第十話 愛里の秘めた想いと力
昼休みになり、俺は意気揚々と莉亜を連れ、裏生徒会の本部の前にいた。
ホームルーム前に来てみたが、やはりそこは空っぽ。
改めて昼休み。莉亜と待ち合わせをしたというわけだ。
俺は莉亜を横目に、裏生徒会室の扉を開ける。
部屋の中には会議用に机が四角に並べてあり、一番奥に愛里が座っていた。
他に男女数人が、俺と莉亜に一斉に目を向ける。
『何しに来たんだこいつら』と言う視線だ。
愛里は俺に気がつくと、一瞬だけ顔を強ばらせた。
それから、部屋全体に届くような声を出す。
「……悪いけどみんな、少し席を外してもらえるかな?」
あまりにも一方的な意見だが、先日の副会長とのやりとりを見るに、愛里は完全に上の立場として、振る舞っていた。
このような場で異論など出す人間はいないだろう。
不満げな顔ながらも、おとなしくみんな部屋から出ていく。
教室には俺と莉亜、そして愛里だけになった。
「えーと、私はいいのかな?」
「お前は俺が連れてきたんだ、問題ない」
「そ、そう?」
莉亜はちらりと愛里に目を向けた。
ジト目で愛里は俺を睨んでいる。
「べ、別に、どうでもいいけど……ずいぶん仲良さげね?」
どうでもいいなら、突っ込まなきゃいいのに。
頬を膨らませ、不機嫌な顔。
「なんだ、妬いてるのか?」
「あ、あんた、バカ? や、妬くわけないじゃん!」
「……まあいい。俺がここに来た理由はわかってるな? 殺された男子生徒はお前の狂言だろ?」
「……っ、ずいぶん一方的に決めるんだね。なんか証拠あんの?」
しばしの沈黙、愛里は素直に認める気はないようだ。
証言が得られないなら、証拠などない。ただの状況証拠だ。
はあ、と俺は息を吐く。
「だったら、わかった。その男子生徒の家を教えてくれ。殺しましたって、両親に謝罪しに行ってくる」
「なっ!」
愛里は目を丸くして俺を睨み付けた。
だが、俺は決して動じない。黙って愛里を見据えるだけだ。
ウソなら、これで引くだろうし、本当なら教えてくれるはずだ。
耐えきれずにとうとう愛里が動く。
「……はぁぁ、ならしかたないか。その通り、殺人なんて全部あたしの芝居。ってことで、事件は終わり。おめでとう、お兄ちゃん。犯人はあたしでした」
おちゃらけたような口調。反省も後悔も全くない様子。
人を脅しておいてずいぶんな態度、苛立ちがこみ上げてくる。
「ふざけるなよ。そんなんですむわけないだろ?」
「……後はなに? 噂だって消しておくから、放課後には誰も話題には出さなくなっているよ」
「そうじゃないだろ? なんでこんな真似をしたんだ、理由を言え」
俺のにらみに対して、愛里もまっすぐ見据えてくる。
「……なんでだと思う?」
「知るか。俺が聞いてるんだ」
俺の返事を聞いて、愛里は大きく落胆した息を漏らす。
「……なら、いい。自分で考えて適当な理由決めていいよ。だって、理由わからないって、本気で言ってるんだよね?」
「お前な――」
「……あたしがなに望んでるかなんて、わかりきったことじゃん! どうして、それから目をそらすの? わからないって、理由言えって、お兄ちゃんだって少しは考えてよ! ひどいよ……」
ため込んでいる。愛里は何かをため込んでいる。
たぶん、俺を会長にしたいのだろうと思っていた。だけど、今回の行動はまるで反対だ。俺を引き籠もらせようとしている。全く矛盾した行動。
俺と愛里では、何か根本的にずれているのだろう。
言葉に困っていると、愛里はキッと俺を睨む。
「お兄ちゃんにどれだけ嫌われてもいい。だけど、あたしはあたしの目的のためにやってるの。理由ならそれが理由。納得してもらおうとは思わないよ」
今にも泣いてしまいそうな震えた声を出す愛里。
つい許してしまいたくなる。だが、それじゃ繰り返しだ。
ここで逃げてはいけない。理由を聞き出すんだ。
「ダメだ……これだけ巻きこんだんだ。……俺が納得する答えをもらわないと終われない」
「断るって言ったら?」
俺は大きく息を吐くと、愛里を見る。
「力尽くで聞き出すことになる。……今、素直に話せば、理由によっては、許してやるぞ?」
「……許してやるね。ずいぶん偉くなったもんだね。……何、勘違いしてるんだかしんないけど、あんた、調子に乗ってない?」
「なんだと?」
「じゃあ、聞くけど、あんたがあたしに勝てると思ってんの?」
勝てると思っている。
それも圧勝なくらいに楽勝だと思っている。
だが、さすがに妹相手に、腕力で勝つのはどうなんだろう。
などと考えていると、莉亜が俺の腕をものすごい力で掴んだ。
「む、無理よ! 逢坂君が強いのはわかるけど、会長代理はあんたの何倍も強いわ! 彼女はこの高校最強なのよ?」
あれ、俺が勝てないと思われているらしい。
って、そうか、魔法の力のせいか。
男女で判断するわけではないようだ。
俺の覚えているこっちの世界だと、フェミニズムの名の下に、男が女にちょっとでも暴力を振えば、鬼のように叩かれていた。
どうやら、異世界と同じで魔法使いだと、性別の差は考えなくていいようだ。
それはつまり。
男が女相手に本気になっても、非難されないのだ。
――だったら、フェミニズムなんかくそ食らえ。
この意味不明な妹に目にもの見せて、お尻ペンペンしてやる。
「いいぞ。だったら、どっちが調子に乗っているのか、教えてやるよ」
「だ、ダメよ、逢坂君っ!」
止めようとする莉亜の頭をポンポンと叩いてなだめた。
愛里の眉間に深いしわが寄る。
「……へえ、言うじゃん。じゃあ、場所用意してあげるね」
愛里はすくっ、と立ち上がるとついてこいと目配せをした。
※ ※ ※
愛里に案内されたのは、裏生徒会室からすぐ近くの教室。
『闘技場』と銘打ってあり、中に入ると、教室三個分くらいの広さだった。
観客席のような場所が壁で囲われており、中央にはリングがある。
闘技場とは大層な名前だが、何の教科に使われる教室なのだろうか。
いや、さすがに俺の学校に闘技場はなかったはずだ。
どうなってるんだ、この学校は。
戸惑っていると、愛里が口を開く。
「結界による保護があるから、破壊されることはまずないから安心して」
案内されるがまま、俺と愛里はリングの中央に立ち、構える。
愛里は右手をクイクイッとつきだし、かかってこいと挑発してくる。
魔力さえも込めていない。ずいぶん舐められてるな俺。
よし、なら、お兄ちゃんの強さ、みせてやるぞ。
俺は膝を曲げると、愛里に向かって跳んだ。
それを愛里が楽しげに迎え撃つ。クロスする拳。
――だが、怒りの籠もった俺の拳の方が早い。
「このバカ妹っ!」
パコーンと甲高い音が響き、愛里は壁に飛ばされた。
やばい、結構な力で殴ってしまった気がする。
しかし、俺の心配なんてなんのその、愛里はぴょんと音がするほど、平然に立ち上がった。
それも体を叩きながらの余裕ぶりで、嬉しそうに俺を見る。
「目覚めたばかりにしては、なかなかだね、お兄ちゃん!」
信じれない。結構な力で俺は殴ったつもりだった。
立ち上がるどころか、死んでしまったと思ったほどだ。
でも、愛里は普通に立ち上がっている。
「何、その顔? もしかして、あの程度であたしが死んだと思った? あはっ、まじウケる。……ありえねぇつーの」
殴る前よりも遙かに生意気になり、そして、楽しそうだ。
到底、信じられないコトだった。魔力障壁さえ張っていないのだから、生身で俺の拳を受けて、平然としていることになる。
「お前……一体?」
「あれ? そんなに驚くようなこと?」
クスッと笑うと、愛里の姿が目の前から消える。
次の瞬間、俺の横に現れた。
そこから繰り出される右手の拳。
かなりの速度ではあるが、魔力も感じない。たかが妹のパンチだ。
その程度に考えていた。――しかし。
「うぐっ――」
左手で受けとめた瞬間、猛烈な圧力で数メートル吹き飛ばされる。
ダメージ自体はないが、体勢がやや崩れるほどの威力だった。
普通の人間ならこれ一発で昇天するレベルだろう。
愛里は勝ち誇った顔を俺に見せる。
「ほら、やっぱり調子に乗ってんじゃん! 魔力強化なしにあたしの拳防ごうなんて、十年早いってぇの!」
異世界で二十年修行しているから、十年多いな。
だが、非常に疑問だ。なぜ、愛里がこんなに強い。
「お前、魔力なしに……なんでそんなに力を出せるんだ?」
「あんただって、魔力なしでやってるじゃん!」
「……俺は」
二十年の努力と経験によるものだ。
愛里は楽しげに俺を指さした。
「その力持ってんのは、あんただけじゃない。あたしもだし!」
「……力?」
「お兄ちゃんと同じ”勇者”の力だよ!」
愛里はバンっと、親指で自分を刺し、音が出るほどにポーズを決めた。
かっこいいポーズではないが、その言葉には衝撃が隠せない。
「……勇者の力って。……まさか、お前も『異世界漂流』したのか……?」
呆然と俺の口から出た質問。
愛里は楽しげに首を傾げるだけだった。




