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いつかかれゆく  作者: uka
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十四

 菅帳と途中で別れ、私は落葉の家へとやってきていた。

 最近落葉の部屋も少し生活感が出てきて、私は少しほっとしていた。


「何か暖かい飲み物、いる?」

「ココアがあったら」

「了解」


 コートを畳んでいる家に落葉が湯気を上げるマグカップを両手に戻ってくる。片方を受け取って口をつけて一息吐く。暖かく甘い味が冷えた体を内から暖めていく感覚は心地いいものだ。

 落葉も同じようにココアを口につけながらパソコンをかまっている。横からのぞき込むとメールではなく、どうやら何かを調べているようだった。私はそれをちらちらを横目に伺いながらちびちびとココアを飲んでいく。

 しばらくして私がココアを飲み干した頃、落葉もパソコンの前から離れて大きく伸びをする、それを見計らって私は鞄の中を漁り、借りてきた本と、あのプリントを差し出す。


「これ、本と、新平先生からあずかりもの」

「ありがと。なにこれ、自分に自信がつく十の方法……?」

「たまにはこういうの読んで見るのも面白いかなって」

「自信なんてあり待ってるけどね……こっちは……」


 落葉がその薄い紙を片手に紙面に目を走らせていく。私はその様子をなんとなしに眺めている。

 落葉は、どうするのだろうか。

 進学するのか、就職するのか。

 就職は多分しないと思うけれど、進学するとして、どこに進学するのだろう。

 多分県内のどちらかの大学だと思うけど。

 わからない。

 もし、県外の大学だと言われたら、私はどうすればいいだろう。

 ついていく、のだろうか。

 でもそれは、あまりにも、現実離れしていて。

 そもそも落葉が、それを許してくれるのか。

 わからない、わからないから。

 聞くのが怖い。

 落葉はまだプリントを眺めながら難しい顔をしている。何かを思い詰めるような美しく歪んだ顔。私はいったいあとどれほどこの美しい生き物を眺めていられるのだろうか。不意に怖くなる。落葉だって、ずっとそのままではいられない、たとえ落葉がずっとそうであったとして、私がずっと落葉の隣に居られるとは限らない。

 それは考えるだけで恐ろしいことである。

 今まで一度だって考えなかったことだ。

 高校受験の時は落葉が、私に聞いてくれた、柚子はどこの高校にいくのって?

 私はよく考えてないけど、近いし今の高校にしようかなって適当に応えたら、落葉も、じゃあ私もそうしようかなって、そう言ってくれた。

 だけど、今、落葉は、悩むばかりで、私に何も言ってはくれない。

 それがとても不吉なことに思えるのだ。

 私達の道は、この先、ずっと隣り合っているのだろうか。

 それとも、もうすぐそこで、別れてしまうのだろうか。

 落葉の目をじっと見つめる。

 落葉は紙面から目を離して、私の目をじっと見つめる。

 互いの目から答えは読み取ることはできない。

 ただ、互いに、その目に映る自分の目に困惑の色を読み取ったのは確かなはずだ。


「落葉」


 何もしなければ落葉がこの場から消えて居なくなってしまいそうな気がして、名前を読んだ。


「柚子」


 かえってくる声は相変わらず細く、消え入りそうで、しかし、私を確かにこの場に繋ぎとめる。

 二人とも、その後に言葉は続かない。

 なにを言えばいいのか、わからない。

 でも何かを喋らなければいけない気がして、でも何も思い浮かばずに、ただ時間だけがすぎていく。

 外で冷たい風が強く吹いている音が聞こえる。

 窓がガタガタとなる。

 もう一度、この季節が巡れば。

 私達の元には嫌でも答えがやってくる。

 それは逃れられない、理不尽な時の流れ。




 私の悩みなどよそに時間は巡る。日常もそうでない時間も。

 課題を済ませてお風呂から上がったところで、ちょうど母が帰ってきた。私は寝巻き姿のまま台所に立って母の晩御飯を温めながらぼぅと夕方の落葉との時間を思いだしていた。

 落葉はどうするのか、以前に、そもそも私はどうしたいのか。

 しょうが焼きのにおいにニコニコと笑う母をなんとなく眺めながら私は暖めた食事を並べていく。


「今日もおいしそうな晩御飯ねぇ」

「お世辞はいいからはやく食べてください、片付かないので」

「一日の一番の楽しみなのにそういうこといわないでよ、まったく我が娘は効率効率と、仕事じゃないんだから」

「家事も立派な仕事の一つだと思いますがね」


 まぁだからといって家事を進路になんてできるわけもなく。

 結婚なんて愛やら恋と言うわけのわからないもののさらに先にあるわけのわからないものなんて考えたってどんな絵だって頭には浮かんでこない。いつだって私の隣にいるのは美しい落葉だけだ。

 なんとなく、ため息が口をついてでる。


「なによため息なんてついてそんなに早く片付けがしたいの?」

「別にそういうわけじゃないんだけど」

「じゃぁなに、どうしたのよ」


 聞かれてどうしようと考える。

 なんとなく進路とか悩んでることとか、親に言うのは恥ずかしい気がする。これが思春期というやつなのか、よくわからない。しかしまぁ、仕事に関してなら、女手一つで私を育ててくれた母だ、進路のことならきっといろいろとアドバイスをしてくれる、と思う。


「進路をどうすべきかと」


 しばらく考えてからそう言うと、母は夕飯を平らげる手を止めることもなく、ふぅんといってのけた。


「柚子も、もうそういう事を考える歳なのねぇ」

「ええ、遺憾ながらに」

「別に、柚子がどんな道を選んだって反対する気はないけどね、大学はいったほうがいいとだけ」

「就職的な理由ですか?」

「それもあるけどね、大学って高校までとは人との付き合い方が変わるし、社会に出ようと思ったら少しでも人に触れて置くにこしたことはないからね。わたしの友達に大学にいかなかった子がいるけど、今でも後悔してるわ」

「そういうものですか」

「そういうものよ、おかわり」


 母が差し出してきた茶碗に炊飯器からご飯をよそい返してやると、再び母はご飯をおいしそうに食べ始める。おかずはしょうが焼きとお味噌汁と刻んだキャベツとかぼちゃの煮物。そんなに量は多くないのによくもそんなにご飯がすすむものだ。


「お母さんは、どうして今の仕事に?」


 私が聞くと母は箸をとめ少しうなると、すぐに箸の動きを再開する。


「どうしてっていわれてもね、私の場合はなし崩しなとこもあるから。大学入って在学中にお父さんと結婚して、卒業後に柚子が生まれて。まぁあの頃は慌しかったわねぇ、なんせ新卒で子持ちだし、あんたがある程度育ったらわたしも働きだしたのよね、お父さんの稼ぎだけじゃ心配だったからね。あんたの面倒みながらだから結構忙しかったけど、別に苦でもなかったなぁ。幸せってほんと何ものにも変えがたいわね」


 話す合間にも、母はご飯を消化していき、いつの間にやら皿も茶碗も小鉢もすっかりと綺麗になっている。コップに注いだ番茶を最後に飲み干すと、再び母は語り始める。


「それでまぁ、お父さんが事故で死んじゃって、あんたは小さくて覚えないかもだけどね。あの時はほんと何も手につかなくなりそうで、だけどさ、職場の人も、紅葉も自暴自棄になってたわたしを支えてくれてねぇ、なんとなく選んだ仕事だったのに、あんたの面倒見てもらったりさぁ、その恩ってわけでもないけど、職場の人のためになればなぁとおもって、仕事がんばってるわけ」


 いい終えると母は食器を流しへと片付ける。私はいつものとおりすぐにそのまま流しに立って洗い物を始める。


「まぁ、参考になるかどうかはわからないけど、わたしはそんなところよ。いつどこで自分が何をやりたいか決まるかわからないし、その時まで、準備だけしてればいいのよ」


 私は洗いものを続けながら、小さく頷く。

 やっぱりこの先、自分のすべきことなんてまったく頭に思い浮かばないけれど、進む時間に置いていかれないようにせめて、しっかりと歩みだけは止めまいと、そう思った。

 母はそのままダイニングを出るとお風呂場へと入っていく。私は洗いおえた食器を立てかけながら、ただ、先の見えない道にぼんやりと、進むべき方向だけを見つけて、そちらをじっと見つめていた。

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