ご先祖様『を』ご先祖様『と』攻略中
垂れ下がった眉毛が特徴的な高校二年生、風間輝幸には、先祖である風間竜斎の霊が憑いている。風間竜斎は関ヶ原の戦いで活躍した戦国武将であり、その活躍と、鎧に龍の家紋が彫られていてインパクトがあったため有名になった。
六十一歳の時に老衰で逝ったが、なぜか若い時の顔で鎧姿である。
竜斎が輝幸の前に現れてから、五か月たったある日のこと。
「輝幸殿、それはなんでござるか?」
竜斎は、学校帰りの輝幸がカバンから取り出した物に興味を抱いた。現世に現れてから五か月がたち、ある程度の一般的な知識を得てはいたが『それ』を見るのは初めてだった。輝幸は微笑んで、竜斎を見た。
「ああ、これは友達から借りた十八禁の恋愛シュミレーションゲーム、いわゆるエロゲーだよ」
輝幸は恥ずかしがる素振りも見せず、さらっと言ってのけた。竜斎は多少驚いた顔をする。
「じゅ、十八禁? 輝幸殿はまだ十六でござろう、法律違反ではないのか?」
竜斎の質問に、ふぅーっとため息をついてから輝幸は答えた。
「ご先祖様、現代っ子は小学生の頃から性教育を習うのに、十年近くもお預けをくらって我慢出来るとお思いですか?」
どこか冷めた目をして、輝幸は竜斎を見つめる。竜斎が小さく唸った後、両者はお互いに床に座り、そして沈黙が訪れた。
一分後、ようやく輝幸の口が動く。
「それでは、しばし語らせてもらいます」
竜斎は身構えた。今までの沈黙は嵐の前の静けさだと理解していたからだ。
「たしかに、法律は守らないといけません。だが、その法律が間違っていないと言えるのでしょうか? 私は常々思うのですよ、エロスを知るのが十八では遅すぎるとね」
輝幸は真顔で語る。
「私の知人は、高校に入学した時、なかなか友達が作れませんでした。そんな彼が、ある時からクラス中の男子と話せるようになっていました。それは彼に、エロトークをする機会が得られたからです。そして皆よりも少しエロいことに詳しかったからです。勘違いしてはいけませんが、少しですよ。彼が特殊な性癖を持っていたら、今も友達がいなかったかもしれません」
相変わらず真顔である。
「思春期だからこそ、エロトークで盛り上がり、友達が出来るのだと思うのです。それに女子から『男子ってバカね』で済まされるのは今しかない。今しかないのです。今を逃したらカタカナの『バカ』から、漢字の『馬鹿』に変わってしまう。カタカナだと軽い感じがするでしょう。漢字のほうだとセクハラで訴えられてしまう気がする。バカみたいなエロトークがしたいのなら今のうちに知識を仕入れておかなくてはならない。先人は言った、『明日やろうは馬鹿野郎』とね。だから私は、いま、今っ! 青春を謳歌するためにエロゲーをするのですっ!」
傍聴者は一人、竜斎のみ。だが、その一人のスタンディングオベーションが部屋中に響き、輝幸の胸を熱くする。竜斎は自分の信念を熱く語る子孫の姿に深く感動していた。内容は別として……。
「ところで、どの様な人物と恋愛するゲームなのだ?」
竜斎はそのゲームのパッケージをまじまじと見つめる。そこには何人かの女性が描かれていた。竜斎は、髪が異常だ、目が大きくて怖いなどと思いながら眺めていたが、ある一人を見た時、急に身体を震えさせた。関ヶ原の戦いでも、勇敢に戦った漢が、得体のしれない恐怖に震えているのである。その女性は、鎧を着ていた。自分と同じ龍の家紋が施された鎧を……。
「てっ、輝幸殿、これは?」
「ああ、戦国武将(女性化)と恋をしていくゲームだよ。ちなみにご先祖様も出てくるよ」
「なっ……」
得体のしれない恐怖。それは後世で自分が、脚色され、美化され、そしてあろうことか性転換までさせられていることである。加えて十八禁。あまりの衝撃に竜斎は昼に食べた、仏壇に供えてあった饅頭を吐しゃ物に変えた。
輝幸はあわてて掃除するが、なぜか饅頭も霊体になってしまっていたため、拭くことが出来なかった。
「なぜだ、なぜ、どうしてだ。我等の歴史は、我等の日常は、我等は……」
「ご先祖様。……今はそういう時代なのです……。歴史に名を残すということは、後世の者にあはん、うふんされることなのです」
「くっ、うぅ。輝幸殿も、我らであはん、うふんするのですか?」
泣いている。かの有名な武将が泣いている。男泣き、その言葉がふさわしい人物だと輝幸は思った。
「ご先祖様、いえ竜斎殿。違います。私は、いえ俺は、あなたたちで興奮したくてコレを借りたわけではありません。純粋に、Hな物に興味があるのと、キャラクターが好みだったからです」
「だが、これは我等だろう? 我等をそういう目で見るのだろう」
「多少違います。あくまであなた達はモト、キャラクターの源なのです。だからイコールの関係ではありません。性格も異なりますし、イメージで作られた偽物のようなものです」
「だんだんと、屁理屈に思えてきたのだが……」
「申し訳ない。さすがに慰めきれません」
輝幸は、ただひたすら頭を下げた。彼にはそれくらいしかできなかった。竜斎は子孫を責めても意味がないため、あきらめるしかなかった。
「……まぁ、時代の流れだと思って我慢するでござる」
竜斎はそう言うと、横を向いて涙をぬぐってから輝幸に視線を戻した。
「それで、輝幸殿の好みはどの娘じゃ?」
輝幸の顔が少し赤くなったのを見て、竜斎は、子孫の微笑ましい顔が見ることができたのを嬉しく思った。輝幸は照れながらパッケージに指さしたので竜斎は視線をそちらに移す。その先にいた娘は、自分と同じ家紋の入った鎧を着ていた……。
「なにはともあれ、攻略開始します」
そう言って、ゲームを始める輝幸は、極力、後ろにいるご先祖様の顔を見ないようにしていた。恐らく、今の竜斎は千の軍勢が恐れおののいて逃げ出すほどの形相をしていると、察知したからだ。
ゲームは武将ごとにストーリーが分かれ、物語の主人公は感情移入しやすいようにプレイヤー自身ということになっている。エロゲーとは言ったものの、ストーリーを楽しむゲームのため、エロ要素はあくまでオマケである。ただし、輝幸はそれを知らない。友達の罠である。
しばらくゲームを進めて、ふと疑問に思ったことを輝幸は竜斎に問う。
「ところでご先祖様。ご先祖様は関ヶ原では東軍に属していたそうだけど、敵方、西軍の総大将の石田三成には会ったことがあるの?」
竜斎は、んっ? と多少、困惑した顔をして答えた。
「なにを言っておる、西軍の総大将は石田ではなく毛利輝元殿ではないか。現世ではそのように教えられておるのか?」
「えっ違うの? よく、家康対三成で戦っているイメージがあったのだけど」
子孫の言葉の返答に、またまた困惑する。
「……まぁ、無理もないか。毛利殿は関ヶ原の合戦には直接は参加しておられないからな」
「へぇー。大将なのに出なくていいの?」
「簡単に言えば、飾りみたいなモノだったからなぁ。実際、私も全てを知っているわけでは無い。そんなことはいいから、お主はゲームでも続けとれ」
竜斎がそう言うと、輝幸は竜斎に向かって微笑んだ。だが、先程の微笑みとどこか違う。これは苦笑に近い。
「それが……間違って、ご先祖様の国滅ぼしちゃいました」
「おっ、お主ィっ!」
翌日。学校で、輝幸は机に突っ伏しながら二人の友達と話していた。
「……とまぁ、昨日は色々あって続けられなかったよ」
「その割には、目の下のくまがすごいぞ」
ちょっとポッチャリした友達、三河成一が心配する。あだ名はセイウチ。彼が輝幸にゲームを貸した男で、日本史の授業が戦国時代だけだったら良いのに、が口癖の戦国オタクである。残念ながら霊感がないため、竜斎の姿を拝めないでいる。
「遅くまでご先祖様にこってりとしぼられたからな。昔は一生懸命、一所懸命だったとか、なんだこの貧相な鎧は、身体守る気あんのか? とか言ってくるから嫌になるよ」
「でも、戦国時代のことが知れて、テストとか有利でしょ?」
目を輝かせて聞いてくるもう一人の友達、田真村幸。彼女は名前の漢字を並べ替えたら戦国武将の真田幸村になることを誇りにしている。幸には霊感があるが、竜斎は日中、風間家にいるため会えないので、放課後、頻繁に竜斎に会いに風間家にやってくる歴女である。ただし目的が本当に竜斎かどうかは定かではない。残念なことに輝幸には自分の部屋に侵入してくる厄介者と思われている。
「テストに戦国時代ってあんまり出ないだろ。ご先祖様なんて、テストどころか教科書にも出てこないし、せいぜい資料集に小さく載っているくらいだぞ」
「そんな悲しいこと言っちゃダメだよ。ご先祖様聞いたら泣いちゃうよ。あっ、でも強者はそのくらいじゃへこたれないよね」
「昨日、あのゲームやったら号泣したけど」
「えぇ……なんか幻滅しちゃったよ……」
幸はがっくりと肩を落とした。
「しかし、リュウサイ編から始めるとはなぁ。俺がやった中でもかなり攻略が難しかったぞアレ」
成一は、攻略に費やした日々を思い返していた。年齢を偽って購入したこと。母親にばれて気まずかったこと。実は父親も買っていたこと。記憶が走馬灯のようによみがえってきている。
「セイウチ、ちなみに一番攻略が難しかったのって誰だ?」
成一は輝幸の言葉で、思い出の世界から現実に戻ってこられた。後少し遅かったら、妹に『お兄ちゃん』と呼んでもらえなくなった事件を思い出すところだった。もし思い出していたら、輝幸と幸の前に一人の廃人が横たわっていただろう。
「ああ、そうだなぁ。うーん多分、ウエスギ カゲカツかな」
「上杉景勝? 景勝って上杉謙信の息子?」
この質問に、成一は怒りを含んだ声で答える。
「違ぁうっ! 景勝は、謙信の実の姉の『せんとういん』の息子だぁっ!」
「戦闘員っ!?」
「恐らく勘違いしていると思うが仙人の仙に、桃に、学院の院で仙桃院な」
輝幸は、なぁんだ……つまんね、とあきらかに失望した顔で成一を見た。ただでさえ垂れ下がっている眉毛が、これでもかと言わんばかりに垂れ下がっていた。
「とにかく、アイツは怖い。笑わないし、いつも眉間にしわ寄せてるんだもん」
その言葉に反応した者が一人いた。
「おおっと、景勝様の悪口はそこまでにしてよね」
幸である。復活した幸が、成一に喰ってかかる。ここに戦国オタクの知識の攻防戦が始まる。こうして輝幸は、オタク同士の論争に巻き込まれ、貴重な昼休憩を失った。寝不足で受ける五時間目、果たして輝幸は意識を保ち続けることが出来るのだろうか。……当然、五限は墜ちた。
「本日も攻略開始します」
今回は、なんとか関ヶ原の合戦まで、ストーリーを進めることが出来た。
「しかし、拙者というかこの娘、長篠合戦から年をとっておらんぞ。我ながら恐ろしい」
「ご先祖様は本当だったら、関ヶ原の時は何歳なの?」
竜斎が指を折って数え始める。
「長篠合戦の時が、二三だったから……四八歳かな」
輝幸は、聞いたことを後悔した。今まさに、攻略しようとしている一七、八に見える娘が、五十路間近の女性だということを知ってしまったからだ。輝幸の暴走が始まる。
「うわあぁぁぁ! リュウサイたんはオバハンじゃない、オバハンじゃないんだぁぁぁ!」
悶絶、その言葉が相応しい場面だと竜斎は思った。そして、怖気を感じるとともに、竜斎『たん』とは何なのか疑問に思い始めていた。
「ところで、敵に囲まれているようだがどうするのだ?」
画面を見ると、主人公とリュウサイが敵兵に囲まれていた。
「うわっ、やばい。あっ、選択肢が出てきた」
『どうやら、もうここまでのようね。介錯お願いできるかしら』
リュウサイ(女)が主人公(男)に願い事をしている。
『介錯 する/しない』
「介錯? なにそれ? 介抱の昔の言いかた? ご先祖様どうしたら良いの?」
「迷わず、『する』を選べっ!」
鬼気迫る顔で言われたため、輝幸は即決した。
「なら『する』で」
『私の首を敵に取られないようにね』
リュウサイは、主人公に哀しみを含んだ笑顔を向けた後、小刀を手に取り、それを下腹部に突き刺した。主人公はそれを確認した後、刀をリュウサイの首元に向かって振り下ろす。すると画面が真っ赤になり、BAD ENDの文字があらわれ、スタッフロールが流れ始めた。
「へっ?」
輝幸は呆然とした。突然ヒロインが切腹して死んでしまったので無理もないが……。
「潔い最期だった。さすが拙者」
竜斎がまた、男泣きをしている。
「ただ残念なのが、切腹の仕方が甘いな。本当なら……」
先祖が淡々とウンチクを述べている中、輝幸は怒りを顕わにしていた。
「おい、こらクソ先祖。これはどういうことだ? 説明しろ」
竜斎は、子孫の形相が自分のいくさ時の顔に似ているため、血のつながりを深く感じた。輝幸の垂れ下がっていた眉毛が九〇度近く上に上がっている。
「介錯というのは、簡単に言えば、切腹した人の首を切ってとどめをさしてあげることでござるよ。敵に首をとられることは屈辱でもあったからのぉ。そういえば、関ヶ原でも西軍の大谷吉継殿が、自分の首を取られないよう部下に隠させたことがあったでござるなぁ。しみじみ」
輝幸はこれを満面の笑みで言う先祖が、どうしようもないくらい恐ろしかった。
「また寝不足みたいだね」
幸が輝幸の顔を見て苦笑する。
「ああ、今度は切腹の仕方や、介錯の仕方なんかを説明されて怖くて寝られなかった」
そう言うと輝幸の体は震えだした。幸が心配する。だが、輝幸を心配しなくなった者がいる。
「なんだ、風間は切腹の仕方も知らなかったのかよ? よぉし俺がレクチャーしちゃる」
成一である。成一が憎たらしい顔で言うので、輝幸の中の凶暴な血が再び騒ぎだす。垂れ下がった眉毛が人体の構造を無視した角度まで上がっている。
「黙れセイウチ科の海生哺乳類めがっ! 大人しくエスキモーに喰われていろ」
「ひっ、ひでぇっ!」
挫けそうになった成一は、『エスキモーじゃない、イヌイットだ』という反論と、新型のゲーム機を買ってあげたことにより、再び『お兄ちゃん』と呼んでくれるようになった妹の笑顔を思い出して、なんとか持ちこたえた。
「そういえば今日って金曜日だよね」
幸が成一を無視して話し始める。成一は無視されたショックを、妹の言った『お兄ちゃん大好き』というセリフで和らげる。数秒後、実は言われたことが無いことを思いだし、そこから妹との記憶が崩壊し始め、三河成一は瓦解した。
「そうだな。明日は部活もないから、今日はじっくり攻略するか」
「なら、今日は輝幸君の家に遊びに行こうかな。どんなゲームか見て見たいし」
来るなぁっ! 輝幸はそう叫びそうになるのを何とか堪えた。これでは大人気ないと思ったからである。丁重に断らねばと、一呼吸間をおいて、気持ちを落ち着かせてから返答した。
「来たら男性の知りたくない実体を知ることになるかもしれませんよ。んっ?」
輝幸は真顔で言った。しかし幸は、動揺する素振りを微塵も見せない。
「安心して。今更、輝幸君のことで幻滅することはないよ」
輝幸は返答に困り、何も言い返せなくなった。
「まっ、とりあえずお菓子か何か持っていくから」
「だからぁ……」
しかし、輝幸は思春期真っ只中。二次元でウハウハするのも良いが、正直、三次元、つまり現実でウハウハしたい年頃である。結局は許可してしまった。
輝幸は、厄介者ですら、可愛ければコロリといってしまう自分が情けなかった。
「やはり血は争えんな輝幸殿」
幸がトイレに行っている間に、輝幸は今日の学校での出来事を竜斎に話していた。
「どういうことご先祖様?」
「拙者の妻もいくさ場で、何度も死闘を繰り広げたおなご、つまり宿敵でござった」
「えっ? 女性もいくさに参加していたの?」
「まぁ、いるにはいたでござる。拙者の妻も美人でなぁ、あいつに首を狙われておったことなぞ忘れ、つい……」
美人に弱い。風間家の忌むべき血が二〇代離れた先祖から受け継がれていることに、輝幸は驚きを隠せないでいた。
「そういえば父さんも、叔父さんも……男がダメな家系だな」
輝幸は、よほど強い遺伝子が受け継がれていることを悟った。
「そうそう言い忘れておったが、お主。姉川の戦いでさりげなく拙者の妻を殺しておったぞ」
「えぇ……」
『リュウサイ決着をつけよう』
攻略候補にない女性が戦場でリュウサイに勝負を挑む。
『邪魔だ。どけ』
主人公が一刀のもと、彼女を切り伏せた。傍らでリュウサイがそれを見ていた。
「この時でござる。この戦いの後に妻取ったでござる」
「一瞬じゃねぇかよっ!」
もう一人の先祖の扱われ方に、輝幸は涙が出そうだった。
「ここは何を送ったらいいかな?」
画面には、
『贈り物 兵糧/鎧/刀/塩/花』
と書かれている。
「拙者だったら兵糧でござるな。腹が減ってはなんとやらでござる」
「私だったら、刀かな。花なんて渡されてもね。女性は必ずしも花が好きってわけじゃないよ」
三人で正解を導きだそうと必死になっているのは、一回、兵糧を渡さなかったせいで、餓死エンドという壮絶なトラウマを植え付けられたからである。それからは慎重に選択するようになった。
『ありがとう。この花のように、散り際まで美しくいることを誓うわ』
主人公が渡した花をリュウサイは愛おしそうにつかんだ。
「このゲームを作った人達は、彼女いない歴=年齢だと思うんだけど」
幸の言葉に、二人はおおきくうなずいた。
関ヶ原の合戦も終盤にはいり、ほとんどの敵は撤退しているのに対し、西軍のシマヅ勢は東軍のいる方向へ突撃した。
「輝幸殿、ここを生き延びれば勝ちですぞ」
「頑張ってね」
「ああ、頑張る」
その時の輝幸の顔は一角のいくさ人の顔だった。
主人公とリュウサイは、敵方の名のある兵と戦っている。小競り合いの末、リュウサイが刀を落とし、危うく斬られそうになった時、主人公が代わりに防ぐ。その間に、リュウサイがそばにいた死体に突き刺さっていた槍を抜き、兵を突いた。その者との決着はついたが、味方の死者の数は多く、そのうえシマヅの頭首のシマヅヨシヒロには逃げられてしまった。
「豊久さんが死んじゃった……」
幸が今にも泣きそうな顔をする。リュウサイがトドメを刺したのは島津豊久という関ヶ原で死んだ西軍の人である。輝幸はせっかく敵の名のあるキャラクターを倒したのに素直に喜べなかった。
「しかし、拙者は前線で島左近殿とは戦ったが、島津勢とは戦っておらんのだがなぁ、よくここまで脚色できるのぉ」
「だから、こういうゲームの場合なんかは、ご先祖様達は源、材料として使われているだけだから、事実にそう必要もないんだよ。ご都合主義なの。大人の事情なの」
「でも、そのせいで勘違いする人もいるでござろう?」
輝幸は今までの自分の言動を思いだし、なにも言えなくなった。
『あなたと共に戦えたことを誇りに思う』
関ヶ原の合戦後、リュウサイが主人公に顔を赤くして言う。
主人公達は七度目にして、ようやく関ヶ原の合戦を生き延びることが出来た。関ヶ原にたどりつけずに死んだ数を含めると倍になる。
「輝幸殿、これはひょっとして良い雰囲気なのでは?」
「はい、ご先祖様。これは、キテますっ!」
「ここまで長かったよね。途中、朝鮮出兵させられるルートになっちゃったり、キリシタンと思われて迫害されたりとか」
「関ヶ原で小早川秀秋が裏切らないルートなんてのもあったよな。そのせいでボロ負けしたな」
「あった、あった」
「あれは困ったでござるなぁ」
三人はこの数時間の間の様々な思い出を共有した。時刻はすでに午前四時三〇分。輝幸の両親は就寝しているため、あまり大声をだすわけにはいかないが、どうしてもテンションがハイになってしまうため三人は落ち着けないでいた。
「宿に入ったでござる」
「これはくる。ついにくるぞ」
「布団が一つしかないよ」
心なしか、三人の顔も赤くなってきている。今後の展開を想像したからだ。
竜斎は、自分をモチーフにしたキャラが〝放送禁止用語〟を〝放送禁止用語〟で〝放送禁止用語〟なのに、喜んでいるように見える。これを『変態』と言わずになんと言おうか。もちろん、その遺伝子も輝幸はしっかりと引き継いでいる。
『リュウサイ殿』
『殿はつけないで』
「ほぉ、これが現世の春画でござるか……」
「さっ左様でござる……」
「うわぁ、見てられないよ」
望んでいた瞬間が、今まさに眼前にあるというのに三人は大して嬉しがっていない。逆にむなしさを感じている。
(うわあぁ、普通に考えりゃ、ご先祖様を攻略って罰当たりじゃん……しかも女の子の前でエロゲーとか……)
(よくよく考えたら、あはん、うふん言ってるの拙者だ……)
(こんな時間まで男の子の家にいて、何でエロゲーしてるの私……)
そして、気まずい時間が過ぎていく。
『二人はその後、大きな戦火に巻き込まれることなく子孫を残し、家を繁栄させていった』
主人公とリュウサイの満面の笑みが画面に映ったあと、スタッフロールが流れる。
「とっ、とりあえず、ハッピーエンドを迎えたね」
幸がオドオドした口調で言う。輝幸もつられてオドオドしだした。
「そ、そうだな」
「それで?」
竜斎の言葉に二人は驚く。
「それで? とは?」
「次は誰を攻略するのでござるか?」
ニコニコとした顔で竜斎が問う。絶句する二人。
「このゲーム嫌じゃなかったんですか?」
「もちろん、後世で自分が、あはん、うふんされて嬉しい故人はいないでござろう」
「なのにコレ続けますか?」
「もちろんでござる。自分以外の人間がどの様にされているか見ておきたいでござる。一種のストレス解消でござるよ。大嫌いなサルの一族めがどう扱われてるか、くくく」
竜斎の笑顔に触発された輝幸も、幸もノリ気になっていた。
「それでは、次はノブナガあたりいってみるか」
「私はヤスケ編が見て見たいかな」
聞きなれない武将に、輝幸と竜斎は困惑した。
「幸殿、ヤスケとは誰でござるか?」
「竜斎さん、知らないの?」
「申し訳ないでござる」
戦国武将がシュンとしている。輝幸は、だんだんご先祖様がすごい人物だったというのがウソのように思えてきていた。
「それでヤスケってどんな人?」
「弥助は織田信長に仕えていた黒人さんのことだよぉ。常識でしょ?」
「「知るかっ!」」
ご先祖様を攻略完了。
以後は、ご先祖様と+αとで攻略中。