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いつかかれゆく  作者: uka
19/20

十九

 季節の移ろいは知らぬ間に加速していく。冬はあっという間に終わりを告げて、落葉に私が置いていかれるように季節もまた私を置いていこうかとするかのように巡るましくまわる。何の感慨もないままに私は気づけば三年へと進級していた。

 今年は菅帳とクラスが一緒になって少しげんなりした。

 落葉とはまた別のクラスになった。

 それがいいのか悪いのかはよくわからないけれど。

 昔は私が落葉の世話役として同じクラスにまわされることが多かったのに。

 希薄になりつつある落葉との関係をはっきりと目の前に突きつけられたような気がして私はただ悲しくなった。

 落葉との関係性が薄くなるにつれ、自然と私と菅帳との交流は増えた。最初はわずらわしい、うるさいだけの存在だと思っていたものの、なんだかんだ一人で寂しいと思っている時に隣に友人が居てくれるというのは、それだけでたすかるものだった。普段は気を使うのが下手なくせに、彼女はそういう気遣いだけはうまかった。本人いわく兄弟でよく喧嘩するからそういうのだけは得意なのだと、そんな事をいっていた。




 その日、我が家に課題を手伝って欲しいとやってきた彼女にポロリと悩みを吐露してしまったのは、それだけ私が彼女に頼っていたということなのかもしれない。一時間ほど私の部屋で黙々と課題をこなし、菅さんが横になったり、勝手に私の本棚を漁りだしたりとあからさまに集中力が切れて、飽きだした頃、彼女はなんとなしに私に話題を投げかける。


「そういえば羽鳥さん、進路きまりましたか?

「いえ、まだ」


 あのあと進学希望で一応プリントは出して置いたものの、私はどうすべきなのかわからずまだ迷っていた。もう落葉とは一緒に居られないのだから、適当にかいて出してしまえばいいのに。


「枯野さんはどうしたの?」

「この街を出るそうです」

「じゃあ、羽鳥さんも追いかけるんだ?」

「さぁ……」

「さぁって……?」


 菅さんは体を起こすとテーブルに身を乗り出してずいっと迫ってくる。


「私は、正直県外に出る事など考えたこともありません。それに落葉は、私と一緒にはもう居たくないようです」


 いいながらあの日の事を思い出して瞳に涙がたまるのがわかる。しかしそれを何とかこらえる、みっともなく人前で泣くなんてしたくなかった。


「喧嘩でもしたの?」

「それなら謝ればすむ話です。そうは、いかないのですよ」

「あなたは?」

「はい?」

「あなたは、どうしたいの?」

「私は……」


 私は出来ることならずっと落葉の傍にいたいずっと願ってきたこと。でもそれはもう許されない。

 そんな私がしたいこと、からっぽな私にできること。

 何も思い浮かばない。

 相変わらず私の進路希望は白紙で、何も書かれてはいない。


「よく、わかりません」

「枯野さんのこと追いかけたいとは思わない?」


 思う、けれど、それは私のエゴでしかない。落葉の残り短い時間を私が奪うなどという事は、許されるわけがない。


「私は私のために、私の友をこれ以上傷つけたくはないのです」

「そう、羽鳥さんはてっきり、枯野さんの隣にずっと、ずぅっといるんだとあたしは思ってた」


 それは私もずっと夢想していたことだ。だけどそんなことは現実的にはそもそも不可能で。私が落葉を追いかけたとして、そんな時間がいったいあとどれだけ持つのかも、わからない。


「そうもいかないのですよ。いつまでも時間はとどまってはくれませんので」

「達観してるんですね、羽鳥さん」

「どうしようもないことに対して足掻いても意味はないでしょう?」

「そうかもしれませんけど、じゃぁもう見れなくなるんですね二人で並んでいるのも」

「そんなの見て何が楽しいんですか」

「枯野さん一人よりも、羽鳥さんも一緒の方が、枯野さんが楽しそうだから」

「そんな違い、あるわけないでしょう」

「当人は隣に居るときの顔しか知りませんから気づきようはないでしょうね」


 そんなこと今更言われても、どうすることだって出来ない。

 私はパタリと課題のノートを閉じた。


「もう、一年ないんですね。私一年ってずぅっと長いって思っていましたけど、こんなにも早く過ぎ去ってしまうものなんですね」

「にわかには信じがたいですね、あと一年しかないなんて」


 私達は二人で深く、ため息を吐いた。涙はいつの間にかひいていた。


「菅さんこそいいんですか、落葉をひき止めなくて、好きなんでしょう?」


 私が聞くと彼女は少しだけ顔を赤くしながら、はにかみながら言う。


「そうですね、少し前のあたしだったら今にでも駆け出して枯野さんの所にいっていたかもしれませんが、勝ち目ないですし、なんだかんだあたし今の羽鳥さんとの友人関係も悪くないかなぁと思うのです」

「私と友達で満足などとは、私は落葉のように特別ではないのですよ」

「友人に特別とか特別じゃないとか関係ないですよ、それに羽鳥さんだって十分綺麗だとおもいますけどね。あぁあたしにせめてもう少し身長があればなぁ」


 彼女は言いながら自分の体を見下ろしてまたため息を吐いた。その心底残念そうな仕草に自然と笑いが漏れた。


「何ですか人のことを笑って」

「いえ、気楽そうでいいなぁと」

「尚悪いですよ、まったく」


 ぷりぷりと怒る菅帳の様子を観察しながら思う。

 普通も普通で、悪くはないのかもしれないと。

 特別になりたくてずっと落葉だけを見つめてきた。でも私はきっと特別にはなれない。ずっとわかっていた。

 普通の良さなんてわかろうともしなかった、あれほど特別な落葉が求めて居たものに価値などないのだとずっとそう思っていた。私にとっては落葉が全ての価値であった。

 そうして離れて見て、思う。

 ずぅっと私にはそれしかないと思っていたけれど、今からでも見つめ直せば、きっと、私には他にもあるのだろうと。落葉には一つしかない特別な一つしか。その寂しさを私は今ならわかる気がした。それでも私は特別に、まだ憧れている。




 ずっと落葉が隣に居た。

 特別な存在が傍にいることで、特別でない私はしかしそれで満たされていた。

 落葉を通して私は願いを叶えてもらっていた。

 今でも特別でありたいという願いは消えない。

 むしろ焦りばかりが募っていく。周りに置いていかれ、取り残される焦燥感、日に日に増していくそれをもてあましくすぶりながら私はただ足踏みを続けている。

 きっと誰もがそうなのだろう。

 理想と現実のギャップに苦しんで、折り合いをつけて私達は生きていかねばならない。それは落葉だって一緒だ。全てが思うようになんていかない。

 落葉と道を違えて特別のなくなったこの世界で私は、それでも前に進まねばならない。置いていかれる前に、この普通の中から、進むべき道を選び取らなければならない。

 特別な道は選べない。

 歩いていける距離、たどるつける場所を、私は選ぶ。

 少しでも近い、道を。

 特別にはなれないけど、落葉のような特別に近づけるよう。

 私は、服飾の道を選んでみようと思った。

 誰かを特別に出来るかもしれない仕事。

 簡単な道のりじゃないだろうけれど。

 なんの目的もないまま進学するよりは、なんとなくでもその道を選んでみようと思った。

 この道に進んで、無事大学を卒業して、そうして手にその職を就けられるかはわからない。もしかしたら何の関係もない仕事に就くのかもしれない。殆どの人はきっとそうだ。

 それでも、それは、この道を進まない理由にはならないだろう。

 落葉がその先にあるものがわかっていても進むように。

 私もその先に何があっても、目の前の道を進む。

 私は不器用だから、人生をうまく生きていこうだなんて思わない。憧れた存在と同じように、ただありたいようにあろうと、その生き様を真似ていこうと、そう決めたのだ。




 半年経ってようやく空白を埋めた私の進路。

 ぼんやりとしていた目標に徐々に肉がついてくると、そこからは早かった。

 新平先生や、菅帳と顔をつき合わして、互いに唸り、勉強して、日々は進み始める。焦燥感に急かされるように、ひたすら勉強をした。もともと、成績事態は悪くない。しかし、入試に必要なのは国語と実技である。実義内容は、鉛筆デッサンであるからして、普通の勉強では何の役にも立たない。学校の図書室、町の図書館、本屋、ネットの通販を駆使して私は本を貪り読んだ。

 自らの服装などそれほど気にもかけてこなかったが、昔から落葉のコーディネートや、服のセンスを見ているのは好きであったから学ぶことは苦ではなく、むしろ楽しかった。落葉がいっていた、自らを磨く楽しみというものを私は今更ながらに理解した。落葉という人間の本質はきっとここにあったのだと、そう思えるほどに、学ぶほどに、奥の深いその世界は、私を次第に虜にしていく。

 特別に憧れた日々は終わりを告げて。

 あの日からずっと、あれほどまで一緒であった落葉と顔を合わせる事は殆どなくなっていた。時折遠くから眺めるあの美しい生き物は相変わらず美しいままで、私はその度にその顔に見惚れた。それでも声をかけることはなかった。私は他の人々と同じように、落葉をただ眺める人の中に紛れていった。

 互いに、互いを意識して避けていたわけではないと思う。ただ、自分の目の前にあるものを必死になって追いかけていただけで。その道が交わらなければ、すれ違うことも、隣を歩くこともない。

 時間は流れ、季節が過ぎ去り、景色が変わり、私は普通の中にどんどんと埋没していく。

 それをもう、どうこういうつもりは毛頭なくて。ただ、我武者羅に、目の前の道を、私はただ走っていくだけであった。




 春が終わり、夏を駆け抜け、秋を過ごし、そうしてまた冬がくる。

 巡るましく季節は過ぎていく。

 去年の秋から春にかけて季節が私を置いていったのとは裏腹に、私は季節を置いて、ただただ走り続けた。

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