第九夜:覆水盆に返らず
第九夜:覆水盆に返らず
覆水盆に返らず
この諺はかの有名な伝説の軍師、太公望から生まれた諺であり。
一度してしまった失敗は取り返しがつかないということのたとえ。
本来は、太公望がしっかりした地位のある職に就いたとき、元妻が復縁を望んできたときに、じゃあ、こぼれた水、覆水を元に戻せば復縁してやる。という逸話が元である。
まあ、これだけ見ると、元妻が権力にすり寄ってきただけに見えるが、実際は太公望も本ばかり読んで働かなったというのがあったりする。
おそらくは、復縁してもきっと理解が得られず、また離縁することになるから、やめておこうという意思表示だったのだろう。
あるいは、そのこぼれた水を必死に何度ももとに戻そうと、頑張っていれば太公望も心打たれたかもしれないが、その程度であきらめるなら、最初からどうしようもなかったということだ。
一度起きてしまった事はけっして元に戻す事は出来ない。
そう、戻ることはないのだ……。
元に戻っているようで、それは絶対に何かが違う。
それは他人には理解できるものではなく、当人だけが理解できる違和感である。
今回はそんな話である。
「はっ!! はっ!! はっ!! ……」
ザザザ……!!
彼女をは森を走っていた。
真っ暗で霧も出ていて、足元すらおぼつかない。
本来ならば、ゆっくり歩くべきだが、彼女にそんなことを考える余裕はなかった。
なぜなら……。
「……い。ま……れ!! ……うぉぉおぉ……」
彼女後ろからは、この世の物とは思えない音がにじり寄ってきているのだ。
「……な、んでっ、私がこんな、め、にっ!? ひぐっ」
そんな嗚咽が彼女の口から洩れる。
彼女はこんなつもりで、知り合いのところへ来たのではなかった。
昔の恩を返すために、力になりに来たのだ。
しかし、悲劇かな。
知り合いのところに来てみれば、そこは恐怖の森で、彼女は彼らと合流しかけたものの、異形の者たちによってバラバラになってしまったのだ……。
その悲劇のヒロインの名を星川朱里。
今を煌く、スーパーアイドル。その人であり、何を隠そう、世にはびこる異世界の侵略から守る魔法少女でもある。
と、このように、出演する場所を間違っていて、ガチのホラー系には耐性がまったくなく、友人の助けに来たのはいいが、速攻で逃げ出したというのが真相である。
ちなみに、友人は何度もほかに連絡を取ってくれと、再三言っていたが、その要請を無視しての結果であるので、自業自得といえよう。
まあ、本来の魔法少女の力を使えば、あの程度のゾンビー共はたやすく制圧できるのだが、そんなことを考える余裕すらなくなっている。
恐るべし、ジャパニーズホラーというべきだろう。
心からくる恐怖で、恐慌状態。
これが、危機的な状況で決してなってはいけない状態である。
ここまでパニックを起こすと、このように、暗闇であろうが走って……。
ガッ。
「え? きゃぁぁぁぁぁ!?」
ドザッ、ドンッ、ゴンッ!!
このように転んだりして、これが身動きが取れない状態を引き起こしたり、敵味方の判断が付かずに暴れまわるなどといったことになる。
「いったー……」
幸い、彼女は魔法少女として、身体能力も上がっているので、この程度は大けがなどしない。
普通なら、ここで足でも負傷して、ゾンビーに囲まれ終わりというのがお約束である。
「そういえば、慌てて逃げてきたけど。……ここどこ?」
幸か不幸か、転んだことにより、錯乱状態から脱した星川はようやく自分の状況を把握し始めた。
あたりは真っ暗で、木が生い茂っている森の中。
帰る道どころか、ここがどこかすらわかっていない。
ガサガサ……。
「ひっ!?」
叫び声をあげるが、とっさに自分の口を塞ぐ。
今、自分が追われていることを思い出したからだ。
星川は口を押さえながら必死に考えた、なぜ自分がこんな目に合うのかと?
友人?からの嘆願?を受けて、颯爽と駆け付けたのに、そこはホラーイベントの真っ最中だった。
魔法少女がそんなイベントに巻き込まれるとは思っていなかった。
というか、助けに来たのに、速攻で自分一人で逃げたのだが。
「ど、どうしよう。た、助けにきて、私一人だけ逃げるわけにはいかないわよね?」
誰もいないのにそう呟く。
当然のごとく、それに答えてくれる者はいない。
ただ、自分の状況を落ち着いて整理しているのだ。
実際、予定外のことが起こり、混乱している時は自分の名前を言ったり、なんでこの場にというのを口に出すことによって、再確認し、やるべきことを落ち着いて考えられる。
口にするというのが大事で、頭の中で考えるだけではだめだったりする。
音として、自分の耳に聞かせるという、外部的刺激が大事なのである。
ガサガサ……。
ビクッ!?
遠くから聞こえる音にとっさに身を縮める。
自分の居場所すらわからないのに、これ以上、自分の位置がわからなくなるよな行為はやめておこうと思ったのだ。
……ガサ………ガサ。
「……ふう」
ついでに、自分の音を押さえることで、追手があきらめるかを試したかったのだ。
どうやら、その賭けには勝ったらしく、夜の静けさと虫の声だけが星川の耳に入る。
「……とりあえず、追手は巻いたみたいね。でも、どうしよう? とりあえず、鳥野がいた車に戻る? いやいや、あれだけゾンビが囲んでたし、あいつらでも……逃げるわけないか」
「そうだよ」
突然、耳元に独り言の返事が返ってくる。
その突然の返事に、魔法少女ではあれ、今どきの女子高生である星川は力の限り……。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……ふごっ!?」
叫んだのだが、口をふさがれ、引きずりこまれた。
「ん!? んんーー!!」
「落ち着け。俺だ。鳥野」
しかしてその相手は、星川に助けを求めていた?也の字であった。
「んーー!! んーーー!!」
「だから、落ち着け。お前が叫ぶと気が付かれる」
「……」
星川はようやく自分が馬鹿なことをしていたと気が付いた。
也の字が口を押えていなければ、また恐怖の追いかけっこが再開していただろう。
人間、冷静になろうとしても、そうそうなれるものではない。
「静かになったな。ま、一応言っとくぞ。叫ぶな。小さな声でだ。いいか?」
コクコク。
そして、星川の口から手がどれけられる。
「ぷはっ。バカなことしたわよ……。ごめんなさい」
大人しく自分の非を認めて謝る星川。
流石に、この状況において、相手を責めるほど錯乱してはいなかった。
いや、自分から来ておいて、そんなことを言うのはバカすぎるのだが。
「ま、しゃーない。魔法少女が飛んできてみたら、和製ホラーの極地だとは思わんからな」
也の字はそういって、星川の横に腰を下ろす。
まあ、誰もがそんなことに巻き込まれるとは思わないだろう。
ホラーとは大体そういうものである。
ある、専門家たちを除いて。
「……ねぇ。鳥野、これからどうすればいい?」
「んー。正直、星川が魔法少女とはいえ、ここに入れるとは思わなかったんだよな」
「……どういうこと?」
「お前、魔法少女の力でワープみたいなことしてきたんだろう?」
「え、ええ。電話の相手向こうへって感じで」
「なるほどなー。繋がった相手へ飛んだわけか。ま、とりあえず、空を飛ぶとかワープは最後の手段にしとけ。どうなるかわからん」
「どういうこと?」
「こういうホラー物のネタは時間がかなり無茶苦茶だからな。うかつに正規以外の方法で外に出たら浦島太郎とかありえるぞ」
「……マジ?」
「マジだよ。星川の今回の行為は、宇宙空間とかにいきなり飛び出た感じだな。魔法少女でよかったな。生身ならどんな影響があるかわからん」
星川はそれを想像してぞっとした。
魔法少女といえども、本人は地球の地上の活動しか経験がない。
魔法少女が宇宙とかでも対応できるかといえば知らないし、やってみろと言われて、宇宙に放り出されるのは絶対にお断りである。
それぐらい宇宙が超過酷な環境というか、人が生きていける場所ではないと知っている。
「じゃ、じゃあ、本当にこれからどうするのよ。魔法少女の力で逃げるのはだめなんでしょう?」
「まあな。でも、星川も携帯もってるだろ。それで心霊系の専門家に取次してもらおうと思うんだよ。俺の携帯は軒並み連絡つかなくてな」
「なんで私の時にそういわないのよ!!」
「いや、星川が話聞かなかっただけだろうが」
「うっ……」
「ほれ、携帯貸してくれ。それか自分で知り合いにかけてくれ。とにかく、専門家に連絡とるのが一番なんだから」
「わ、わかったわよ」
星川は也の字の言う通り、携帯を……。
「あれ?」
ゴソゴソ。
「……おい。まさか落としたか?」
「ま、まさかそんなわけないわよ。握り締めて逃げてきたんだし」
「いや、ならポケットとかを探る必要ないよな。手に握ってるはずだし」
「き、きっと、とっさに仕舞ったからいつもの場所と違うのよ」
しかし、どこにも星川の携帯は見つからなかった。
「ど、どうして……」
「いや、まあ、あのパニックだ。落としても仕方ないわな」
「し、仕方なくないわよ!! あれ、プライベート用よ!! 仕事用じゃなくて、いろいろ友達のアドレスとか取り返しのつかないのが多いのよ!!」
「静かにしろ。また見つかりたいか」
「ぐっ……。で、でも、私にとっては大事な物なのよ」
「かといって、俺の携帯から鳴らしてみるか? そして音源辿ってみるか? ほかの団体様と鉢合わせしそうだが」
「うっ……。で、でも……」
星川は葛藤していた。
なんで命と携帯を天秤にかけているのか、傍から見ればバカなことをと思うだろうが、星川にとってはプライベート用の携帯というのは、友人との繋がりである。
外から見れば煌びやかな芸能人だが、内情はドロドロの足の引っ張り合い、蹴落とし合いだ。
そんなきつい世界から、普通の友人への糸がプライベート用の携帯なのである。
スーパーアイドルというのは伊達ではなく、星川は本当に忙しい。
今回なんで也の字のところに来れる時間があったのかといわれると、也の字が話した通り、時間軸がずれていたらしく、星川の携帯に繋がった時間は午前2時。
つまり、草木も眠る丑三つ時。
心霊現象が多発するといわれるお約束の時間帯でり、さすがの星川もホテルで休んでいたのである。
まあ、0時ようやく終わって、仕事のストレスと友人と電話で発散し、ようやく寝ようとしていた時に也の字からの電話があって、こちらに来たというわけだ。
ということで、星川にとっての携帯電話というのは、大事な友人たちとのつながりなのである。
「……ぐすっ。……しょ、しょうがないから……、あ、あき」
「あー、もうわかった。わかったから。探すから。泣くのやめて。俺が周りからどう見てもあとで怒られるから」
「え?」
「星川にとって携帯が大事なのはよくわかった。まあ、俺にはうるさいだけの、緊急連絡の時だけにしか使わない道具なんだがな……」
也の字はそういいながら、自分の携帯電話を取り出して……。
「なんでかねー。電波は出ていないのに、星川の携帯にはつながるでやんの。魔法少女の力が効いてるってやつか?」
「わかんないわよ。でも、いいの? ゾンビが……」
「もうかけたからあきらめろ。というか、魔法少女のくせに逃げ出すなよ。普通に戦えるだろうに……」
「うっ。だって、あの手合いは噛まれると感染するって」
「バイオじゃねーよ。とりあえず、間違っても殺すなよ? 一応もとに戻す手段を探してるらしいからな」
「え!? も、もとに戻せるの?」
「いや、お前の時だってトカゲ人間戻したじゃん」
「あ、そ、そうか。ということは白木じゃなくて、飛翔もきてるのね。あの時、車にはいなかったけど」
「進。新上もきてるぞ。2人で探索だ。ここがどこなのか、もっと検体を見つけて、病気を治すためにってな」
「……バカなの?」
「できるからなー。一概にバカとは言えないのが残念だっと。音がここまで聞こえてくるな」
「え?」
そういわれて、星川は耳を澄ませると、確かに、かすかであるが、星川の携帯電話であろう着信音が聞こえる。
「……しかし、この着信音って確か、今人気アニメの……」
「いいじゃない!! ほむ○とかかっこいんだから!!」
「黙れ。ったく。魔法少女が魔法少女のアニメみるとか……。行くか」
「なによ!! あんただってオタクでしょう!!」
「いや。それとこれとは話が違う気がするんだがな。とりあえず、星川が気に入ってるのはわかった」
そんなくだらない話をしながら、音が聞こえた位置までゆっくりと進んでいく。
「ここらへんだな。もう一回軽く鳴らすぞ」
「お願い」
そして、すぐに携帯が鳴って、幸い問題なく携帯を発見できた。
「よかったー。少し傷がついてるけど、それ以外は何も問題ないわ」
「よかったなー。さ、ここにるのもアレだから、車に戻るぞ」
「……場所わかるの?」
「そりゃな。ほれ」
そういって、星川に携帯を見せる。
「これって、携帯ゲームよね? ふざけてるの?」
「ばか、この前出たばかりの新作、PDVSTAだ」
「いや。ゲームじゃない。これでどうすれば道がわかるのよ」
「鷹矢が改造しててな、こっちのほうが携帯より画面が大きいからとかいって、ちょっとまて、今ゲームの途中だった。セーブしないと」
「……しっかりゲームしてるじゃない」
「そりゃ、勝手に鷹矢が弄っただけだからな。俺のゲームするための機械が本来の姿だ。あ、そういえば、アイテム拾ってたよな? 不確定名はぶき……。まさか……」
なぜか、也の字はゲーム機を持ったまま震えだした。
「ねえ? ゲームしてないで、早く車の場所を探してよ」
「ちょっとまて、まつんだ。これは鑑定しないといけない。……キター!! Muramasa Blade!」
「ちょ、なに叫んでるのよ!?」
だが、也の字の歓喜の声は静まらない。
それもそのはず、某有名RPGでMuramasa Blade!を見つけることは、ボスを倒すことより困難とされており、これをこなしてこそ真のクリアといわれるほどで、ある程度ゲームをしてる人ならば、知らぬものがいないとされるほどのモノであり。
RPGの世界で、刀が剣とは別枠で扱われる走りとなったものである。
「長かった。本当に長かった!!」
「鳥野、ま、まわり!!」
「あ? まわり?」
そして、也の字はようやく顔を上げると。
「「「うぉぉあおあぁおぁおぁお!!」」」
周りにゾンビーさんたちが集まって、今まさに一匹が腕を振りかぶって……。
「よっと」
也の字は余裕で躱したのだが、手に持っていたPDVSTAに掠った。
かのゲームの売りは、タッチパネル式の新感覚ゲームである。
つまり、操作も触るだけで出来たりする。
だから、セーブしてさっさとゾンビーさんから逃げようと思った也の字が目にしたのは……。
「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!! Muramasa Blade!が捨てられてるぅぅぅぅぅ!?」
この叫び声は星川の叫び声を優に超えていて、魂からの叫びだった。
わかる人にはわかるはずだ。
この苦しみが。
油断して、次の宝箱で「おおっと」とかの苦しみだ。
「は、早く逃げましょうよ!? なるべく攻撃したくないの!! 触りたくないの!!」
星川は最初の頃より、冷静になって、ゾンビーの攻撃は簡単に躱して、也の字に行動を促すが……。
「……これが、人間のやることかよ。決めた。俺が元凶に土下座して謝らせる。あいつらより先に!!」
「な、なに言ってるの!?」
「俺の、時間を返せ!! どけお前ら!!」
也の字はそういって、真の字から教えを受けた拳銃はおろか、鷹矢からのお下がりのロボットアームを虚空から取り出して、一気に相手を吹き飛ばす。
「え、え!? ちょ、ちょっと、殺しちゃまずいんじゃ……」
「峰打ちだ」
「いや。拳銃で撃って、そのロボットアームの一撃で跳ねていったわよ!?」
「いいんだよ。生きてるから!! とりあえず、俺は元凶と話してくる。そうしないと俺の怒りが収まらない!!」
そういって、也の字は迷わず走り出す。
「ちょ、ちょっと!? なに? げ、元凶っていやな予感しかしないわよ!! ……ねえ、待って!! 待ってよ!!」
星川も仕方なく也の字の後を追いかける。
世の中、もとに戻らないものは結構ある。
だが、傍から見ればくだらない物だったりというのはよくあることだ。
しかし、残念ながら、今回は一人の男に怒りの炎を灯してしまった。
恐怖の夜はこうして、一つの機転を迎えることとなる。
もう、どこがホラーだよ。
いや、最初からなかったけどさ……。
はい。
宣言通り一週間で9話目。
今までが早すぎただけだから。
さて、今回の悲劇は分かる人は多いのではないだろうか?
あの悲しみを乗り越えるには、なかなか時間がかかるし、取り戻せるものでもない。
また、似たような場所に届くまでも、自分でやらなければ意味がない。
この怒りを力に変えて立てよ、也の字!!