第九話 盗み聞きにはお仕置きで
朝のホームルーム前の教室。
八時前にもかかわらず、すでに昨日の殺人事件の話題で持ちきりになっていた。
しかし、驚いたことに、俺の関与を知るものはいない。
愛里や魔法使いの観察記録会が情報規制を行っているのだろうか。
だが、このままでは俺にも、いずれ疑いの目が向けられてしまう。
一刻も早く、犯人を突き止めなければならない。
クラスメイトの噂に耳を傾けたが、愛里から聞いた以上の情報はなかった。
莉亜を捕まえて話を聞くか。殺人現場を見に行くか。
そういえば、莉亜ってどこのクラスなんだ。
一つずつクラスを探しても良いが、情報量は俺と大差はない。
それに、莉亜のことだ。困ったときは向こうからやってくるだろう。
俺は先に殺人現場へ移動した。
※ ※ ※
現場に到着すると、人だかりが出来ており、近寄るのは難しいそうだ。
どうするか思案していると、後ろから抑揚のない声で話しかけられた。
「あら、逢坂君? こんなところでどうしたの?」
そこにいたのは新谷舞子。昨日、屋上で莉亜と戦った女だ。
そのやや右後ろには舞子の奴隷、セバスチャンが立っている。さすがに、セバスチャンはあだ名だろう。本名は知らない。
「知らないのか? ここで昨日殺人事件があったんだ」
「……いえ、それは知っているけれど――こんなお粗末なもの見て、どうするの? って意味」
「……お粗末? なにがだ?」
「だって、警察さえも用意していないのよ? これじゃあ、殺人なんてなかったって、言ってるようなものだもの」
ふふふ、と舞子は楽しそうに笑った。
「……アーカイブスが情報操作してるからじゃないのか?」
「本気でそれ言ってるの? だったらどうして、生徒にはこんな広がっているの? むしろ、生徒の情報を操作した……そう考えるべきじゃないかしら?」
言われてみれば、その通りだ。昨日の放課後、あの時間にわかって、朝の段階でみんな知っているのは、情報が回りすぎな気もする。
ふいにピリピリとした魔力を感じる。誰かに見られているようだ。
そして、同時に湧き上がる嫌な予感。
殺人などなかった、そんな話になるのだろうか。
「なあ、それじゃ――」
俺が質問をしようとすると、舞子が右手を伸ばし、それを遮った。
小さく息を吐いて、舞子は俺を流し見る。
「その前に質問に答えてくださらない? 莉亜がどうして、貴方を奴隷にしようと思ったのか……知らないなら、知らないで、構わないのだけれど?」
莉亜が俺を奴隷にしようとした理由は単純明快。
俺が異世界で何十年もかけて自分を磨き上げて、身につけた強さ。
通称、勇者の力を持っているからだ。
その話、言っても良いものかと一瞬悩むも、莉亜が『近所でも有名』と言っていたくらいだ。隠すだけ意味ないだろう。
「……ああ、それなら、俺が勇者の力を持って――」
「な! そ、それ、本当? 貴方も勇者の力を持っているの?」
なんだ。この妙な驚きは。みんな知ってるんじゃなかったのか。
それとも、舞子だけが知らなかったのだろうか。わからない。
俺が頷くと、舞子はしばらく呆然と目を丸くしていた。
それから狂ったように声を上げて、笑い始める。
しばし笑い続け、舞子が口を開く。
「……そ、鉄の処女と言われたあの莉亜が、貴方を選んだ理由はそれなのね」
鉄の処女とは、またずいぶんなあだ名だな。
身持ちが良いのか、内面がとげとげしいのか。どっちなのだろう。
舞子は顎を空に向けて、両手を広げる。
「ああ、とっても気分がいいわ。今なら何でも答えられそう」
俺も見上げると、空を覆うような大木の小枝が風で揺らいでいた。
息を大きく吐く、聞くなら今だろう。俺は舞子を見る。
「だったら、一つ教えてくれ。……大規模な自演が出来る人間はいるのか?」
「犯人を学校の人間だけに限定するなら……逢坂愛里。彼女だけね。いえ、少なくとも、彼女抜きにこんなコトはできないって言うべきかしらね」
薄々そう思っていたが、実際、口にされると目眩を感じる。
自然と拳に力が入り、つい魔力が込められていく。
「っ、んっ」
小さく漏れる変な声。かさかさっと頭上の木の枝が揺れる。
風が吹き荒み、肌寒さが体を駆け巡った。
それで頭が冷める。魔力を使うと莉亜に負担がかかるんだった。
舞子はチラッと俺を見る。
「貴方、そうですよね。会長代理のお兄様。同じ力を持っていても、おかしくはありませんものね」
意味深な言葉を残し、踵を返した。
俺はその後ろ姿に、問いかける。
「何の話だ?」
「いえ、なんでも……何かあれば、またご相談ください。その代わり、それ相応のなにかを要求しますけどね。……ギブアンドテイク、それでどうですか?」
一方的に告げ、舞子は可憐に去っていく。
舞子を見送りながら、嫌な答えにたどり着いたことに気がつく。
この殺人事件は……愛里の狂言なのかも知れないのだ。
愛里に話を聞きに行く必要があるな。
そして、状況によっては――
「……っ」
首の付け根にまた感じるびりびりした監視の気配。
そろそろ面倒だ。捕まえておくか。
俺は小さく息を吐き、全身に軽く魔法を込める――
「ひゃぅっん!」
その瞬間、可愛らしい声を出して、木の上から女の子が落ちてきた。
魔力を吸い取られたことで、へにゃん、となったようだ。
落ちてきた女の子は、もちろん莉亜。やれやれと俺は落下前に受けとめた。
ほんのりと鼻孔をくすぐる甘い香り。
俺の腕でお姫様だっこの形になった莉亜は、ぼんやりと辺りを見回す。
湯沸かし器で湧かしたかのように急激に頬を染める。
「わっ、わわわ――っ」
自分の状況に気がついたらしく、莉亜は慌てて俺の腕から降りた。
「べ、別に、舞子と一緒にいたから、気になったとかじゃないわよ!?」
「だったら、何してたんだ?」
「……昨日、送ってくれて……ありがとうって、お礼を言おうと思って……そして……いろいろ?」
莉亜は顔を赤らめ、もじもじとしながら、潤んだ目で俺を見つめていた。
「いろいろで、盗み聞きしてたって言うのか?」
「しかたないでしょ! 二人が何となく、親しげだったから……入りづらかったのよ……」
莉亜は顔をプイッと横に向けた。
特にウソを言ってるようにも見えない。
「まあいい、話は聞いてたんだろ。……愛里のところに行くから、ついてこい」
「な、なんで、私が……?」
「俺が魔力使ったら、教室で喘ぐ羽目になるぞ? それでもかまわんなら、こなくていいが……」
言いたいことがわかったのか、莉亜がゴクリと息を呑んだ。
愛里が何を考えているのかは知らないが、エスカレートすると面倒になる。
きっちり話をつけて、場合によっては、お仕置きだな。




