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第四話 契約の失敗

 俺が目を覚ますと、屋上に連れてこられていた。


「やっと目を覚ましたわね、逢坂君」


 すでに授業が始まっているのか、屋上には俺と彼女しかいない。

 ぼーっとする頭で現状を振り返ってみる。

 そうだ。食堂でキスをされて気を失ったんだ。


「……さっきのって、なんだったんだ?」


 俺の質問に彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 本当にリノア姫にそっくりだ。


「まあまあ、順番に話すから落ち着いて聞いてね。私の名前は宮瀬みやせ 莉亜りあ。あんたのご主人様よ」


 そう来たか。俺の油断で莉亜と主従関係を結ばれたようだ。

 これはまずいことになった。


「どんな契約なんだ?」

「奴隷よ、奴隷。人権から全て私のもの。私のコトはお嬢様と呼びなさい、それと敬語よ。いいわね?」


 莉亜がかわいい顔が台無しなほど、凄んでくる。

 奴隷の俺に対して、立場をハッキリさせたいのだろう。

 しかし、精神年齢アラフォーである俺が、半生以下の年齢しかない女子にビビるはずもない。


「良くない、断る。莉亜でいいだろ?」


 俺の答えに莉亜は目を丸くする。


「へ? い、今なんて言ったの? こ、断るって聞こえたけど?」

「奴隷なんて断る。それにお嬢様なんて恥ずかしい、勘弁してくれ」

「ど、どうして私の命令に逆らえるの? あんたは私の奴隷でしょ? そんなワケないわ!」

「いや、それを俺に訊かれても困る……」


 莉亜は慌てて、わきに抱えていたカバンからノートを取り出した。

 『サルでも分かる“奴隷”の作り方と扱い方』

 どうやらマニュアルのようなものがあるらしい。

 それをベラベラと激しく音を立ててめくり、穴が開くほど熟読している。


「や、やっぱり、ご主人様の意見に逆らった場合には、体に激痛が走るって書いてあるのに……なんでアンタは平気で口答えするの?」

「すまん。わからん。魔法を間違えたのでは?」


 莉亜の眉間には、納得できないとシワが刻まれた。

 どうやら、魔法に失敗したようだ。俺はホッと胸をなで下ろす。

 リノア姫に似ているので力になってやりたいが、奴隷は勘弁だ。


「じゃあ、そう言うことで、俺行くから……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなわけにはいかないわ!」


 莉亜は必死な形相で俺に食い下がる。


「そうは言っても、魔法は失敗だったんだから、他の奴を探せ」

「この魔法が使えるのは一度だけ。ファーストキスである事が第一条件なのよ!」


 そこまで言って、莉亜は顔を真っ赤にして、もじもじとし始めた。

 なるほど、ファーストキスが奴隷契約に必要らしい。


「だったら、こんな馬鹿げたことはやめて――」

「あら? 残念ね、莉亜。私のライバルになるのは貴女だと思っていたのに」


 話を遮り、抑揚のない冷めた声が突然聞こえてきた。

 振り返ると女がフェンスの上に立ち、見下すように莉亜を見ていた。

 その女は、かわいい顔をしているのだが、眼を細め表情は薄い。肩くらいの黒髪で、背のわりに胸がでかい。

 その隣には、パッとしない一人の男が音もなく佇んでいる。


「あ、あんたは……新谷しんたに 舞子まいこ! ど、どうしてここに?」

「貴女が奴隷契約をしたって聞いてね、授業をサボって見に来たのよ……でも、失敗したのかしら?」


 莉亜は俺をちらりと見て、悔しそうに唇を噛んだ。

 それを見て、舞子は冷笑を浮かべる。


「ふ、どうやら図星のようね。大人しく負けを認めるなら、半殺しで許してあげるけど……どうかしら?」

「ふ、ふざけないで! 誰があんたなんかに!」

「そう、だったら、ここで死ぬといいわ」


 舞子はそう言って、スッと手を前に伸ばす。


「ぐおぉぉぉぉっ!」


 舞子のとなりにいた男が地鳴りのような叫び声を上げる。

 みるみると筋肉が肥大化していき、ボディビルダーのような体つきになった。

 そのまま、莉亜に飛びかかってくる。


「なっ!」


 男の攻撃を莉亜は紙一重でかわした。

 反撃をするために呪文を唱える。

 おかしい。異世界では当たり前だった魔法だが、こっちの世界にはそんなものはなかったはずだ。俺が知らなかっただけなのか?

 莉亜の詠唱が終わる前に、男の追撃でつぶされる。

 引きつった表情で攻撃をかわしながら、たびたびこちらに送られてくる視線。

 まるで助けを求める……いや、一縷の希望をかけるかのような顔だった。

 俺が万が一にも奴隷であることを、願っているのだろう。

 だが、あいにく俺は違うようだ。

 何のために戦っているのかわからない戦いに、顔を突っ込む気はない。

 使命感だけで人助けをしてもろくな目にあわないのは、異世界で痛いほど思い知っている。この場は立ち去るべきだと思ったところで、頭をよぎった言葉。

 『ファーストキスである事が第一条件なのよ!』

 莉亜はもう新しい奴隷を作ることが出来ない。

 俺はグッと下唇を噛んだ。

 防戦一方だった莉亜は、とうとう男の攻撃を受けて吹き飛ばされた。

 屋上のフェンスに激しく体ごとぶつかり、崩れ落ちるように倒れそう――いや、フラフラになりながらも倒れようとはしない。

 きっとまだ諦めていないのだろう。

 舞子が感情のない眼を莉亜に向ける。


「しつこいわ。奴隷契約に失敗した貴女には勝ち目なんてないのだから、大人しく死になさい」

「だ、誰が……私一人でも勝ち抜いてみせるわよ! 絶対にあきらめない!」

「そう。でも、貴女はここで死ぬわ。それは確定事項よ」


 舞子が面倒くさそうに手を払った瞬間、男が莉亜に飛びかかった。

 殺される。間違いなかった。莉亜の顔が歪む。その顔は辛い目にあわされていたリノア姫が、時折見せていたものに酷似していた。

 カッと感情がかき乱される。


「リノア姫っ!」


 俺は拳を握ると、男に向かって一気に駆け寄り踏み込んだ。


「え?」


 俺の動きを男の背中越しに見た、莉亜が小さく呟いた。

 男が反応して振り向いた瞬間、俺の右ボディブローが奴の左腹部を打ち抜いた。ぐちゃりと音が聞こえてきそうなほど、体をくの字に曲げ悶絶した表情。

 落ちてきた顎に向かって、今度は左手でアッパーをお見舞いした。

 衝撃で宙を舞う男。ゆっくりと弧を描き、地面に墜落する。

 ぴくりとも動かない姿を見て、やりすぎたかなと心配になってしまう。


「な、何で助けてくれたの? 奴隷でもないのに……」


 舞子も目を丸くしていたが、それよりもっと莉亜が驚いていた。


「奴隷にはならんと言ったが、助けないとは言っていない」

「だ、だ、だったらっ、もっと早く助けなさいよ!」


 助けてもらったのに礼も言わず、悪態をつくとは、なかなか出来た娘だ。

 莉亜を見ると、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 本当に恐かったのだろう。


「悪かったな。けど、もう大丈夫だ」


 俺が頭をポンポンとなでてやると、莉亜は恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「な、ななな、なにすんのよ!」

「ふーん。貴方やるみたいね。名前は?」


 舞子は倒れた男のそばから、俺の顔を見ていた。


「逢坂だ」

「そう。逢坂君ね。貴方は彼女の奴隷になるのかしら?」

「なるわけないだろ」


 少し考えて、舞子が莉亜を見る。


「……ってことだけど、貴女は奴隷なしで、戦いを続けるの?」

「くっ、さっきも言ったわ。そのつもりよ!」

「そう。わかった。今日はお世話になったけど、次はこんなものでは済ませないわ。帰りましょう。セバスチャン、立ちなさい」


 舞子の声に反応して、男が奇妙な格好のまま、無理矢理立ち上がる。


「は、かしこまりました、お嬢様」


 あばらが折れ、顎が砕けていてもおかしくない威力の俺のパンチを受けて、平然そうな顔で男と舞子は去っていった。

 見送り終わって、莉亜が俺に話しかけてくる。


「あなたの力を私に貸してくれないかしら?」


 何の相談もなく、いきなり他人を奴隷にしようとするリノア姫そっくりな少女。

 だが、性格は似ても似つかない。


「俺の力を使って何をするつもりだ?」

「決まってるでしょ、この学校のてっぺんをとるのよ!」


 非常につまらない話。

 暴力による学校の制圧なら、三日とかからずに出来る自信がある。


「悪いがそれだったら――」

「あんたの勇者としての力を借りたいのよ!」


 遮って、彼女が発した言葉に俺は息を呑みこむ。

 どうして俺の勇者の力を知っているんだ。


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