好み
架空の探偵小説の、書評を書く男の、話を描く女の話を、書く男の話を、ボクは書いている。
一応すべての話にそれなりの設定はある。
探偵小説は、本格派ミステリー。
書評は、タチの悪い批評本。
描く女の話は、シュールな四コママンガ。
書く男の話は、クライムサスペンス。
もちろん、探偵・書評書き・描く女・書く男、その四人とも実在はしていない。
ダレに読ませるでもなく細々とノートに書き続けている。
あるとき、探偵小説の『探偵の助手』を名乗る人物から電話がかかってくる。
作品の登場人物を名乗る人間が連絡してくることは珍しくはない。
どこから携帯番号が流れているのかは気になるものの、これで三回目だ。
『書評者』と『描く女の彼氏』から電話を受けたことがある。
いつもなら気にも留めずに無視をして電話を切っている。
しかし、今回は登場人物のチョイスにボク好みのものを感じる。
確かに登場させた人物だが、書評内に『やせ細った助手』という程度の描写しかしなかったキャラクターだ。
助手は、あいさつもなく問いただしてくる。
「探偵の存在を知っているのか」
声も口調も、とてもボク好みだ。
ここまで手の込んだいたずらを仕掛ける人間は、友人にひとり心当たりがある。
確証はないものの話に乗ってみることにした。
「そろそろキミからかかってくると思っていたよ」
『すべてを心得ている探偵小説の作者』というテイで答えた。
余裕を持った悪役の顔を作り、出来る限りの不敵な声で、
「電話ではまずいだろう、直接会って話をしようじゃないか」
予想外だったのだろう。しばらく助手は黙ってしまった。
「……どこに行けばいい」
どうやら話を続ける気らしい、提案を受けいれてくれた。
「明日の夕方六時、『いつもの場所』だ、わかるな?」
探偵にもボクにもそんな場所はない。
こう言えば友人なら直接家へ訪ねてくるはずだ。
「そうだなぁ……ボクの大好きな『アレ』を持ってきてくれ」
「『アレ』を持って来いだと?」
助手の声のトーンがすこしだけ下がった気がする。
軽く笑い飛ばし、ボクは続ける。
「ヒトにものを尋ねるんだ、手土産のひとつでも持参するのが礼儀だろ」
助手は黙ったままだが気にせず話す。
「そのかわり――」
わざとらしく一呼吸置き、
「キミの知りたいことをすべて教えてやろう」
それを聞き終えると、助手は一言『わかった』とだけ答え電話を切った。
――どこになにを持ってきてくれるのやら。
翌日の約束の時間、玄関に現れたのはやはり友人だった。
「どうやらご招待いただいたようで」
玄関先に立つ友人はとても機嫌がよさそうだ。
友人は後ろに同伴者を連れてきていた。
きっちりとした和装を着こなし、長い黒髪をきれいにまとめ上げた女の子だ。
女の子は、風呂敷につつまれた長方形のものを抱いていた。
わざとらしくはだけさせたスキマから、ワインのラベルが貼られた桐の箱が見えている。
以前友人に、手放しの絶賛と高価なため滅多に飲むことが出来ないと語って聞かせたことのあるワインだ。
屈託のない笑顔で女の子とワインを親指でさし、
「キミはこれが好きだろ」
目が合うと、女の子は薄く笑いを浮かべて頭を下げた。
『ボクの大好きなアレ』という指定を受けて、友人は『ボク好みの女の子』と『ボク好みのお酒』を持ってきたのか。
安易だが、確かにボクの好みにぴったりの大好物に間違いはない。
友人がたずねてきたらすぐにでもあの電話の意図を聞いておきたかったが、そんな気はうせてしまった。
ふたりを家の中へと招きいれ、和室へと案内した。
「私はコルク抜きとグラスを取ってきますわ」
そう言って女の子は桐の箱をテーブルに置いて部屋を出て行った。
ボクは、ワインのはいった桐の箱を手に取り、箱のにおいや硬さや手触りやを楽しんむ。
友人が小さく笑っているのを気にせず、ボクはゆっくりと箱をひらいた。
中には、鮮やかな紫色のサテン布につつまれた赤ワインのボトルがはいっている。
高揚する気分と手の震えがとまるのを待ち、丁寧にボトルを取り出した。
目と手を使い、飽きるまでワインボトルを味わう。
そんなボクが落ち着くのを見計らい、友人がクチを開いた。
「……ところで、キミもスミに置けないなぁ」
箱のフタを手に取り、ラベルを眺めながらおかしなことを言い出した。
「あんなキレイな子をどこで見つけてきたんだい」
「アレはキミのツレだろ」
当然のことを言ったつもりだったが、驚きで友人は目を丸くしていた。
「キミからの使いと名乗って彼女がボクを尋ねてきたんだぞ。そのワインも、キミが喜びそうなものを選ぶように彼女に――」
言い終わらぬうちに、
パシュン
音を立てて家中の電気が消えた。




