第一話 久々の我が家
食い散らかしたお菓子やゴミが散らばった汚らしい六畳の部屋
時間の感覚さえ忘れさせる黒い遮光カーテン。
無駄に連結されたPCモニター。
懐かしいアニメやゲームの女の子たちのポスター。俺の嫁たちだ。
二十年以上たった今ではっきり分かる。
ここは俺がずっと引きこもっていた城なのだ。
「相変わらず汚い部屋だな」
どうやら俺は本当に元の世界に戻ってきたようだ。
だが、どうも様子がおかしい。
まずは俺の顔。そして、この元気いっぱいの体。
まるで二十年前に戻ったかのようだ。
そして、日付もそうだ。よく覚えてはいないが、おそらく俺が異世界に飛ばされた日の翌日あたりだろう。
つまり、今の俺は四十歳並の精神年齢を持った高校二年生になっている。
一瞬、異世界で勇者をやっていたのが、夢と思えてしまったほどだ。
しかし、現実時間で言えば、異世界にいた時間の方が長い。
あんな生々しい記憶が夢である筈がない。
「ってことは、本当に若返ったってことなのか?」
言って俺は現状を歓喜してしまった。
姫が最後の言っていた言葉の意味がようやく理解できた。
『貴方の新しい人生が、光に満ちたものでありますように!』
辺りを見回し苦笑する。
あまりにも暗くジメジメとした部屋。
カーテンを元気よく開けると、眩しい太陽の光が部屋の中を照らす。
伝説の勇者ではなくなった俺が、この世界で何が出来るのか、何をすれば光に満ちあふれたものになるのかは分からない。
だが、一度終わったと思った人生だ。またここからやり直すのも悪くはない。
俺は決意をすると勢いよく部屋を飛び出した。
ひさびさに自由に動く体に喜びを感じながら。
「きゃ! な、なによ。いきなり出てきて!」
廊下に出ると、驚いた顔の妹、愛里と鉢合わせする。
愛里は一個下で、同じ高校に通う一年生。
小顔のツインテール、俺の妹とは思えないほどの美少女。
ニイでハイなソックスと、ミニなスカートが目に刺さる。
あまりにも懐かしくて、嬉しさで抱きついてしまう。
「愛里! 元気だったかっ! また会えてうれしいぞ!」
「きゃっ! いきなり抱きついて来るな! この変態!」
俺の腕に抱かれた愛里は、ぽかぽかと俺の胸を叩く。
それでも決して腕の力を緩めない。
こんな力なら一日中殴られても痛くもかゆくもない。
いやむしろ、可愛さが増すぐらいだ。
「あはははっ! 照れるな妹よ。お兄ちゃんは帰って来たんだ」
「はぁ? 帰ってきたって、ゲームのやりすぎで頭おかしくなった? つーか、早く離せよ! マジキモイし、臭い、死ねよ。バカ兄貴!」
いきなりの暴言で、俺は抱きしめていた手が緩んでしまう。
その瞬間、彼女の膝蹴りが俺の股間を直撃する。
「ぬぐぉおぉぉおぉ! お、お前――」
「マジキモイ――次やったら、こんなもんじゃ済まさないからね! パパとママにも言いつけてやるんだから!」
害虫を見るかのように立ち去っていく妹。
そう言えば、異世界に飛ばされる前は、妹の関係性なんてゼロでいつも『死ね』と言われていた。
そんな相手を抱きしめればこうなるのも無理はない。
「死ね……か……」
そこまで呟いた時に俺は大笑いしてしまう。
実の妹から言われる『死ね』がこんなに可愛く思えたコトはなかった。
実際に命の掛けた戦いで『死ね』と言われて、何度も死にかけたのだ。
それに比べれば、妹からの『死ね』はただの文句であり、殺意なんてない。……あったとしても、若干だろう。……たぶん。
愛里との関係修復にはもう少し時間をかけよう。
「アキト! 愛里になにをしたの?」
きっと愛里から報告を受けて、廊下に座りこんで、ケタケタと楽しそうに笑う俺が心配になったのだろう。母親が様子を見に来た。
その顔があまりにも懐かしくて、今度は涙腺が緩んでしまう。
「おお、母上! お元気でしたか!」
俺は慌てて立ち上がり、戸惑った表情の母親を抱きしめた。
抱きしめられた母親も愛里同様に暴れる。
あまりの拒否られぶりに、自分がどれだけ周りを拒否していたのか、思い知らされるばかりだ。
「ちょ、ちょっと! アンタどうしたの? 今日は朝から頭がおかしいんじゃないの?」
実の母親にまで拒否される始末だ。
今までの自分の行動が情けなく思えてしまう。
「そうですね。随分と母上たちの気持ちを踏みにじって頭のおかしい奴でした。これからは心を入れ替えて真面目にやっていきます」
「母上って……そんな呼ばれ方だったかしら。……真面目にってもしかして学校行く気になったの?」
少しだけ母親の目が期待に満ちていた。
そんな顔を見せられたら、俺はにっこりと笑みがこぼれてしまう。
「もちろんです。父上と母上がそれを望まれるのでしたら、今日からでも復学いたします」
俺の返事を聞いて、母親の体がブルブルと震えた。
心配になり、抱き寄せる力を緩めると、逆に強い力で母親から抱きしめられた。
どうやら泣いているようだ。
「母上?」
「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの? 誰かに呼び出されているとかじゃないのよね?」
「そんな事はありません。自分の愚かさに気付いただけです」
また母親の体が小さく震えた。その体をしっかりと抱きしめながら、母親の体がこんなに小さいものだったのかと、俺自身も泣きたくなってしまった。
今までいったい何をしていたのだろうか。
こんな人たちを俺はどれだけ悲しませてきたのだろうか。
今の俺は世界中の人を救えるような勇者ではないけれど、身近にいる両親くらいは安心させてあげられるに違いない。
学校に行くだけでこんなにも喜んでくれるなら、行かない理由なんてない。
こうして、精神年齢四十歳の俺は、また学校に戻ることを決意した。