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第二十二話 色欲と過去の過ち

「言っとくけど、そいつは偽物だからね?」


 B6のボス部屋の中に、莉亜の冷たい声が響く。

 だけど、どうしようもない。目が完全に釘付けになってしまうのだ。

 俺の目の前にいるリノア姫に。


「……会いたかった。アキト様……」


 ニコッと微笑むと、リノア姫は右手を差しだしてきた。

 佇まいから雰囲気まで俺の知っているリノア姫、そのものだ。

 白くて細い指先に触れたくて、まるで吸い込まれるように、俺は跪く。


「私もです……リノア姫……」


 手を優しく触れ、甲にそっとキスをした。

 全身がリノア姫に出会えたことを喜んでいるのがわかる。


「ぬあああぁぁぁぁっ! なにやってんのよ、アンタは!」


 莉亜の罵声がボス部屋の中にまで響いてきた。

 そうとうバカなことをしていると、莉亜は思っているだろう。

 このB6のボス部屋のお題は『親しき相手を乗り越えよ』だった。

 本物であるはずがない。莉亜が叫ぶ気持ちもわかる。

 だが、それでも俺は、リノア姫を疑うことは出来ないのだ。

 

 ※ ※ ※

 

 信じていた『エリス』が本性を現し、魔王となってしばらく経った頃。

 怒りに任せた破竹の勢いで俺は魔王城の近くまで攻め込んでいた。

 騙された恨みを晴らそうと魔王城に攻め込もうとしたとき、王家の第一王女であるリノア姫がいきなり現れたのだ。

 こんな危険な場所に絶対に来るはずのない人物。

 エリスに騙されたことで、魔王の『化身アバター』の能力を知っていた俺は、大した確認もせずに、魔王が姫に化けたものだと判断してしまったのだ。

 姫が魔王に攫われて、命からがら逃げてきたなんて思いもせずに……。

 そう、そこにいたのは本物のリノア姫だったのだ。それも気がついたのは、姫を傷つけた後だった。俺は死ぬほど後悔した。

 文字通り、死を選ぼうと思ったくらいだ。だけど、リノア姫は決して俺を責めなかった。いや、それどころか俺を気遣ってくれたのだ。

 リノア姫に心底、惚れたのはこの時だっただろう。

 そして、俺は決めた。俺のせいでリノア姫が傷つくのは嫌だ。

 ――もう絶対にリノア姫を攻撃しない。リノア姫を傷つけるくらいなら、騙されて殺された方がマシだと思ってしまったんだ。

 今、思い出しても胸がギュッと苦しくなる、初恋の記憶きっかけ

 

 ※ ※ ※

 

 俺はリノア姫に抱きつかれ、鼻の下を伸ばしながら、過去の話を莉亜に語り聞かせた。微妙な顔をしている莉亜に、俺は決め顔を見せる。


「だから、このリノア姫が百パーセント偽物だとわかるまで手は出せない」

「いやいやいや。絶対、確実、百パーどころか三百パーくらい偽物だから!」


 莉亜の激しい突っ込みが響く。どうやら莉亜には人としての優しさはないらしい。

 赤裸々に語った思い出に、感動すらしないようだ。


「アキト様……。そんな顔をしないでください……」


 俺が難しい顔をしていたのか、リノア姫は憂いを帯びた上目使いで、プニプニとした胸を当ててきた。莉亜への嫌な感情なんて一瞬で消えてしまう。


「ひ、姫……すみません……」

「アキト様にはいつも笑っていてほしいんです。……ダメですか?」

「だ、ダメな訳ありません! ほ、ほら!」


 俺はそう言って、必死に満面の笑みを作ってみせる。それを見て、リノア姫は嬉しそうにニコッと微笑み返してくれた。

 気持ちがポカポカしてくる。幸せってこういうことなのだろう。


「だ・か・ら! 何やってんのよ、アンタは! バカなの? 死ぬの?」


 幸せに浸っていたところで不躾な莉亜の声が響く。高揚感は一気になくなり、現実に引き戻された。ウザイ奴だ。


「偽物かも知れない。だけど、本物かも知れない。攻撃なんて出来るわけがないだろ?」

「ほ、本物のわけないでしょ! 『色欲』に惑わされてないで、さっさ終わらせなさい!」


 真摯をつくような必死の形相で莉亜が俺に訴えかけてきた。

 自分が間違った選択をしているような気がしてくる。


「アキト様? 私を疑うのですか? ひどい……」


 今にも泣いてしまいそうなリノア姫の顔。疑惑など一瞬で吹き飛ぶ。


「ま、まさか! リノア姫を疑うはずはありません!」

「本当!? 嬉しいです……」


 リノア姫はそう言って俺を強く抱き締めてきた。それに応えるように俺も抱き締める。仄かに薫る甘い匂い。リノア姫が良くつけていた香水と同じ匂いだ。

 ニヤケ顔が止まらない状況だが、回された腕から全身の力が吸収されていくのを感じる。このままではまずい気がしてならない。

 だけど、リノア姫が吸い取っているとは限らない。


「だから、間違いないって! って言うか、私からも魔力が奪われているのよ!」


 顔を紅潮させて莉亜はへなへなと力を失っていく。

 俺が魔力を走らせると莉亜には性感に近い感覚が訪れる。魔力を吸われている今の状態は、それと同じ感覚になのだろう。

 やはり、リノア姫は偽物なのか。今にも喘ぎ声を上げそうな莉亜を見て、どうしてもそんな言葉が頭を駆け巡る。しかし――

 別に莉亜が困っていても、リノア姫と一緒にいられるなら、それでも良い。


「よくないから! やめて! 死ぬ、死ぬ! スルメみたいに干からびて死んじゃうわ!」

「……あのな、そんな残酷なコトをすると思っているのか?」

「え? だって、このままだと私……」

「スルメは殺した後に干してるんだぞ? 生きたまま干すとか、そんな惨いことはしない」

「そんなのどうでもいいから! お願い、今すぐ離れて!」


 今にも泣きそうな莉亜の懇願に負け、後ろ髪を引かれながらも、俺はリノア姫に頭を下げて距離を置く。ああ。もっと触れていたかった。

 リノア姫の手が離れた瞬間、力が抜けていく感覚も消えていく。

 快感が収まったのか、莉亜が慌てて立ち上がる。


「これでわかったでしょ! ソイツはここのボスで、アンタの求めている相手じゃないのよ!」

「……かもしれない。だけど、間違いでリノア姫を傷つけるくらいなら、お前を悶えさせえている方がマシってことくらいわかるだろ?」

「わかんないわよ! わかりたくもないわよ! ――って、アンタがどうしてリノア姫を見誤ったか、まだわかってないの?」

「……わかってる。リノア姫を疑ったからだ」

「違う! アンタが間違えたのは、一人だったからよ!」


 バーンと音が出るように決め顔で莉亜が叫ぶ。

 ドヤ顔という奴だろう。なに言ってんだアイツ。


「相手は自在に変身できる奴だ。何人いても騙されるじゃないのか?」

「――それも違うわ!」


 莉亜が不敵な笑みを浮かべた。

 何なのアイツ。なにかに乗り移られてるのか。

 俺が呆れていると、莉亜は言葉を紡ぐ。


「一人で決めると冷静な判断は出来なくなるのよ。だから、そばに誰かが必要なのよ。信頼できる仲間が、ね!」


 莉亜がマトモなことを言ったように聞こえた。

 だけど、それがすごく的を射ているような気がする。

 俺に足りなかったものは――


「――頼れる仲間と一緒に来るべきだった、ってことだな……」


 俺が呟くと、莉亜は焦った顔を見せる。


「え? え? そ、そうなるの? 私じゃダメってこと!?」

「お前と一緒に考えると、より混迷しそうだし……」

「微妙に本音っぽいし、傷つくからやめて!」


 莉亜はシュンと悲しげな表情を浮かべた。俺に頼られなかったから悲しい顔を見せたのか。そこで不意にリノア姫を傷つけた後に言われた言葉を思い出す。


『あなたが騙されて、傷つかなくて良かった。私のせいであなたが傷つくのが一番辛いのです』


 俺を気遣ってリノア姫は言ってくれたと思っていた。だけど、もう一つの側面があるのではないだろうか。莉亜が今、俺に頼られなかったことが悲しいように、自分のせいで俺が魔王に負けてしまう最悪の状況を――


「――そうか、姫は俺の足枷になることを一番嫌がったのか……」


 傷つけた俺を責めなかったのではなく、安心したのだ。自分に何かあっても俺が容赦なく魔王を攻撃出来る強さを持っているのだと。

 なんだかすごく恥ずかしくなってきた。リノア姫は友情や愛情とか、そんな個人レベルの低い感情で言っていたわけではない。

 俺が自分にしか出来ないことを、魔王を倒し、世界を救うために言ってくれたのだ。リノア姫の言葉を思い出し、悩んでいたことがウソみたいに軽くなった。

 俺にはやるべきコトがある。

 このダンジョンを突破して、魔王と戦わなければならないのだ。


「……ここにリノア姫はいない」


 俺はギュッと一度だけ唇を噛み締めた。

 それから一気に姫に近寄ると、上の階で手に入れた『戦士の剣』を振るう。

 斬られたリノア姫は光のエフェクトを放ち消えていく。


「……また会えて……嬉しかった……」


 そんな言葉を残し、ニコリと微笑んで……。

 俺は年甲斐もなく泣いてしまいそうになった。

 

 ※ ※ ※

 


「な、なんで……?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまった。

 俺があれだけ苦労したボス部屋を、莉亜はあっさりとクリアしたのだ。

 欲にまみれた莉亜なのに、異性からの誘惑には全く惑わされなかった。まさか『色欲』がないとでも言うのか。

 意外な結果に驚いていると、莉亜がキョトンと首を傾げる。


「――なんで? おかしなコトを聞くのね。そんなの興味なかったからに決まってるじゃない」

「おいおい、インキュバスはお前の理想の相手に変化できるんだぞ? 興味のある相手じゃないとおかしいだろ?」

「あー、そういうコトか。でも、全然、魅力ある相手じゃなかったのよね。むしろ、痛めつけたくなると言うか、チャンスと言うか……」


 どうやら莉亜は、自分の好きな相手を痛めつけたくなる変態女だったらしい。

 莉亜の性癖にドン引きしていると、莉亜が俺を見て、クスッと笑った。


「だって、なぜか逢坂君みたいな人だったのよね。……あんなのが理想だなんて、ないない!」


 一瞬、言葉に詰まってしまうが、別に莉亜の理想でなくても問題ない。

 いやそれより――


「ちょっと待て。お前は俺を痛めつけたいって思っているのか?」


 アッとした顔を見せ、莉亜は慌てた様子になる。


「ち、違う! 違う! 言葉の綾……って言うか、誤解よ!」


 どう聞いても言い訳だな。

 こんな奴は思い知らせておくべきだろう。

 魔力を軽く流してやると、莉亜は『っん、くうぅぅっ!♡』とネコのような声を上げて、ピクピクと体を震わせてへたり込んだ。


「俺の寝首を掻く気なら、スルメになる覚悟をしろよ?」

「いやぁぁぁっ! スルメだけは勘弁して!」


 莉亜は必死にすがりついてくるが、どうも信用がならない。

 今回の件で一緒に考えられる仲間は欲しくなったが、莉亜じゃないことだけは確かなようだ。コイツを信じたら絶対にバカを見てしまう。

 俺はため息を吐き、下へと降りる階段に目を向けた。

 次はB7、時刻は午後三時すぎ。放課後に迎えたころだろうか。

 残り、五時間程度で4階層。B10まで走破できる気がしてきた。


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