表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかかれゆく  作者: uka
8/20

 落葉の家によることなく、別れ道から真っ直ぐと家へ。今日は母の帰りが珍しく早い日だから速く帰って家事をしなければならない。うっかり母に家事をさせると手間が増えるからだ。パタパタと長いアスファルトの道を早足に歩き、時折吹く冷たい風に、そろそろマフラーの一つでもと考えながら急かされるように走る。

 やがて我が家が見えてくるとその軒先に黒い軽自動車が一台止まっているのが見えた。

 見覚えのある軽自動車・

 このあたりは潮風のおかげで車の寿命が短いのだが、その車は私が知る限りこの数年綺麗なままでボンネットは顔が映りこむくらいにピカピカだ。

 この車の持ち主がこのあたりに住んで居ないのだからそれも当然のこと。

 私はこの車の持ち主の事をよく知っていた。

 そうか、もうそういう時期なのかと私は思いながら家へとはいる。母の靴とお客様の靴が揃って並んでいるのを見て、私はそそくさと自分の部屋へと上がる。

 相変わらず私の部屋には物がない。落葉の可愛らしい部屋を少し真似てみようかとも思うが、物が増えると掃除が大変になる、せっかくの調度品を汚すような事になれば本末転倒だと思うと、そういったものを揃える気は自然となくなってしまう。

 しかし最近は、ほんのすこしだけれど物が増えた。

 それは菅帳に押し付けられた雑誌やらマンガ本やら、街に出たときにクレーンゲームで取ったぬいぐるみやら、ぜひ聞いて欲しいと渡されたCDやら。ちなみにまだCDは聞いていない。音楽に私はあまり興味がない。興味がない事に熱を上げられるほど私は器用な人間ではないのだ。

 制服を畳んで着替えようとして、いつもの味気ない服を手に取ったところで、クローゼットに戻した。かわりに落葉と街に行く時にだけ着るよそ行きのボーダーのロンTに無地のシャツを重ね、ゆったり目のデニムパンツといった出で立ちで階下に降りた。

 案の定、というか予想通り、客人はまだ帰った様子はない。念のために着替えて正解だったと思いながらダイニングに入る。

 すると二対四つの瞳が私の方に向けられる。


「あら、柚子お帰り」

「柚子ちゃんおかえりなさい、久しぶりね」

「お久しぶりです、おば様」


 入ってすぐのテーブルに腰掛けるのは、スーツ姿の私の母と、向かい合うように座る、同じくスーツ姿の綺麗な女性。私の母もまぁ綺麗な方であるが、美の性質が違うとでもいえばいいのか。母はおっとりとした印象を受けるのに対し、女性の美しさはどちらかというとシャープなそんな印象を受ける。

 さすが落葉の母親、とでも評すべきか、いやこの母だからこそ落葉が生まれたと取るべきであろうか。何にしろ、美しい女性であることに変わりはない。


「二ヶ月ぶりくらいかしら?」

「ですね、前の時はあまり時間がとれませんでしたが」


 落葉の母は一人都会の街で暮らしており、時々、大体二ヶ月から三ヶ月に一度、家へと遊びにやってくる。互いに母子家庭ということもあり、昔から家の母とは交友が続いている。特に今は落葉を置いて一人で都会にいるものだから、落葉のことは何かあれば、家が預かることになっている。そういうこともあって、たまにこうして遊びにやってくる。


「柚子ちゃんはしっかり育って、伊予もいい加減家事位できるようになりなさいよ。柚子ちゃんもう受験生でしょう?」

「わたしは別に家事やってもいいんだけどさぁ、柚子がやらしてくれないのよ」

「お母さんが家事をすると余計私の手間が増えるだけですので」

「どっちが親で子供だかわかったものじゃないわね」

「いいのよ、しっかり育ってくれたんだから。落葉ちゃんはどうなの?」


 母の言葉に少し場が固まる。

 わかっていて言うのだから母もなかなかに意地が悪い。

 落葉とおばさんは少し、ほんの少しだけ、疎遠なのだ。

 だからおばさんは罰が悪そうに顔をゆがめる。母もおばさんもまだ若い。私達という子供が居ても、親としてはきっとまだ未熟なのかもしれない。


「落葉も最近はめっきり静かで、時々生活指導の教師と対立するくらいのものですよ」

 私がそう語るとおばさんは少しほっとしたように息をついて、母は少し面白くなさそうな顔をする。

「学校でも、それ以外でも何か困ったことはなかった? 落葉が迷惑かけてない?」


 少しだけ母の気持ちがわかる。おばさんはここのところ家に顔は出すものの落葉とはあまり連絡をとりあっていない。だからこうして、私から探るように落葉の様子を聞き出そうとする。仕方のないことだし、私が簡単に口を出せる問題ではないのは、よくわかっている。母もわかっているから先程程度で留めてそれ以上は追求しない。私とておば様を憎んでいるわけではないから、素直に最近の落葉の事を話す。

 秋になってまた服装にこだわっていること。部屋のカーテンを替えたこと。菅帳という熱烈なファンができて私がなぜか困った事になっていること。他にも色々。

 おばさんは楽しげに落葉の話を聞いている、

 私はできうる限りの今の落葉の事について語った。

 話の種は尽きることなく、まだ書類仕事が残っているからそろそろ戻らないと不味い、とおば様が口に出してようやくお開きになる。

 おば様は忙しい人だ。

 忙しくしているのかも知れない。

 母が見送りにでて、車が走り去っていく音を聞くと私は部屋に戻っていつもの私服に着替えた。

 家事をしなくては。




 冷蔵庫の中身を確認してそろそろ賞味期限の不味い豆腐とひき肉があったので麻婆豆腐にする事にした。あとは冷凍したご飯でチャーハンと、野菜が足りないから適当にサラダでもと考えてまな板と包丁を出す。


「遅くなっちゃったし今から作らなくても、出前でもいいのよ?」

「お母さんは知らないかもしれませんが冷蔵庫にはスケジュールというものがあるのです」


 私はそれほど計画的に食材を買うほうではないものの、やはり賞味期限を過ぎて食材をダメにするというのは絶対に避けたい。有る程度、冷蔵庫の中のものは覚えておいて献立を考えなければ案外すぐに賞味期限を過ぎてしまう。私の家事の腕が上がるまでに犠牲になった食材達には正直申し訳ない気持ちで一杯である。


「高校生なのに所帯時見てるわねぇ」

「お母さんが大人なのに子供すきるのですよ」

「言うようになったわね、本当」


 レシピと材料さえ揃っていれば普通料理はおいしくできる。

 それが私の学んだ料理というものだ。

 一度母にそう言って料理を教えたこともあったのだけれど。こういうのは性格が出るものだなと思った。私は軽量スプーンやら量りを使ってきっちりメモリ単位で作らねば気がすまないのだけれど、母は面倒くさがりレシピどおりに作ろうとしない。

 はかるのが面倒だからと直接鍋に醤油やみりんを注ぎいれたりする。どころか、好きだからという理由で甘みを強くしようとしたり、レシピの材料にないものを加えてアレンジしようとするものだから手に負えない。典型的な料理のできないタイプである。

 親子のはずなのに、どうしてこう似ていないのか。時折不思議に思う。外見は似ていなくもないのだが。母の顔をさらに平凡にしたような私は時折鏡を見て母の子なのだなぁと実感したりもする。

 そういう点では落葉とおば様はよく似ていると思う。性格も容姿も本当に。なのに、二人の間がよそよそしいのは、見ていて心が痛い。簡単に口の出せることではないけれど。落葉もおば様も本当のことは何も話さない。ずうっと黙って今のまま。

 夕食をテーブルに並べていくといつの間にか着替えていた母がやってきて食器を並べるのを手伝ってくれる、流石の母でもこの程度の家事でへまをするということはなく、二人して食卓について夕飯を食べ始める。


「柚子」

「ん?」

「最近どうなの、学校」

「別に普通。ちょっと煩いけど」

「そう、まぁそんなものよね」


 母は呟いて麻婆豆腐を口元に運ぶ。


「なんですかその言い草は」

「恋とかそういう青春っぽいことなんて私も高校時代はなかったなぁなんて」

「私をわざわざ相手にするような人が居ませんしね、そういうのは落葉の領分です」

「あの子は、まぁ特別よねやっぱり。エキセントリックというか。見てる分にはいいけど、当人は大変そうね」


 母の言葉が少し胸にちくりとくる。

 夕食を終えて洗いものを済ませれば今日のところはもうすることもなく、私は部屋へと戻ってパソコンの電源をいれる、特にすることもなくブラブラとネットを徘徊していると部屋のドアがノックされる。


「はい」


 そそくさとドアを開けると風呂上りの母がラフな格好で扉の前に立っている。子供じゃないのだから髪を乾かしてから出て来て欲しいものだ。


「なんですか」

「これ、忘れないうちにと思って」


 そう言って母が差し出してきたのは単行本サイズの綺麗にラッピングされた箱であった・


「これは?」

「紅葉が落葉ちゃんに渡しておいて欲しいって」

「おば様が?」

「これくらい、自分で渡すなり、宅配するなりすればいいのにね」

「そうですね」


 複雑な表情で私がそれを受け取ると、母はお休みといって階下へと降りていった。私は部屋に戻ってその箱を透かして見たり、軽く振って見たりしながらため息をつく。

 宅配にせずもって来ていたのは、本当は自分で渡すつもりだったのだろう。だけど、会う決心がつけられず結局私に頼む事にした。そういうことだろう。いつものことだ。

 明日の落葉の表情を思うと少し、胸が痛くて、私は箱を通学鞄の底にそっと隠した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ