神界の寝心地はいい
今日もまたアホが一人、見知らぬ土地に旅立っていった。
「はぁ。お主も奴らのように旅立ってくれんかのぉ」
ここらへんで結構偉い奴が、いつものように愚痴をこぼす。勿論、お断りだ。
「じゃが、一体いつまでここにいるつもりじゃ?」
そりゃ勿論、契約通り永遠とである。それから、ナチュラルにこっちの思考を読むな。俺は寝たいんだ。俺の眠りを妨げるのは、それ即ち契約違反だぞ。
「じゃがのぉじゃが……」
ジジイが話を続けようとしたところで、またアホが一人来た。
そのおかげでジジイの話が止まる。
「お主はどうやら、こちらの手違いで死んでしまったようじゃ。すまんの」
ジジイの手違いで人が死ぬわけないだろ。こいつらは観測はするが干渉はしないんだから。
それでも、アホに向かってジジイがこのセリフを言うのはお決まりだ。このセリフを何度聞いた事か。
「えっと、その、うしろのあれは何ですか?」
ここに来るアホは大きく分けて二種類いる。最近よくいる、ジジイの話を聞いてキレるタイプの若者とこいつみたいに俺を指差してジジイに聞く無礼な奴の二種類だ。
「あれの事は気にするでない。それでじゃ、お主には2つの選択肢がある。このまま輪廻に組込まれるか、記憶を持ったまま別の世界に転生するかじゃ」
ジジイは選択肢が2つと言ったが実は大嘘である。
本当は無数に選択肢はあるが、あえて2つにすることによって転生を選ばせようとしてるのだ。
輪廻なんていう不確定なものより、記憶を持ったまま異世界の方を選ぶだろ?
「えっと……」
「どちらの選択肢を選ぼうが、手違いで死なせてしまったのじゃから悪いようにはせぬぞ。輪廻に組込まれるのなら、よいところに生まれるようにするし、転生するのなら加護を与えてやろう」
ジジイの言ってることは全て嘘である。
輪廻に組み込まれたら記憶がなくなるので、今の話を覚えてないので約束を守る必要がない。加護の話も赤子の時に忘れるから、これも守る必要がない。
だから、ジジイ達は口ではこう言うが、どちらも実際に行った試しがない。
「これだけでは心許ないのぉ。そうじゃ!お主の望みを一つだけ叶えてやろう。じゃが、願いを無限に叶えてくれとかは無しじゃぞ」
この願いが唯一のチートだが、ただでやってるわけではない。話を信じ込ませる為のパファーマンスとしてだ。勿論、外界に大きく影響力も及ぼす願いは、叶えたあとに剥奪してるので無問題。
「それじゃ……健康な体を僕にください。それから僕は輪廻にします」
「む?お主がそれでいいのなら構わんのじゃが、本当にそれでよいのか?」
このアホ……少年の答えはジジイの思惑から外れていた。
輪廻に組み込まれようと同じ世界に生まれるとは限らんのだがな。世界は全て隣接してるし。
「はい。だって、輪廻の方がお父さんとお母さんとまた一緒になれるかも知れないですから。それに手違いで死んだって嘘ですよね?だって僕は生まれ持った持病で死んじゃったんですから」
「バレておったか。それじゃあ、お主を輪廻に組み込むぞ」
ジジイがそう言うと少年は輪廻に組み込まれていった。
まさか、少年がこちらの嘘を見抜いてるとはな。まあ、持病で死んだのならそれはそうか。
「今回はジジイの思惑から外れたな」
「お主が喋るとは、明日は天変地異でも起こるのかのぉ」
「神であるあんたが言うと洒落にならんからやめろ」
「今回はいつ以来の驚きかのぉ。お主の望み以来か?」
俺がここに来た時は、ジジイに永遠と怠惰にここで過ごさせろと言ったのだ。
つまり、俺は転生も輪廻も拒否した男だ。だってようやく柵ばかりの生から開放されたのに、また生き直せとかどんな拷問だよ。俺はごめんだね。
「とは言っても、お主にもそろそろ選択してもらわねば困るのじゃ」
「一体、誰が困るって?どうせジジイだけだろ」
「今回ばかりはそうでもないんじゃ。わし、そろそろ格が上がって部署移動になるんじゃ。でも、お主はわしの次に行く部署には行けんから、ここに留まる事になってしまうんじゃ」
「それでも俺は困らんけどな。ずっとここで怠惰に過ごせばいい」
「じゃがお主、もう怠惰に過ごすのもあきたのじゃろ?その証拠に、以前と違って起きてるし会話もする。わしが居なくなったらここには誰も来ぬぞ」
「このジジイ……痛いところをついて来やがって。で、目的はなんだ?」
「そろそろな、お主と契約した期間を迎えるのじゃ」
「ん?期間って俺は永遠とって言ったが」
「だからじゃ。わしらみたいに時の感覚すらないものが、自分の存在が消えるまで束縛される契約なんぞ普通せぬ。わしらの永遠はちゃんと期間を表す言葉じゃ」
「なるほど……期間が終わりそうだから、さっさと輪廻か転生しろと」
「その通りじゃ。話が早くて助かるの」
「え?やだよ」
拒否するに決まってるだろ。散々、周りの神の手口を見てきたんだぞ?転生や輪廻がどういうものかはそこらのアホよりは熟知してる。
輪廻はまだましだ。だが、転生ってのはこいつらの実験体になれってことだ。
「お主ならそう言うと思ったが、今回は強制じゃ」
「ふざけんな、ジジイ。俺をただの人間と侮ってないか?神界に居続けた今の俺なら、逃げる事くらいなら出来るんだからな」
「そんな事、わしだって分かっとる。だからお主には、こうやって頼んどるのじゃぞ。それに安心せい。どちらになろうが、他と違ってお主は特典盛り沢山じゃ!」
「わかった。なら、話くらいは聞いてやる。だから、さっさと何企んでるか吐け」
「これでようやく、本題に入れるわい。まず、お主はかなり神に近しい存在じゃ。それでじゃ、実はお主は転生も輪廻も出来ん。じゃからお主には、入れ替わり派遣をしてもらいたいんじゃ」
「神界からの派遣って、ジジイじゃ出来ないだろ」
「安心せい。格が上がると言ったじゃろ?じゃから、わしは派遣が出来るようになっとる。それから、お主には幼くして死んだ者と入れ替わってもらう」
「なるほど。それなら、赤子から幼少期までの苦行をしなくていいから楽だな。それに入れ替わりなら、ある程度こっちの力も使えるな」
「そうじゃの。こっちの魔力程度なら使えるじゃろ。お?」
俺とジジイが交渉を繰り広げていると、儚い光が現れた。これは幼くして死んだ子供の魂だ。
まだ幼い子供は自我が安定してないから、魂の状態でしか現れないのだ。
「いいタイミングで現れたのぉ。今ならこれと入れ替わりじゃが、どうするのじゃ?魂から分かることは、どっかの国の裕福な子供って事だけじゃの」
「なら、それでいいよ。ジジイも言ったように、俺は怠惰にあきてたし」
「よっしゃああああああ!決まりじゃああああああ!」
俺が入れ替わりを承諾すると、ジジイは人が変わったように豹変した。
まさか!始めから仕組んでいやがったのか、このジジイ!
「そのまさかじゃ!お主から言質を取らんと、送られんくらい成長してたからな!全くの予想外じゃったわい。そんじゃ、逝ってこいやあああああああ!」
「ジジイ、謀ったな!なら俺は逃げるだけだ!」
「お主から言質を取ったから、それは無理じゃ。言ったじゃろ?お主は成長しすぎたって。神と神の約束は絶対なんじゃぞ。それが騙し討だったとしてもじゃ」
「ふっざけんな!ジジイ、俺に一体何をやらせるきだ!」
「ちょっと世界を救って来てくれ。なに、お主はちゃんと派遣扱いだし、記憶は失わんし、その世界で死んだら、わしの元に戻ってくるから安心じゃぞ」
「戻って来たら、てめぇをぶん殴ってやる!」
「好きにせい」
ジジイがそう言うと、寝心地のいい神界から俺は消えた。
「これで部署移動の前の最後の仕事が終わったの。あとは奴が頑張ってくれる事を祈るしかないの」