなかったからな。
棚の上に置いていた本に手をかけ、包装を剥がしていく。
本の表紙には魔法全書とあった。なんとも心くすぐられるタイトルである。
今日は昼間でこれでも読んで過ごすことにするか。
ちなみに今日は太陽の日だ。
この国の暦は双子、勇敢、知識、豊穣、戦争、太陽の6日で一週間であり、一ヶ月は30日、十二ヶ月で一年だ。うるう年やうるう月はない。
魔法についてだが、前に言ったように基本はRPGである。あれと同じように呪文を唱えれば自身の魔力を消費して魔法が発動する。
だが、それは技術として体系化されたというだけである。例えば、昨日の俺の身体強化は体系化されてない魔法だから呪文なんて存在しない。
あの身体強化は体の各細胞に魔力をぶち込んで、無理やり力を引き出してるだけだ。
「ん?どうした?マーニャ」
サンドイッチを食べ終えたマーニャが、こちらをじっと見つめている事に気づき声をかける。
食べ終えたのなら好きにすればいい…ってマーニャは一応は奴隷だから何すればいいかわかんないのか。はあ、仕方ないな。
「ほら、マーニャ。こっちにおいで」
俺はそう言い、とんとんと自分の膝を叩く。
するとマーニャはこちらへとやってきて、俺の膝の上にちょこんと座る。
言葉が通じてるのかどうかはやっぱりわからんが、なんとも可愛らしいやつである。
「それじゃ、本でも読んであげるね」
そう言ってマーニャに手に持っていた魔法全書を見せる。
マーニャは見知らぬ何かを読み聞かせてもらえるし、俺はもふもふを堪能出来るし、ついでに魔法全書の内容も把握できるので一石三鳥である。
まあ、マーニャが喜んでるか知らんから、俺の自己満足でしかないが。
さて、マーニャは理解してるかわからんが、この魔法全書は思った以上に役に立つものだった。
というのも体系化以前の魔法から今の規格化魔法までどのように変化してきたかが記されてたからだ。
まず、この世界の魔法を規格化したのは古代帝国のルイス・オズワルドである。
魔法に対して規格外の才能を持っていた彼は、それまで神の奇跡として用いられていた魔法を火、水、風、土の基本属性と光と闇に大別した。
だが、それを聞いて怒り狂った狂信者によって彼は殺されてしまう。
これによって一時、魔法の発展は止まってしまったが、彼の知識は残された。
彼の知識が再び日の目を浴びるのは、古代帝国が崩壊した後、2つの継承国家が現れた頃になる。
かつて領土であった南の土地は異宗教の異民族に支配されてしまっていた。イスラームみたいな奴らである。
そんな彼らは西の帝国まで侵食を始めていた。こちらも相手に対抗するために魔法を用いたが、彼ら異民族のオズワルドの遺産と、彼らの持つ科学知識で体系化された魔法に当初手も足も出なかった。
それを見ていた東の皇帝は、このままじゃ自分達も危ないと思い、それならば彼らの技術をパクって対抗してしまえと言う事になった。
そうしてこの時の皇帝の宣言により、魔法は神の奇跡ではなく、神が人に与えた技術となった。
これによって魔法の発展は再び始まったのである。
西の帝国はしばらくして、東からも異民族が押し寄せてきた。彼らはそれぞれの部族毎に奇妙な魔法を使っていたのである。
西の帝国は南と東からの異民族によって滅ぼされた。さて、東の帝国はと言うと魔法の絶頂期だった。
東の帝国は魔法の体系化に尽力し、遂には魔力さえあれば誰でも使えるようにした。これには南と東からの異民族に対抗する為であったのだろう。かの国は精強な軍隊を手に入れた。
この東の帝国によって広められたのが今の魔法である。しかし、魔法にはそれ以外に様々な種類があるのだ。
そして、現在だが魔法は貴族に独占されつつある。一般人が持つには危険すぎると言う理由だが、本音は貴族の正当性のためだろう。
これがこの本に書いてある事だった。体系化された魔法やそれ以外に色んな魔法が乗っている。
ちなみにだが、この国と言うかあたり一帯は東からの異民族の国である。まるでゲルマン大移動である。
さてと…
「マーニャ、本はこれくらいにして散歩しに行こう」
本を読んでたら、結構な時間が経っててもう昼になってた。なので散歩に行くことにする。
折角だからルガーダ湖に行って、ヨハン兄上から貰った釣り竿を使ってみるか。
「ほら、マーニャ行くよ」
マーニャの手をひいて自室をでる。
玄関に着くとソフィーがバスケットを持って待っていた。
「お坊ちゃま。またお散歩に行くのでしょう?料理長がこれを持って行けと」
ソフィーから手渡されたバスケットにはサンドイッチが入っていた。俺とマーニャのある。
マーニャのもあるなんて料理長には感謝である。料理長、ありがとう!
「あ、ソフィーはついてこないでよね」
「何度も言わなくてもわかってますよ。夕食の前までは帰ってきてくださいね?」
「わかってるよ。それじゃ行ってきます」
何度目かわからないソフィーとのやり取りを終え、ルガーダ湖へ向かう。
貴族の三男坊が一人で出歩いていいのかって?この別荘地のあたりは定期的に掃討作戦が行われてるので心配ない。それに、俺が気づけないだけで護衛とかいるだろ。
「あれ?マーニャ裸足なのか?大丈夫か痛くないか?」
失念していた。マーニャの靴がないことを忘れていた。どうしたものか…一度帰るべきか。家に戻ればマーニャに合う靴の1つや2つ見つかるだろう。
そんな感じであたふたしてたら、マーニャは頷いた。
「そうか。もし、ダメな様なら家に戻るから言うんだぞ」
獣人とは案外、人より頑丈な種族なのかも知れないな。人も素足で地べたを歩いていると足の皮が固くなるって言うし…ってそうじゃない!マーニャが頷いたってこっちの言葉を理解してるのかよ。
いや、確かにそんな気もしてたけど、なら何で喋らない?理解してるだけで喋れないのか?
そんな感じでマーニャに対する新たな発見に悩んでいると目的のルガーダ湖につく。
俺のお気に入りである、いい感じの湖の近くに倒木した木に腰をかける。そして、湖の水面に釣り糸を垂らす。あとは気長に待つだけである。
「マーニャ、バスケットの中にあるサンドイッチ食べてていいからな」
帰ったらマーニャの靴をどうにかしないとな。折角だからプレゼントでもするか?
お金はどうするかって?お祖父様がこちらが遠慮するのも聞かず、お小遣いをくれるからお金の心配は無用だ。あの前ポルンブルグ伯爵は孫バカである。
俺もサンドイッチを食べながら、水面を眺める。
魚釣りなんて言う激しい運動をしてもいいのかって?大丈夫。魔力過多症による心臓の負担はとある対策をしてある。
その時、ウキが水面に引き込まてた。かかったな!
「何だこれー!竿がびくともしねえじゃねえか!しなるばかりでどんどん水面に引き込まれる!これは竿が逝くか釣り糸が逝くか、魚が釣られるかのどれかだな…」
なんだよこれ。超大物じゃないのか?それか大地を釣ってるのかのどっちかだな。
兄上から貰ったばかりの釣り竿を壊すのはあれだけど、マーニャは心なしかわくわくしてるし、どうしたものか…って
「ヤバイ!このままじゃ俺ごと湖に連れ去られる!この野郎!まさか二回目もこんな形かよ!」
二回目位もっとカッコイイ場面がよかった。
俺は全力を超えた力を発揮するため身体強化を使う。
「おら!魚風情が抵抗しやがって!」
これでもまだ均衡も取り戻すだけで、決定打とならない。それなら、やりたくないがありったけの魔力をぶち込んで対抗してやる。なんで、魚相手に苦戦してんだ…
ありったけの魔力をそそいだところで勝負はこちらに傾いた。俺は倒木の後ろへ倒れ込み、奴は姿を表した。その姿は地球ではありえない、バカでかいカジキっぽい何かだった。
なぜ、カジキ…ここま湖じゃないのか?
奴は地面へ叩きつけられ、バタバタと酸素を求めて暴れている。これで足が生えて対抗してきたら恐怖だったな…
俺は奴の姿を確認したあと、身体強化の反動でまたも気を失った。