雪と棍棒1
すいません、まだ歌は始まりません
書いて居ると色々書き足したい事が多すぎて纏めるのに苦労してしまいました
連れて来られた貴族の屋敷は城塞都市に住んでいる者なら誰でも分かるほど有名な屋敷だった
城塞都市第一城壁内一等民区中央よりやや南、庁舎裏手に個人の持ち物として都市最大の屋敷がある、そこは領主の屋敷だった
貴族とは言えピンからキリまで
現に城塞都市には北方三領と言われる城塞都市を含む三つの都市を領地に持つ大貴族から裕福な市民より数段落ちる生活をしている低級貴族まで様々な者が住んでいる
何故雇う側の名前すら聞きもしなかったのか、こちらの名前すら名乗っていなかったが、冷静になって考えたら雇われる事を承諾したのが間違っていたんじゃ?と疑問が浮かんでくる
数分前まで涙を流していた目を部屋の中に向けるとそこは貴族が食事を取る場所ではなく、使用人達が使う部屋のようだった
貴族の屋敷に初めて入ったとは言え、飾り気の無い食事を取るのみに作られた部屋で大貴族と言われる領主が飯を食うなんて想像出来るわけもない
与えられた服は良い物とは言えないが清潔で先程湯を使い洗われた事もあり常日頃だと身体のどこかしらが痒く自分の匂いで鼻が曲がりそうなる程に汚れたのが普通になってしまっていたのだが今は、それもなく自分の身体じゃ無い気がして少し落ち着かない
持っていた荷物は屋敷に到着してからずっと付いて来る執事風の男に渡してしまっていて何処に有るのかすら分からなくなってしまった、着ていた服はゴミ箱だと思われる物の中に押し込まれていたのは見えた
しばらくしていると扉が開き屋敷の使用人であろう者達が次々に配られた昼食を取り始めている
やはり黒目黒髪は珍しいようで更に言えば奴隷風の貫頭衣を着て後ろには執事風の男が立っていれば興味を引くようで声を掛けられる程では無いがチラチラとこちらの様子を伺っているのが分かる
それから数分もしないうちに使用人達が急にかしこまり始めた
後ろに立って居たはずの執事風の男も入口へと向かっていく
現れたのは雇うと言ってきた貴族の男だった
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食事を与えるなら使用人達の使う食堂だろうと思いそちらに向かった、食堂の中に入れば使用人達が緊張したのが分かる、見渡さなくてもその男はすぐ見つかった
見付けてすぐに男の事を頼んだ執事のイアサントがこちらに寄ってくる、服を与えてとは言ったが奴隷用の貫頭衣にするとは思っていなかった、すぐさま屋敷に出入りしても大丈夫な服装を与えるようにと指示を出せば疑問を浮かべた顔で準備に向かっていく
使用人達の目線を気にせず男に近付きまだ名前すら聞いて無かった事を思い出し声を掛ける
「まだ名乗ってすらいなかったね、マリオ・ベラクールだ、これから君の雇い主になる、よろしく頼むよ。」
軽く名前のみ伝える挨拶をしてみる
すると男は焦ったようでこちらの顔から目線を外し俯きながら答える
「ヒロシ・サトウと申します、本当に歌を歌うだけで宜しいのでしょうか?」
名字を持つのは少し驚いたが没落した貴族の出か何かなのだろう、どことなくしっかりとした教育を受けているようにも思えるがそこを聞くより先に彼の疑問に答えるとしよう
「もちろん詩を唄うと言うのが君の仕事になる、その際にできれば時系列を古い順に唄って欲しい、私はそれを本にするが君の詩に肉付け出来る話等があればそれも教えてくれると有難い。」
少し困ったような顔をしてヒロシは答える
「肉付け出来る話と言いましても自分で体験した事を元にした歌なのでかなり長くなると思いますが宜しいのでしょうか?」
答えるヒロシの言葉に疑問が浮かぶ
「体験? どういうことだ? 君はエルフなのか? それとも魔族なのか? 見た所耳も尖ってはいないし、角があるわけでも無い、君の詩は旧暦の話があるだろう?人族がそんなに長命だと言う話は聞いた事すら無い、だがそれも少しずつ詩を聞きながら説明してもらえると有難いかな、楽しみは後に残しておきたいからね。」
ヒロシの手を取ろうと近づくと近くに座っていた使用人が1人立ち上がり片脚の不自由な彼に肩を貸し立ち上がらせる
このような事は使用人に命じてくださいとの事だ
そのまま与えられた私室へと向かう
知らない事への知識欲が疼く、興奮気味なのが自分でも分かる
小さかった頃に聞かされた英雄譚や冒険譚を聞く直前のような感覚だった
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使用人に肩を貸して貰いつつ案内されたのは二階の南向きの日当たりよい20畳程の広い部屋だった
階段を登ったのは何年ぶりだろうか広い屋敷に似合うゆったりとした階段だったが左脚を失っている身体には大変な労力だった
掛けてくれと出された椅子は普段使っている拾ってきた廃材を使い自作した物とは違いクッションも良く、とても座り心地の良い物だった、椅子の前には自作したペダルをつけたスネアと三弦の楽器が置いてある
『ここで歌うのだろうか?』
手に取ると綺麗になっていた……
薄汚れていた手で使っていた物で作りも良いと言えない楽器だったのが見違えてしまうが、感触は何時もと変わらずだった
「どこから歌えば宜しいのでしょうか?
私がこの国に来た時からでいいのでしょうか?」
故郷である日本の事を歌っても理解はしてもらえないと思い聞いてみると、まず知りたいのは帝国の古い話との事で概ねその通りだとの返答を得る
普段と違う高さの椅子だがペダルも充分に踏む事が出来る
ここ数年共にしてきた三弦の楽器を左手で持ち上げ息を吸い込みゆっくりと奏で始める
あの日あの時から始まった決して楽では無かったこれまでの生活を
やっと次回詩を披露します!
オッサンの名前は平凡な物を選びました
帝国人はフランス風の名前で神国人はイタリア人風の名前で書いて行こうと思います
拙い文章ですが読んで頂いてありがとうございます