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第十一話 闘技場に響く嬌声

 俺はお昼休みに闘技場のリングで愛里と対峙していた。

 リングの近くには、莉亜が不安そうな顔で立っている

 勇者の力を持っていると得意げに語る愛里に、俺は一歩近寄る。


「黙ってないで答えろ! お前も異世界漂流したのか?」

「……異世界漂流? はあ? 何言ってんの?」


 とぼけている様子もなく、愛里は鼻を鳴らすだけ。

 意味がわからないといった様子だ。


「勇者の力って、異世界で手に入れた力じゃないのか?」

「……なにそれギャグ? 面白くないんだけど……まあいいや、そっちが真面目にやらなくても関係ない。あたし、そろそろ魔力使うから」


 話はかみ合っていないが、先の力に魔力が加われば、とんでもない力になるのは目に見えている。俺はちらりと莉亜に視線を送った。

 その視線に気がつき、莉亜はビクッと体を震わせる。

 もじもじと恥ずかしそうに身をよじり、小さく頷いた。

 許可は出た。ようやく異世界で得た力を使うときが来たようだ。

 俺は全身に魔力を走らせる。


「ひゃうっ!」


 戦いは莉亜の嬌声で幕を上げた。

 魔力を全力で開放できる愛里と、探り探り魔力を吸い取っている俺ではそもそも、戦いにならない。

 防戦一方で、愛里から強撃が放たれた時だけ、魔力を大目に奪いそれを防ぐ。

 そして、部屋の中には、大きな嬌声がたびたび響く。


「いやぁぁぁぁんっ!」

「ちょ、ちょっと、たんま……」


 終始優位に進めていた愛里が、呆れ気味にそう言って攻撃をやめた。

 瞳を潤ませながら、真っ赤な顔をして莉亜を睨む。


「あのさ……宮瀬先輩? 邪魔するなら……出ていってくんない?」

「っ……はうっ……そんなっ、つもりは……あ、あーんっ……」


 立っているのも困難らしく、床で莉亜は悶えている。

 確かにこれはひどい。

 戦闘中に大ボリュームでエロビデオを見せられているようなものだ。

 おまけに部屋の中に声が籠もるものだから、余計に艶めかしい。

 しかし、それは俺が魔力を吸っているから、莉亜がおかしくなっているのだ。

 ここで放り出したら、廊下で羞恥に悶えることになってしまう。


「悪いが愛里、我慢してくれ。俺と莉亜は魔力で繋がっていて、俺が魔力を使うとあいつがおかしくなるんだ」


 申し訳なさそうに莉亜もコクコクと頷いた。

 愛里の顔からサーッと、血の気が引いていく。


「はあ? ちょっ、な、なにそれ! ……いつからそんなことになってんの?」

「昨日だ。莉亜に奴隷契約させられそうになって――」


 愛里が俺の話を遮って目を丸くする。


「な、そんなこと早く言いなさいよ! 新谷先輩からの報告と違うじゃない! ……じゃ、じゃあ、もうお兄ちゃんは……み、宮瀬先輩の奴隷ってコト?」

「いや、それはない。自由に動けるし、逆らっても問題ない。……それより舞子もお前の指示で動いていたのか?」

「あ……」


 莉亜が余計なことを言ったという感じで、目をそらす。

 それから盛大にため息を吐いた。


「はぁぁぁ。……一応ね、お兄ちゃんが奴隷になった時のために手配しておいたんだよ。……登場が早かったでしょ?」


 昨日舞子が屋上にやってきたときに行った言葉。

 『貴女が奴隷契約をしたって聞いてね』

 確かにそうだ。あの短時間で誰に聞いたんだって話だな。

 最初から仕組まれていたようだ。


「もしかして、莉亜を使ったことにも何か意味があるのか?」

「それは……他に使える人いなかっただけ。……宮瀬先輩は、なぜかいつまでも、誰とも契約しなかったのよ。だから力のこと話して、利用した」

「だが、俺が奴隷になったら、すぐに解放するつもりだったんだろ? ……何がしたかったんだ?」


 愛里は鼻を鳴らすと、にやっと笑う。


「奴隷の苦しみを知ってもらうためだよ。……苦しんで、苦しんで、いっぱい苦しんで欲しかった。これ以上ないほどに、ね」

「おい、俺はお前にそこまで恨まれているのか?」


 愛里は首を横に振ると、真剣な目を向けてくる。


「レガリアを持っていればね、奴隷にはならないの。……奴隷で辛い目にあったら、レガリアを手に入れようと思ったはずでしょ?」


 莉亜があの性格だから、どの程度のコトをさせられたのかはわからない。

 だが、仮にそれで辛い思いをすることになったら、レガリアを手に入れようと思ったのはわかる。

 愛里が狙っていたのはそういう効果だったってコトか。


「俺にレガリアを手に入れさせようとしているのは会長になって欲しいからだよな? でも、俺は会長には興味ないと言ったはずだぞ?」


 愛里はこくんと頷く。


「わかってるよ。……だから、興味を持たせるために、殺人の自演とか、会長のメリット話したり、とかいろいろやってるんじゃない!」


 そのいろいろが強引すぎる。

 あやうく愛里のことを嫌いになりそうだった。


「俺のためなら、きちんと話してくれればよかったのに……」

「そんなわけないよ! 前に話したことある! そしたら、お兄ちゃんすっごく怒ってた。『うるせぇ!』って怒鳴られた。すごく傷つけたって思った……」


 『殺す』と言われるだけで引きこもるようなヘタレな二十年前だったら、妹への劣等感で、そんなことを言ったかもしれない。

 愛里は下唇を一度だけ強く噛む。


「だから……回りくどい方法……使うしかなかったんだ。ごめん……ごめんね。お兄ちゃん……」


 結局のところ、愛里には悪意などなく、純粋に俺を裏生徒会長にしたい。そんな願いだったようだ。


「どうして、俺を会長にしたいんだ?」

「……逢坂家の掟、十八歳の誕生日だよ。忘れたなんて言わないよね?」


 なんだそれは、忘れたどころか聞いたことすらない。

 どうやら、俺の家はなにか秘密を隠し持っているようだ。


「すまない……忘れてしまったようだ」

「大丈夫? 頭でも打ったの? ……逢坂家に伝わる勇者の力はね、十八歳の誕生日までにある一定の成果を出した者にしか継承されない。満たせないと力を失ってしまうんだよ」


 なんだか、一子相伝の殺人拳みたいなルールだな。

 その成果というのが、裏生徒会長への当選。


「あたしは来年もあるからいいけど、お兄ちゃんは今年で最後だよ? 力を失って欲しくないから、なんとか勝って欲しいんだ……」


 別に力なんてなくなっても構わない。と言うか、実感が湧かない。

 戦闘で培った経験がゼロになるとは、どうしても思えないのだ。

 俺はある日を境に強くなったわけじゃない。

 城下町周辺で、泣きべそかきながら、少しずつ敵に勝てるように、自分を鍛えていった。俺の考える勇者の力とは、レベルカンスト寸前の経験値だ。

 しかし、愛里の話は違う。まるでチートのように逢坂家の人間には『勇者の力』というものが備わるらしい。俺にも備わっているのだろうか。


「どっちにしてもどうでもいいな。これ以上、俺や周りを巻きこむな」

「――っ、ほらっ! やっぱりそう言うじゃん! だから周りを巻きこむことになってるってわからないの? 追い込まれないと、本気で考えないじゃん!」

「だから、俺は別に力なんて――」

「でも、お兄ちゃんはあたし会長になれって勧めるよね? や、やだよ。……あたしが嫌なの。お兄ちゃんから力を取るなんて、ぜったいにやなの!」


 今にも泣きそうな愛里の声。そうか、そういう言うことか。

 『会長代理だと聞いたが、どういうことだ?』

 『お前こそ代理だろ? なんで会長にならないんだ?』

 愛里が切れるタイミング。

 俺から会長になれと押しつけられているように感じていたのか。

 そんなことはないのに。

 けれど、愛里にしては大問題だったのだろう。

 自分が会長になれば、俺の力を奪ってしまうのだから。

 結局ケンカなんてしなくても、いいような話だった。


「話はわかった。これからは俺に何かあるときは、直接、言ってくれ。いいな?」

「……うん。わかった、お兄ちゃん……」


 愛里はしょぼんとしながらも、素直に頭を下げた。

 和やか空気の兄妹の空気だった。

 そこに不躾に割り込んできた声。

 いつの間にか、奴も俺たちのそばに来ていたようだ。


「どうやら、私たちの勝ちのようね。会長代理、レガリアを渡しなさい!」


 莉亜は気取った表情で、肩にかかった髪を振り払う。

 ぽかんと口を開ける愛里。


「お、おい、莉亜。よくこんな場面で、そんな冗談言えるな?」

「冗談じゃないわよ! あんたが勝ったって事は、私が勝ったって事でしょ?」

「いや、すまん、意味がわからん」

「だから、あんたは私の奴隷で――」


 愛里は莉亜の話を遮るように俺の腕に、自分の腕を絡ませてくる。


「もう、お兄ちゃん。こんな人とは早く縁を切った方がいいんじゃないの? 絶対疫病神だよ」

「……うむ。俺もそうしたいが……」

「だったら、お兄ちゃんもレガリアを手に入れればいいんだよ! そうすれば奴隷契約も切れるし、宮瀬先輩と変な繋がりもなくなるはずだよ?」

「ちょっ! そ、それは困る――」


 莉亜が何か言おうとしたが、それを愛里がにこにこ顔で見つめる。


「あれ? そうなの? 魔力吸われるだけで、厭らしい声を出してしまう、今の状態がいいの? 露出狂? 変態?」

「そ、そそそ、そんなわけないでしょ!」


 愛里の言い方はともかく、いつまでもこんな状態でいるのは、互いに不便だ。

 俺だって本気でやれないし、莉亜だって、嬌声出し続けるのは正直辛いところだろう。だったら、妹の話に乗るのもいいんじゃないだろうか。


「わかった。けど、俺は会長にはならないからな?」

「……それはともかく、早速、奪いに行こうよ!」


 嬉しそうに俺の腕を引っ張る愛里。

 一方の莉亜はなぜか、頬をぷぅ、と膨らませ、俺を睨んでいた。


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