第二十話 英雄の進化
『英雄を差しだせ。道は開ける』
B4に降りてきて、いきなりそんな看板が立っていた。
進行方向には英雄を差しだす道と、そうではない道に分かれている。
おそらく英雄を差しだす道は、楽に突破出来るのだろう。
制限時間もあることだし、英雄を差しだして、あっさりクリアするか。
そう思って英雄を差しだす方に進もうとする。
しかし、莉亜が俺の制服の袖を思いっきり引っ張った。
「ちょっと! なにやってるのよ!」
「なにって、英雄を差しだして、先に進もうとしているだけだが……?」
「ふ、ふざけないで! どうして簡単に仲間を売れるのよ!」
冷たいようだが、英雄とは生物でもなければ、感情もない。
システムに沿って存在しているものだ。
ここで見捨てても、クリア不可能にはならないだろう。
「先を急ぎたいし、差しだせってあるんだから、従えばいいんじゃないのか?」
「なに言ってるの! そんな考えじゃダメよ。ダメダメね!」
莉亜がバカにした顔を向けてきた。無性に腹が立つ顔だ。
「……何がダメなんだ?」
「いいわ、今から問題を出してあげるから考えてみて。――アンタは今、急ぎの用事で山を越えようとしている。隣には美少女の私がいるわ」
「お、おう」
美少女って、自分で言うとすごい寒い言葉だな。
「道中で山賊に囲まれてしまうの。山賊はおもむろに私を見て叫ぶ。『おい、そのかわいい超絶美少女を置いていけ』もちろん私は嫌がるわ。『や、やめて!』だけど、山賊は嫌がる私を――」
なんか小芝居が始まった。
面倒くさいので、先に行ってもいいだろうか。
「ちょっ、ちょっと! ちゃんと訊いてるの?」
「いや訊いてない。で、問題ってなんだ?」
「堂々と開き直るって、本当すごいわよね、アンタって……。あ、そうそう、問題って言うのは、山賊に私を差しだすのか、って話よ。どうするの?」
「一行で終わる問題だったんだな。……美少女なら差しださないが、お前なら差しだすに決まってるだろ」
「決まってるの!? ひどすぎない? 私をなんだと思っているワケ?」
「お前は急いでるって言うのに、小芝居で時間を無駄にするような奴だぞ?」
「わ、悪かったわね! で、でも、とにかく私は断固反対よ! もちろん、逢坂君の英雄も差しださせない! 仲間を見捨てるのなんて放っておけないわ!」
仲間を見捨てるか。山賊を例にするとそうなるのだろう。
莉亜が仲間を大事に想う気持ちは間違っていない。
となると、説得するのにも時間がかかるし、差しださずに進んで、問題あれば戻ってくればいいか。
「たくっ、だったら、さっさと行くぞ」
俺はそう言うと、莉亜はパッと表情を明るくして、嬉しそうに微笑む。
「わかってくれて嬉しいわ。やっぱり逢坂君も、私のような美少女を見捨てられないのね」
「自分で美少女というのやめた方がいいぞ。本当に寒いから」
ムッキーと莉亜の怒声が洞窟内に響いた。
※ ※ ※
差しださない道を進んでいると、下へ続く階段が見えてきた。
どうやら、この階はあっけなく終わりのようだ。
そう思ったところで、ふいに英雄が俺たちの下を離れていく。
そして、階段の手前、十メートルほどで止まった。
莉亜が戻ってくるように指示を出すが、まったく英雄は動かない。
一体何が起こったんだ。
俺は莉亜と一度だけ視線を合わせると、そのまま英雄に近づく。
その時、突然、英雄が動き出した。
俺の『朱き龍亜人』が殴りかかってきて、その後ろから、『中級魔道師』が魔弾を放ってくる。
「や、やめなさい!」
莉亜が必死に止めようとするが、英雄は攻撃を止めない。
俺は莉亜を抱えて、後ろに大きく飛び距離をとった。
すると、英雄がまた元の場所に戻っていく。
追撃をかけてくる様子もない。完全に待機状態だ。
意味がわからず、俺が一歩前に踏み出すと、英雄が構えをとった。
石を投げつけてみるが、動かない。
「どうやら、俺たちが階段に近づくと動き出すようだな」
「……っ」
莉亜が口惜しげに唇を噛み締めた。
時間制限がある以上、莉亜には悪いが、のんびりと対策なんて考えていられない。
「さっさと倒すか」
「ちょっ、ちょっと、待ちなさいよ! どうして、そんなにあっさりと見捨てられるの?」
「見捨てるって……。逆になんで英雄をそんなに大事に思ってんだ? 自分で戦わないですむからか?」
俺の質問に、莉亜はギクッと体を震わせる。
「そ、それもあるけど、それだけじゃないわ! 一緒に戦ってきた仲間を見捨てたくないのよ!」
だけど、楽をしたいという感情もあるようだ。
まあ、アイツはしっかりと英雄のレベル上げしてるから、『中級魔道師』とはいえ、かなり頼れる強さになってきている。
もう莉亜よりも強いんじゃないか。
「倒さないなら、どうやってここを切り抜けるつもりだ? 階段はあいつらの後ろだぞ?」
「……説得してみるわ!」
「はあ? 言葉が通じるのか?」
「あの子は私の命令には絶対だった。つまり、私の言葉は理解出来るのよ!」
なるほど、確かにそう考えることも出来るな。
少なくとも音声認識のようなものはあるだろう。
莉亜はドヤ顔を俺に向けて、英雄の前に躍り出る。
全てを受け入れるかのような慈愛に満ちた顔で莉亜が叫ぶ。
「私たちは敵じゃないわ! 仲間よ!」
派手な爆発音ともに、眼をグルグルに回した莉亜が吹き飛ばされてきた。
言葉など通じなかったようだ。
※ ※ ※
「なによあいつ! 私のコト忘れちゃったんじゃないの!?」
莉亜は自分の治療をしながら鼻息を荒くする。
システム的に認識していただけだろうし、記憶力があるのかどうか不明だ。
「なあ、そろそろ、倒してもいいか?」
正直、すでに昼過ぎでまだ四階。本気で急ぎたい。
しかし、莉亜は肩を怒らせた。
「ダメだって言ってるでしょ!」
「そうは言ってもな……面倒だ」
引き留めようとする莉亜を無視して、俺は英雄に近づいて行く。
倒さないにしても押さえつけないと先へ進めない。
完全に動けなくしてから考えよう。
俺が階段に近づくと、俺の英雄『朱き龍亜人』が飛びかかってくる。
順調に育てていたので、それなりに動きは速い。
だけど、まだまだ俺の敵ではない。英雄の攻撃にカウンターを合わせるように、パイプ椅子を繰り出そうとした。
そこに莉亜が叫びながら、俺に抱きついてくる。
「ダメよ! 操られているだけなんだから! 傷つけないで!」
咄嗟のことで頭が呆然としてしまう。
英雄に対して完全に無防備状態。しかし、問題はもっと深刻だった。
莉亜が俺を庇う形でくっついている。まずい。莉亜が先に攻撃される。
「退け! 莉亜!」
莉亜を押しのけ、攻撃を防ごうとした。
しかし、『朱き龍亜人』は莉亜を攻撃することなく、なぜかバックステップをして距離を取る。――まるで莉亜への攻撃を避けたかのようだ。
今、攻撃してくれば、確実に莉亜にダメージを与えられたはずなのに、なぜ?
そんなことを考えていると、莉亜の英雄『中級魔道師』が莉亜に向かって、燃える魔法の球を放ってくる。
俺がソレを防ごうとすると、火球はまるで幻のように消えていった。
なんだ? 何が起こっているんだ。
俺が首を傾げて射ると、莉亜が俺を後ろに引き戻そうとする。
そこにまた『中級魔道師』から火球が放たれた。
――その光景が非常に頭にこびりつく。
莉亜は自分に向かってきた魔弾をかろうじてはじき飛ばし、急いで俺を強引に後ろに引っ張る。
俺は腕を組み考え込んでいたため、ずるずると莉亜に引きずられていく。
「何回ダメって言わせる気よ! ――って、ちょっと、ボーッとしてどうしたの?」
「今、どうして『中級魔道師』はお前を狙ったんだ? 無茶ぶりばかりしてたから、嫌われたのか?」
「し、失礼ね! き、嫌われてなんか……。でも、そうね、さっきからずっとあのコ、私だけ狙ってる気がするわね……」
違和感の正体はそこだった。
俺が前にいたのだから、狙いやすい相手というなら絶対に俺を狙うはずだ。
なのに、あえて後ろにいる莉亜を狙った理由は……。
「やっぱり、お前の英雄は、お前のコトを嫌っているんだな」
「ちょっ! は、はあ? ななな、なんてことを! そんなこと言うなら逢坂君の英雄だって、そうじゃない!」
「はあ? 俺の英雄がなんだって?」
「逢坂君の英雄だって、私を攻撃してはこないわよ」
「そんなまさか……って! それほんとうか!?」
「え、ええ……逢坂君の英雄に襲われた覚えないもの。間違いないわ」
俺は顎の下に手を置いて考える。
つまり、この場所に二人同時に来たからわかりにくくなっていたんだ。
自分の英雄は本人しか襲って来ない。そして、道を塞ぐというのが目的だとするなら、ここをクリアする方法はひとつしかない。
だが、そんなことを口にすれば、莉亜が止めに入るだろう。
いちいち、説得するのも面倒だ。
そんなわけで、俺は魔力を走らせ、莉亜を腰砕けにすることにした。
「――っ! ひっ、きゃふぅんっ! はぁぁぁぁっ――あああぁんっ!」
突然、莉亜が厭らしい声を上げてへたり込む。
俺は莉亜から魔力を吸い取り、足下を強化した。
「そこでしばらくへばってろ」
「――ら、らめぇ、英雄を……っ、ひゃぅ……、き、傷つけないで……」
「安心しろ、傷つけねえよ。――お前の英雄はな」
魔力で強化した俺は、自分の英雄に全力で近づく。
さすがに俺の全力には反応も出来ないようだ。
思いっきり、パイプ椅子で自分の英雄を殴りつけた。
英雄は激しく壁に打ち付けられ、光のエフェクトをまき散らし薄くなっていく。
他のモンスターのようにそのまま消えると思ったが、なぜか飛び散ったエフェクトがまた形をなし、再構築されていく。
眩いばかりの光を発すると、ジャラーンという派手な効果音共に『進化』の文字が浮かび上がる。
そして、赤色の龍の鱗を身に纏った亜人が姿を見せた。
「我が名は『紅蓮の龍魔人』。今後ともよろしく」
レアリティも六に上がっており、どう見ても立派になっている。
まさか、倒すことで進化を果たすとは、嬉しい誤算だ。
挨拶を終えた新しい英雄は、俺にひれ伏す。
英雄の後ろには、下へ続く階段が見える。
振り返ると、唖然とした顔で、口をぱくぱくとさせている莉亜がいた。
俺はにこやかな顔で大きく手を振る。
「お前の気持ちは大事にする。後は一人で頑張って説得してくれ」
「ちょっと待ってよ! な、なな、なによ、その展開!」
ダンジョン内に『憤怒』した莉亜の叫びが響いた。
俺『紅蓮の龍魔人』星六←new 火属性、竜族、攻撃支援。 課金額、二千円。
莉亜『上級魔道師』星五←new 闇属性、魔人族、回復支援。 課金額、五百円。




