学園編はキャンセルされた
あいかわらず、ベットの上にいた。ベットから出られない生活と言うのは、随分と退屈な物である。
せっかく暇潰しにファンタジーな異世界に来たのに、これでは前と変わりないじゃないか。
「お坊ちゃま、旦那様が帰ってきましたよ」
そうだった。今日は父上が帰って来る日だった。あと、都合がついたのか二人の兄も帰って来た。
「父上とハインリッヒ兄上、ヨハン兄上。お帰りなさい」
「ミハイル、体調はもう大丈夫なのか?」
最初にそう聞いてきたのはハインリッヒ兄上であった。
「まだベットから出してもらえないけど、体調はもう大丈夫だよ」
「それはよかったね。あ、そうだ。ミハイルにお土産があるんだよ」
お土産を持ってきてくれたのは、ヨハン兄上だ。
これは西洋梨だな。俺はナシが大の好物である。それが西洋梨であろうと和梨であろうとだ。
ナシはソフィーに渡して、切ってもらう。
「ヨハン兄上、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。こっちに帰って来る途中でたまたま見つけただけだから」
って言ってるけど、絶対にわざわざ帰って来る途中で見繕って来たな。
俺の為にお土産をわざわざ用意して帰って来るなんて、ヨハン兄上には感謝しきれないな。
「ああ、すまんなミハイル。あいにく俺は何も持ってきてないんだ」
「会いに来てくれただけで十分ですよ。ハインリッヒ兄上」
「二人共、弟を心配する気持ちはわかるが席を外してくれ。ミハイルに大事な話があるんだ」
父上にそう言われて、兄上達は何とも言えない複雑な表情をしながら席を外した。
兄上達にそんな表情をさせる程、俺の身体は悪いのか?何だかこちらまで不安になってくる。
「これから言う事はお前にとっては残酷かも知れんが、お前に将来に関わる事だから肝に銘じろ」
そんな重々しく言われると、何を言われるかと身構えてしまうだろ。
一体、何を言われるんだ?
「ミハイル。お前は魔力欠乏症だ」
「魔力……欠乏症ですか……?何ですかそれは……」
「ああ、お前は魔力欠乏症を知らないか。魔力欠乏症とはな」
父上の話をまとめると、魔力欠乏症とはその名の通り魔力が欠乏する病らしい。
つまり、貧血みたいなものかと思ったら、実際は貧血よりも達が悪かった。この世界の生物は生まれた時から魔力を備えていて、魔力が完全に無くなると命に関わるらしい。
で、そんな世界で魔力欠乏症の俺は、常に死と隣り合わせだ。いきなりハードモードだよ。
さらに、魔力欠乏症なので魔法が使えない。そう、魔法が使えないのだ。
ファンタジーな異世界に来たのに魔法が使えないとか、ファンタジーに来た9割の意味を失うね。
あれ?でも、ジジイは神界の魔力が使えるって言ってたよな。なのに何で魔力欠乏症なんだ?
「だから、この春から通う事になっていた学園には通えん。かわりに義父上の所で療養してもらう」
それは、そうだよな。死と隣り合わせの病人が学園に行ける訳ないよな。
別荘地で療養ね……名目はどうであれ、世間体の悪い三男の軟禁にしか聞こえんな。
メーレン家には、22歳のハインリッヒ兄上と18歳のヨハン兄上と言う、二人の優秀な跡継ぎ候補が居るからな。まだ、今年の春に6歳になる俺など居なくなっても問題ないのだろう。
「お前が不満なのもわかるが、これは仕方のない事なんだ」
父上は俺が拗ねているとでも思っているのか?別に拗ねてはいないけどな。
正直、学園なんていう教育機関に通うのは面倒だと思ってたし。魔法も使えないんだったら、通う必要も無くなったからちょうどいいと思ってたくらいだし。
「だが、義父上の所に一人で行くのも寂しいだろう。だから、そっちにはソフィーも一緒に連れて行くといい。それから、お前の誕生日にペットをプレゼントしてやろう。ミハイルはどんなペットがいい?」
「なら、にゃんにゃんかわんわんがいいです」
猫とか犬とかとまったり過ごしてみたかったんだよね。父上がプレゼントしてくれると言うのだから、せっかくだし猫か犬と戯れさせてもらおう。
「わかった。では、お前の誕生日にはどちらかをプレゼントしよう。それから、義父上の別荘地には一週間後行くことになっている。話はこれで終わりだ。あとは頼んだぞ、ソフィー」
父上は話だけすると帰っていった。
仕事で忙しいからって、話だけして帰るなんてあんまりだ。あまり、父上は好きになれなそうだ。
「ミハイル、大丈夫?」
ヨハン兄上が父上と入れ違いで入ってきて、そう言った。
「話が聞こえてましたか?別に大丈夫ですよ。魔法が使えないのは少し残念ですけどね。それより、ハインリッヒ兄上は?」
「ハインリッヒ兄さんなら、仕事があるから帰ったよ。ミハイルによろしくって言ってね」
「そうですか。ヨハン兄上は今日はどうします?」
「僕もまだ今日は用事があるから、ここらへんで失礼するよ。元気でね、ミハイル」
「ヨハン兄上こそ、お身体に気をつけて下さいね?」
さて、ヨハン兄上が帰ったところで、ナシでも頬張りながら魔力について考えるか。
まず、一つだけ確かなのは俺には魔力があるって事だ。しかも、豊富に。色々疑問に思って、父上が帰った後に確認してみたが、魔力があったのだ。
神界は魔力で満たされ過ぎていて、常に共にあったから改めて確認してみるまで気づかなかった。
つまり、俺には魔力がちゃんとある。なのに、父上は魔力欠乏症と言う。
これについて考えられる事は2つある。父上が嘘をついているか、この世界の魔力と俺の魔力が違って、この世界の住人には認識できないのかのどっちかだ。
父上が嘘をついてるのは、兄上の様子を見る限りだとなさそうだ。
となると、神界から持ってきた俺の魔力はこの世界の魔力とは別物ってのが有力そうだな~。
「お坊ちゃま。その突然、黙り込んで考え事をする癖をどうにかして下さいね。少し不気味ですよ」
「ああ、ごめんごめん。ところで、お祖父様の別荘地ってどんなところなの?」
「ここから、馬車で10日程の場所にある、ポルンブルク伯領のヴァルデンと言う場所ですよ。ヴァルデンは湖畔の街が有名で、別荘地の方もそこの離れにあるんですよ」
「へぇ。それは楽しみだ」
湖畔の街から離れたところね。アルプスみたいな感じか。城とか建ってるんだろうか?
これは、お祖父様の別荘地に行くのが楽しみになってきたぞ。
「あ、ところで別荘地にはお祖父様も居るの?」
「別荘地にはヨーゼフ様も一緒みたいですよ。ご隠居されて暇なんでしょうね」
「ご隠居って、お祖父様は何かやってたの?」
「ヨーゼフ様は先代のポルンブルク伯で、ミトラス教の枢機卿だったんですよ」
なるほど。だから、お祖父様は神聖魔法なんて言う貴重なものを使えるのか。
まあ、神聖魔法とは言ってるが、実態は教会に秘匿されている光魔法だったりするんだけどね。
「へぇ。お祖父様って凄い人だったんだね。それじゃお昼寝するから、あとはよろしくね」
「食べてすぐ寝ると太りますよ」
眠り際にソフィーに小言を言われたが、聞こえないフリをした。
だって、そもそもベットから出られないんだから、寝る以外やることないんだし仕方ないじゃん。