1、あれが始まり
我はドラゴン。まだ産まれて200年のメスである。
だが、若い上にメスだからといって甘く見ていると、痛い目を見るぞ。
ドラゴンの中でも強く、五本の指にも入るほどだ。変化の術も自由自在に扱える。
大抵のことはこの力で黙らし、解決してきた。
我に出来ぬことはない。
しかし、長はよく「お前は強い。故にお前は弱い」と言う。
だが、我には理解が出来ぬ。
「我は数多の術に知識を保有し、ネズミの姿にもなれる。今までに敗けはなく、山も砕ける。空を駆けれる。海を割ることすら容易い。長よ、これのどこに『弱さ』があるのだ?」
そう言うと、長はしばらく黙り、翼を羽ばたかせ我のもとを去っていった。
それからしばらくして
「・・・長よ。これは何だ?」
「なんだ、知らないのか?」
「馬鹿にするな。それは知っている。我が聞きたいのは何故これを里に連れてきたのだ」
「育て上げろ」
「は?今なんと」
「お前が一から面倒を見て育て上げろと言うたのだ」
「・・・ふん、馬鹿馬鹿しい。突然訪ねてきたかと思えば、育てろだと?しかも、己の力量も分からぬ下等生物の赤子をか」
そうして見下した先には、それ、人間の赤子が白い布に巻かれ置かれていた。
「あぶ~、だいっ!」
大の大人なら眼前にドラゴンの顔が迫っているというだけで腰を抜かしてしまうが、赤子ゆえか無邪気にドラゴンの顎に触れようと、届かぬというのに短い手を必死に伸ばしている。
「ついに呆けたのかよ、長。さっさと我の前からそれを持ち去れ」
「なるほど。お前は『負け』を認めるわけだな」
「・・・何?」
「聞こえなかったのか。不敗にして、全知全能であると豪語した者が、下等生物と嘲った者すらを、たかだか育てるぐらいのことも出来ぬとわ。すまぬな。私はお前の力量を見誤っていたよ」
今思い返せば、何と分かりやすい挑発だったことか。
というか、長よ。もう少し上手く出来なかったのか。
しかし、我は若かった。あと、キレやすかった。
「その勝負やってやろうではないか」
「あーいっ!」
こうして我の15年に渡る、長寿のドラゴンにとっては瞬きするだけで尽きてしまう時間、しかし、濃密な時間が始まった。