第二十一話 武器製造器の罠
「はぁ……はぁ……ぜぇ、ぜぇ……」
莉亜が息も絶え絶えに、階段を急いで降りてきた。
どうやら無事に英雄を倒し終えたようだ。
そんな莉亜を連れて、B5を進む。
順調に何匹を倒していると、莉亜が話しかけてきた。
「ねえ、逢坂君……ずっと言おうと思ったんだけど……」
莉亜が珍しくしおらしい顔で俺を見上げてくる。
こんな顔だけはリノア姫に似ていてずるい。心臓が高鳴ってしまう。
基本に外見のスペックは高いんだよな。コイツは。
中身がバカというか、残念なのが悔やまれる。
「なんだ?」
莉亜がスッと俺の手元を指さす。
俺は自分が握っている物を持ち上げた。メイン武器であるパイプ椅子だ。
「もうそれ、原型ないわよ!?」
確かに、おかしなほど色んな方向に曲がっており、パイプ椅子としての体を成していない。敵を殴り、酷使しすぎたようだ。
新しい武器に変えたいところだが、敵が完全に消滅する以上、武器を落とす可能性は低い。考えられるのは、武器ガチャだろう。
お金を使ってゴミが出たらヘコむ。
完全に壊れるまでと言うか、新武器が必須になるまでやめておこう。
※ ※ ※
「まさか、こんなことをしてくるとは……」
俺は思わずため息を吐いた。
ボス部屋の前には、下へ降りる階段と、何故か派手な装飾を施された武器製造器が置いてあった。
俺と莉亜は顔を見合わせ、ガチャに近づく。
『キャンペーン期間につき、星五率超アップ! あのレア武器が狙える!』
そんな謳い文句だ。
その下には――
『今ならなんと! 気に入る武器が出るまでタダで製造!』
そこまでなら非常に美味しい話に思えた。
だけど、さらにその下に続きがあって――
『武器を作る度に、我は力を増していく』
間違いない。これは罠だ。
おそらくガチャを回す度に、ボスが強くなるのだろう。
実に陰湿、いや、悪質というべきか。
さらに説明書きがあったが、それを読もうとすると、莉亜がものすごい勢いで俺の腕を掴んでくる。
「早く回しましょう! このチャンスは見逃せないわ!」
目は血走っており、もう何も見えない状態。大丈夫かコイツは……。
英雄ガチャ、食事ガチャで懲りてないらしい。
無視して、ボス部屋へ行こうと思ったが、さっき莉亜から指摘を受けたように、武器はボロボロだ。タダで武器をくれるというならもらっておきたい。
「罠だったとしても、一度や二度なら問題ないか……」
俺はガチャの取っ手を回す。
ガチャガチャと心地よい機械音と共に、カプセルがこぼれ落ちた。
地面に落ちるとそれは割れ、『レア』という文字が浮かび上がる。
中から、『戦士の剣』と銘打ってある星三の武器が出てきた。
武器のレアリティも英雄と同じだと考えると、排出時の最高レアは星五だろう。
最低ラインは星三の武器に違いない。思わず舌打ちが零れる。
やや落ち込んでいるところに、甘い誘いが浮かび上がった。
『もう一度回しますか?』
クラクラとするような悪魔の囁き。『次こそは』と強烈に回したくなる。
だが、待て。回すとボスが強くなるなら、ダメだ。
次に良いのが出るとも限らないし、上を目指すとキリがなくなる。
パイプ椅子でオーバーキル気味なのだ。強い武器が必要なわけではない。
そんな状況で無駄にガチャを回して、ボスに時間をかけるのは愚かだろう。
この武器で満足しておくか。
『あと一回だけ』の誘惑に耐え、俺がガチャをやめると莉亜は目を丸くする。
「え? ほ、本当にそんな武器で良いの?」
俺は手に入れた戦士の剣を軽く振ってみた。
軽い質感で強度も高くはない。魔法も籠もっていないし、誰でも使える汎用の武器と言ったところだ。だけど――
「パイプ椅子に比べれば、全然マシだな」
「勿体ない気もするけど……まあ、日頃の行いが悪いと運まで悪くなるって言うものね。逢坂君は無難なところでやめておいた方がいいわね」
「……ほ、ほほう」
コイツにだけは言われたくない。
悪びれた様子のない莉亜に、引きつった笑いがこみ上げる。
そんな俺を気にすることなく、莉亜は自分の頬を叩き、気合いを入れた。
「星五率超アップなのよ? おまけにタダ! 私は最高レアが出るまで回すわ!」
状況がわかっていないのか、頭が心配になる発言だ。
嫌な予感しかしない。
「……回す度にボスが強くなるんだぞ?」
「大丈夫よ。私のゴッドハンドで神引きしてみせるから!」
「それって意味かぶってるからな?」
「さあ、いくわよ!」
高らかに莉亜が宣言して、ガチャを回す。
派手な効果音と共に出てきた武器は、なんと――星二。
想像以上の闇ガチャのようだ。
※ ※ ※
莉亜が最初にガチャを引いてから、すでに二十分ほど過ぎていた。
それでも莉亜はガチャを回すのをやめない。
「お、おい。大丈夫なのか? ボスがやばいことになりそうだぞ?」
「う、うっさいわね! わかってるわよ! けど、なんなの、このガチャは! どこが星五率超アップなのよ!? 当たりなんか入ってないじゃない!」
超アップとはもとの確率によって大きく左右される。非常に危険な言葉だ。
仮に元の確率が1%だったら、2%は超アップしていることになる。
2%を引いてくるのは、実際には限りなく難しい。
そんなことに気がつかないほど、莉亜は熱くなっていた。
もちろん、星二と三ばかりではなく、まれに星四の武器もあったが、ガチャを回す度に古い武器は消えていく。
莉亜がぶち切れて、バンバンとガチャを叩き出したので、俺は声をかけた。
「……そろそろやめないか?」
「嫌よ! タダだし、星五が出るまで回すわ! ほら、連続して星四も出るようになってきたし、波は来てるわ! そろそろ出る気がするのよね!」
目をグルグルと回し、おかしな表情になっている莉亜。
期待の眼差しでガチャを回す。
――出てきた武器は安定の星二だった。
莉亜は眉根を寄せて、その武器を投げ捨てる。ダメだな。これは……
ガチャにおいて、波とかそろそろとか、そんなことを言う奴は向いていない。
確率論であるが故に、百分の一を一発で引いてくる奴もいれば、それこそ百回回してもこないヤツにはこないのだ。
そこに運営の期待値が加わるのであれば、さらに最高レアは出にくくなってしまうだろう。
適当なところでやめた方がいいのに、莉亜はタダという言葉に惑わされて、ペナルティが見えなくなっている。
本気で止めた方が良いかもしれない。
だが、ガチャの回数が百回を超えた頃、いつもとは違う演出が発生する。
ガチャが信じれないほど輝くと、虹色のカプセルを落としたのだ。
俺は思わず、莉亜と目を合わせて、ゴクリと息を呑む。
※ ※ ※
「見て見て! この杖、固有能力までついてるわ! 超すごい! うらやましい? ねえ? うらやましい?」
プレミア演出を経て、出てきたのは『ケリュケイオン』(星五)だった。
先端には翼が象られ、二匹の蛇が巻きついているような形の杖だ。
莉亜はしっかりと杖を抱きしめ、ニコニコ顔で自慢してくる。
さすがに最高レアの武器だけあって、固有能力までついていた。
道具として使うと特殊な効果が発生するらしい。
うらやましい気持ちもあったが『武器を作る度に、我は力を増していく』の前に霞んでいく。注意書き通りなら、ボスは相当な強さになっているはずだ。
はしゃいでる莉亜を寒々と眺めた後、俺はため息交じりに言う。
「わかったから、さっさとボスと戦ってこいよ。俺はもうボスを倒し終えたぞ?」
莉亜がいつまでも星五の武器を嬉しそう自慢してくるのに耐えきれず、俺はボス部屋に入っていた。
そこで出てきたのは、コボルトのような犬人間の姿をした敵。
ガチャを一度しか回してないからか、非常に弱かった。もちろん、瞬殺だ。
「ええ!? ほ、本当?」
浮かれすぎて、全く気づいていなかったらしい。
俺は大きく頷き、莉亜をうながす。
「ほら、さっさと行け。時間は限られてるんだぞ」
「うっ、わ、わかった……」
莉亜は渋々と、ボス部屋の中に入っていく。
その瞬間、ボスがとてつもない魔力を放った。
俺の時とは全く異なる、赤いドラゴンがその場に降臨したのだ。
「うぎゃぁぁぁっ! な、ななな、なによこれ!?」
莉亜が絶叫を上げるのも無理はない。
見た目は最強種族のドラゴンで、魔力量もラスボスレベルだ。
莉亜などが敵う相手ではない。
灼熱のブレスが部屋全体を襲い、莉亜は一瞬にして部屋の外にはじき出された。
※ ※ ※
命からがら逃げ延びた莉亜は、傷の手当てをしながらぼやく。
「ば、バカじゃないの運営は! こんなところ、どうやってクリアしろって言うのよ!」
「バカなのは運営じゃなくて、忠告無視して、ガチャを引きまくったお前だけどな」
「うっさいわね! ちょっ、ちょっと熱くなっただけじゃない!」
「単発ガチャを百回以上回して、ちょっとなのか……」
俺の突っ込みに莉亜は顔を赤く染める。
「わ、わかったわよ。反省するわ。だから、逢坂君! アイツをやっつけて!」
「……断る」
「な、なんでよ!」
「よく思い出せ。今までの試練は、全部自分でクリアするものだっただろ? だったら、ここもそうなるはずだ」
俺はボス部屋に入ろうとするが、鍵がかかっていて中に入れない。
もう下の階へのフラグを手に入れているからだろう。
当然、無料キャンペーンのガチャも回せない。
俺ではなんの手助けも出来ないようだ。
それを見て、莉亜はガクッと膝から崩れ落ちる。
「う、ウソでしょ……。ど、どうやって倒せば……」
今にも泣き出しそうな莉亜の声。
しかし、こればっかりは自分で突破するしかない。
だが、あんなボスにはどうやっても勝てないだろう。
莉亜はここでリタイアさせるべきだ。
「そろそろ、お前は帰った方が良くないか?」
「な、ななな、なんでよ! わ、私が邪魔なの?」
莉亜が驚愕した表情で俺を見る。
「それはもちろんそうだが……お前はレガリアを二個も持ってるし、ここを攻略する意味はないだろ?」
「さりげなくディスるの好きよね、アンタって……。意味ならあるわ!」
「ほう。どんな?」
「苦楽を共にすれば、情も芽生えるでしょ? 友情とか……。あ、愛情とか?」
莉亜が頬を染め、チラリと上目使いで俺を覗き込んでくる。
そういえば、こいつは俺と友だちになりたくて、ここに来たんだっけ。
だけど、なぜだろうな。
「どちらもありない」
そんな気持ちにさせられる。
莉亜は頬を膨らませ、ものすごく怒った顔を見せた。
「――っ、鬼っ! 悪魔っ! 人さらいっ!」
事実を言っただけで、そこまで言われる覚えはない。
俺はイラッとして、思わず魔力を走らせた。
「きゃうううううううううっん!?♡」
莉亜は発情したような声をあげて、へたり込む。
「自分でやらかしたんだろ。いい加減にしないと俺も怒るぞ?」
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ、す、すでに怒られてる気が……。で、でも……それは私なり事情があって……」
息を荒らげ、嬌声混じりにそんなことを言う。
ボスが強くなるとわかって、ガチャを百回以上も引いた理由か。
「面白い。どんな事情があったんだ?」
「……強い武器を引いておけば、いざって時に役に立てるって思ったのよ……」
莉亜は頬を染めて、恥ずかしそうに俯く。
意外だ意外。莉亜にしては、実にまっとうな答えだった。
ちょっと感動しかけたくらいだ。
でも、莉亜に助けてもらう展開をどうやっても想像できない。
「あるか? そんな状況……?」
「あるわよ! 例えば、逢坂君の武器が壊れたら、私の武器を使って戦えるじゃない?」
「…………そこは私が代わりに戦うって言えよ」
結局、戦うのは俺らしい。少し感動しかけた俺の心を返せ。
だけど、莉亜なりに俺のコトを考えてくれたのかもしれない。
多少は情状酌量を認めてやるか。
「ったく。わかった。だったら、少しだけ一緒に考えてやる。それで無理なら本当に帰れよ?」
「ほ、ほんとうっ! あ、ありがとうっ!」
莉亜が嬉しそうな顔で、抱きつこうとしてきた。
ここで受け入れてしまうと、友だちとして既成事実を作られそうだ。
俺は巧みにそれを避けて、ボス部屋に目を向ける。
「ぎゃふんっ!」
莉亜がガチャのある壁に激突し、情けない声を上げた。
俺はそれを無視して、情報の整理をはじめる。
まず、問題となっているのが『ガチャの回数に応じてボスが強くなる』ということ。俺は一度しか回さなかったから、弱くてすんだ。
だけど、莉亜は百回近くは回している。たぶん、このダンジョン最強クラスのボスになっているだろう。しかも、そいつを莉亜一人で倒さなければいけない。
うーん。どう考えても無理ゲーだ。
「ちょっと! どこ向いているのよ! 少しは心配しなさいよ!」
莉亜は鼻を押さえながら、肩を怒らせて俺に迫ってくる。
面倒くさげに莉亜に視線を向けると、ガチャの看板が歪んでいることに気がつく。
そこで、さっき途中までしか読まなかった注意書きが目に止まった。
『……なお、ボスが強くなりすぎた場合には、ガチャで得た物を返品すること』
ガチャの横には謎の大きな箱があった。
おそらくそこに入れれば返品となるのだろう。
「ってコトだ。その最高レアで超絶に強そうな杖をそこにいれろ」
「ええーー! い、嫌よ。せっかく出たのに……」
莉亜が杖を大事そうに抱え、後退りをする。
まあ、あれだけ苦労して手に入れたんだ。
返品するなど考えたくもないだろう。
「だったら、あのボスをなんとか撃破するんだな。俺は先に行くぞ」
「わ、わかったわよ! 返せば良いんでしょ……返せば……鬼……」
不満げにつぶやく莉亜を一睨みすると、涙目になりながら、謎の箱に杖を入れた。
スポーンと便所のつまりが取れたような音が響いて杖が消える。
その瞬間、ボス部屋を漂っていた巨大な魔力が薄らいでいく。
ボスは初期状態に戻ったようだ。
「何よ、このクソガチャ……なにももらえないじゃない!」
莉亜は不満げな顔を見せ、もう一度ガチャを回そうとする。
しかし、『キャンペーン終了』の文字が躍っていた。
救済処置で返品したのだから当然だ。
「……欲をかかなければ、一つは武器もらえる最高のガチャだけどな」
「う、うっさいわね! ……じゃ、ボスを倒してくるわ!」
武器を返したからか、莉亜が戦った今度のボスは、非常に弱かった。
莉亜の英雄があっという間にボスを倒す。
ボスを倒しても、莉亜のテンションは低いままだった。
あれだけの武器を手放してしまったんだ、無理はないだろう。
落ち込む莉亜を連れて、階段を足を踏み入れると、そこには『有料武器製造器』なる文字が躍っている。今度は一回五百円だ。
実にえげつない商売をしている。コレも絶対に罠だろう。
さっきよりも排出率は悪いはず、いくら使わせる気なんだ。
「逢坂君! お金貸して! 絶対、ここで引き戻せるのよ!」
それでも莉亜は、またガチャを回そうとする。本当に懲りないヤツだ。
きっと莉亜とは友だちになれないのは、こういう頭のおかしいところがあるからだろうな。
俺は財布をしっかりしまうと、莉亜を無視してB6へ降りていく。
こうして、莉亜の『強欲』で苦労したB5が終わる。
これであと半分、閉館時間は六時間を切っていた。
 




