第三話 キスから始まる奴隷契約
俺は昇降口を抜けて、階段を上がり、久々に自分の教室に入った。
騒がしかった教室内が一気に沈黙に変わり、みんなが嫌な目を向けてくる。
ふむ、想像はしていたが、相当な嫌われ者ぶりだ。
誰もが俺を興味深く眺めて、陰口をたたいている。
いじめが原因で三ヶ月も休んでいた人間が復学すれば、この注目も当然だ。
あの頃の俺なら、とても耐えられなかっただろうが、今の俺は違う。
陰口、噂話さえも気分が良いのだ。
魔王を倒した後の王族たちの嫌味に比べれば可愛いもの。
あいつには実際に力があり、なんだってできた。
異端審問にかけられ殺されそうになった事もあるくらいだ。
それに比べ、コイツラはどうだ。噂をする事くらいしかできない。
せいぜい友だちレベルで無視をする。
意地悪をする程度のレベル。かわいいかわいい。
それに俺はこのクラスのカースト一位、二位の吉田と前橋を倒しているのだ。
誰がかかって来ようとも敵ではない。
席に座ると、クラスメイトが何人か俺に絡んできた。
明らかにバカにした態度だったので、
「さっき校門前で吉田が泡吐いて伸びていたのは知ってるか? あれをやったのは俺だぞ?」
と、俺が言うと、そいつらは派手に笑った。
俺にそんなことが出来るはずがないと思っているのだろう。
しかし、実際に前橋が教室に入ってきて、俺といっさい目を合わせないことから、クラスメイト達は察したらしい。
気まずそうに席に戻っていった。クラスの男子制圧だ。
あまりにもたやすい事だった。
男子である以上、腕力の強い人間には逆らえない。
それはどの世界でも共通のルールだ。
クラスには大まかに分けて三つのグループがある。
一つ目は人気者のグループ。
二つ目はいじめられっ子のグループ。
そして、三つ目が普通のグループ。
昔の俺はいじめられっ子の中のさらに底辺にいた。つまり、最底辺だ。
ゴミっカス言われて、パシらせられたり、殴られたりは当たり前。ひどい時は、着替えている時にパンツ姿のまま、廊下に放り出された事だってある。
女子の前で陰部を晒せと命令された事もある。
そんな俺だからこそ、俺の変貌に興味を持って話し掛けてくる普通のグループの人間たちがいた。
うまく取り入って、このクラスの人気者グループに入ろうしている人間だ。
非常に要領よく、あっちつきこっちつきと平気で繰り返す。
そんな人間だから、人気者グループに入れないことすらも分からないらしい。
しかし、今の俺の精神年齢はアラフォーだ。
そんな子供さえも可愛く思えてしまう。
普通グループの奴が、一人二人と、休み時間ごとに増え、昼休みになる頃には、かなりの人数が俺の周りに集まるようになっていた。
「逢坂君って、実は強かったんだね。今までひどい事をしてごめんね。どうやってそんなに強くなったの?」
「方法は簡単だ。毎日体を鍛えて、敵と戦え。それだけだ。簡単だろう? 続けるのは死ぬほど辛いが」
「そ、そうなんだ……他に方法はないかな?」
苦笑いを浮かべる普通グループの奴。
楽して強くなる方法があるなら、俺の方が教えてほしいくらいだ。
無いと突き返そうとしたところで、廊下から、イヤな雰囲気を感じる。
それは、前の世界で嫌という程感じてきた、殺気と魔力であった。
俺は立ち上がり、辺りを見渡す。
だが、教室も廊下もいたって普通の光景。
魔力も殺気も感じられなくなっていた。
俺は首を傾げると、話しかけてきた連中に言う。
「すまない。そろそろいいか? 飯がないので買いに行く」
この世界に魔法を使える人間など居る筈もない。
俺は気のせいだと食堂を目指した。
※ ※ ※
昼休みの食堂はことのほか混んでいる。
それでも俺は苛立つことはない。
異世界では、敵がいつ襲ってくるかわからない状況で、ゆっくりとメシを食べることさえ不可能だったのだ。
それが、こうしていれば待っていれば、確実に食事にありつけるなんて、それだけで素晴らしい。
そんなことを考えながら、券売機の列に並ぼうとすると、不意に声をかけられる。
「――決めた。私はあなたにするわ」
話しかけてきたのは、同じ学年の女子。
見惚れてしまうほど、美しい顔でにっこりと微笑んだ。
ドキッと心臓が高鳴る。
不覚。異世界を含め、これほどの油断したことはなかったほどの不覚だった。
その女子が、あまりにもリノア姫に似ていたのだ。
完全に棒立ち。
彼女が何をしようとしているか、考える余裕もないほどに。
「七人の精霊、この者に祝福と力を与えよ。そして、我が下僕となせ」
彼女の体がほんのりと白く光り、そのまま俺の顔を両手で触れる。
――チュッ。
柔らかい彼女の唇が俺のかさついた唇に軽く触れた。
あまりにもあっけないキス。触れるだけの本当に簡易的なものだった。
しかし、それが魔法と一緒にされたモノであるならば話は別だ。
俺の視界が一瞬にして歪む。
立っているのが困難なほどの頭痛が襲ってきた。
「これからよろしくね。逢坂君」
よろしくだと……彼女は何と言った。
『我が下僕となせ』
意識が落ちていく。深い深い闇の世界へ。
――まずい。
次に目覚めると、俺は彼女の奴隷になっているかもしれない。
 




