第五話 繋がった魔法回路
俺は午後の授業中、屋上で顔を凍り付かせている。
まさか勇者の力を指摘されるとは思わなかった。
「な、なんで、知ってるんだ?」
動揺しているのか、俺は声を少し荒げてしまう。
莉亜はキョトンとした顔を見せる。
「え? あんたが勇者だってコト? そんなの近所でも有名よ?」
「って、どこの近所だよ!」
両親や愛里を見るに、そんな噂が広がっているとは思えない。いじめっ子たちを見てもそうだ。俺が勇者と知っているなら絡んでくるわけがない。
「魔法使いの観察記録会でね――私の所属するサークルよ」
聞き覚えのないサークル名に、俺はゴクリと息を呑んだ。
莉亜はニコッと笑う。
「アーカイブスは、学校で不正に魔法を使った人間を取り締まる組織。一応、非公開だけど学校公認よ。だから、通称、裏生徒会って、呼ばれているわ」
そんな組織があるなら、俺が異世界漂流したのも、わかるのかも知れない。
理解は出来ないが納得しておこう。
俺が頷くと、莉亜は瑞々しい髪を払い、得意げな顔だ。
「この学校には、少ないけど魔法使いがいるのよ。まあ、こっちは完全に非公式だけどね。でも、その中には――」
だんだんと関係ないの話になっていく。
「おい、ちょっと待て、そんな話どうでも――」
「――でね、今、サークルの会長戦を行っているの。さっきの女もメンバーで、私と会長の座を争っているんだけど――」
莉亜は平気な顔して、俺の話を遮った。
こいつ、自分の話をしだしたら、周りが見えなくなるタイプだ。
ため息をつく俺に、莉亜は延々と説明し続けた。
莉亜の話をざっくりとまとめるとこうだ。
聖印は、この学校にいる魔法使い十人程度に、ランダムに配置されている。
それを先に五つ集めた人間が、次の裏生徒会長になるらしい。
「しかし、会長の座を決めるために、相手を殺すとは穏やかじゃないな?」
「あのね……これは一応、学校行事よ? 殺すって言っても本当に殺すわけじゃないわ。これを奪うだけよ」
そう言って、莉亜は制服の上のボタンを外し、胸の上を露出させた。
そこには、花の上に龍が踊っているようなマークが描かれており、赤い入れ墨のように見える。
その下には申し訳ない程度に、小さな胸が顔を覗かせていた。
「……貧乳……だな」
「ちょっ! ど、どど、どこ見てんのよ! 殺すわよ!」
「それが、聖印という奴か?」
「人の胸ディスって、ガン無視とはいい度胸ね……そうよ。これを持つ人間だけが、奴隷を作れるのよ。そして、裏生徒会長になるための手形でもある」
莉亜は最初の一歩で躓いてしまったようだ。
かわいそうだが、これはどうしようもない事実だろう。
「奴隷作りに失敗したんだから、諦めた方がいいんじゃないのか?」
「私は裏生徒会長になるって決めてるのよ!」
莉亜は訴えるような顔で、俺に一歩近づいた。
何か深い理由があるのかもしれない。
「どうして、そんなにこだわるんだ?」
莉亜は眼をらんらんと輝かせて、夢を語る。
「裏生徒会の会長は、この学校で好きに魔法を使っていいのよ? ムカつく奴ら、全員にぶちのめしても怒られない! 最高だわ!」
手伝う気に全くなれない残念な夢だった。
「……ま、まあ、頑張ってくれ、影ながら応援するよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
帰ろうとする俺の腕を莉亜が手荒く掴む。その手には魔力が込められていた。
本気で止めようとしているのだろう。
俺はついクセで、触れられた部分に魔力を走らせ、魔力の侵入を阻害する。
その瞬間、莉亜が目を丸くして、俺を見つめた。
「お、逢坂君、ちょっと魔法……使ってもらえるかしら?」
「……なんでだ?」
「いいから! 何でもいいから、早くして!」
横柄な態度にため息をつきながらも、俺は空に向かって、下級の火の魔法を放ってみた。
「はうっ!」
火の玉が花火のように空に舞い上がり、儚く散った。
魔法も問題なく使えるようだ。
しかし、今はのんきにそんな検証している場合じゃない。
「……おい、莉亜。今の嬌声のような声はなんだ?」
「――っ!」
顔を真っ赤にして莉亜が俺を睨む。
あれ、俺、コイツに言われた通りに魔法を使ったのだが、どうして睨まれているのだろう。首を傾げると、莉亜が叫ぶ。
「あんたが急に魔法を使うから、驚いたのよ!」
「使えって言ったのは、お前だぞ?」
「そうだけど! そうじゃないのよ! あんたが魔法を使った瞬間、私の中から急激に魔力が抜けていったのよ!」
「だから、変な声を出したってわけか?」
「変な声って言わないで! ふふふ、奴隷契約に完全に失敗したわけではないようだわ! その証拠に私の魔力があんたに流れている!」
俺を指さす莉亜を無視して、俺は上空に魔法を放ち続ける。
そのたびに、莉亜が『はうっ』とか『んふっ』と嬌声に似た声をあげた。どうやら、本当に莉亜から吸い取っているようだ。
莉亜は耳まで赤くして、体を震わせる。
「ちょ、ちょっとやめて! 私の魔力なんだから、勝手に使わないで!」
「……確かに繋がっているようだな」
「こんな変な状況になったんだから、絶対、手伝ってもらうわよ!」
莉亜はバーンと、音がするほど、腕を組んで堂々としている。
しかし、全く手伝う気になれない。
俺は笑顔で首を横に振り、その場を立ち去ろうとした。
すると、莉亜が呼び止める。
「……確か、あんたに妹さん、いるわよね?」
「それがなんだ?」
自然と目がスッと細くなる。
さすがに妹のコトを出されたら、穏やかではいられない。
「いえ、別に……」
莉亜はふふんと鼻を鳴らす。脅しのつもりだろうか。
まさか愛里を使って、脅迫してくるとは。
ここで莉亜を痛めつけてもいいのだが、俺の目の届かないところで、愛里がひどい目にあうのは避けたい。
莉亜を手伝うか、と一瞬よぎる。
しかし、ムカつく相手をぶちのめすためだけに、会長を目指している奴を手伝いたくない。どうすればいいのだろうか。
困っていると、莉亜が勝ち誇った顔を見せた。
俺は大きくため息を吐く。解決は簡単だった。
「……お前に自分の立場を理解させてやるよ」
俺が詠唱を始めると、莉亜は顔を歪め、息を荒げた。
「は、はうっ……くうっ……」
空に向かって、遠慮なく中級程度の火の魔法を放つ。
轟音を上げ、上空で破裂する。
花火職人も驚くほど、大きな火の花になった。
うむ、なかなか綺麗だ。
莉亜は全身から汗をかき、腰砕けのようにその場に座り込む。さすがに巨人族や竜族相手に使う魔法だけあって、魔力の消費量は大きいようだ。
魔王を討伐した最上位の魔法あたりを使うと、どうなるのか試してみたいが、魔力枯渇で莉亜が死んでしまうかもしれない。この程度で十分だな。
莉亜は苦しげな顔で俺を見上げる。
「……はぁっ、な、なに……するの、よ……」
「俺が魔法を使えば、お前は弱る。……脅せるのはどっちだと思う?」
ちらりと莉亜を見て、俺はニヤリと笑う。
ようやく状況がわかったのか、莉亜の顔色がだんだんと悪くなっていく。
「ひ、卑怯者っ!」
莉亜は脅えた顔を見せ、両腕で小さな胸を隠した。
脅しすぎたかな。これじゃあ、どっちが悪者だかわからない。
「安心しろ……貧乳には興味ない」
「胸以外で安心できる要素を言って欲しかったわ!」
「へんな繋がり方をしているから、お前を困らせないように俺もできる限り、魔法は使わないようにする」
莉亜は目を丸くして小首を傾げる。
一つ一つ仕草は本当にかわいくて、リノア姫のようだ。
まともな性格なら手伝ってもいいのだが、さすがにこいつは無理。
はっきり言っておこう。
「――だから、俺や周りを巻きこまないでくれ」
その一言で莉亜は、俯いて黙ってしまった。
莉亜の夢なんてろくなものじゃないし、おまけに死ぬわけでもない。
別に放置でもかまわんだろう。
立ち去ろうとすると、莉亜がぼそりと口を開いた。
「そっか、そういうことか。巻きこむなって言うけど……無理よ。だって、あんたの勇者の力をメンバーに教えたのは、彼女なのよ?」
「な、なにを……?」
嫌な予感がした。
このまま立ち去るべきだと全身が訴えている。
「アーカイブスの現最高権威者、会長代理は……あんたの妹、逢坂愛里よ。……だから、誤解しないでね、私は彼女で脅す気なんてなかったわよ」
金槌で頭を殴られたような気分だった。
いや、実際に金槌で殴られてもこんな衝撃はないかもしれない。
「勇者の力をばらしたのは……愛里?」
『そんなの近所でも有名よ』
どうやら、本当だったようだ。