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いつかかれゆく  作者: uka
13/20

十三

 十二月、今年ももうあと一ヶ月も経たずに終わるのだという感慨よりも、日々増していく寒さの脅威に私はただただ憂鬱なため息を吐き、低い空を覆うどこまでも続く灰色の雲に顔を曇らせる。雪はどうかまだ振らないでいてほしい、できることならば今シーズンは見ない事を祈りたい。雪が降ると気軽に買い物に行けなくなるから、家事に支障が出てしまう。特にこの時期は差し迫る大掃除に向けて少しずつ準備をしていく必要があるからなおさらである。そろそろ新しい鍋も欲しいし、雪が降り出すより前に本格的な買いだしにいったほうがいいかもしれない。

 相変わらず、私はそんな風に女子高生らしからぬ所帯じみた考えを巡らせながら、朝の通学路を歩く。

 この時期になるともう皆完全防寒でもこもこと着膨れし、自転車に乗るような者はいなくなり、とぼとぼと歩くか、バスをつかって学校まで通学している。

 この季節のバスはしかし、逆に地獄である。無駄に気を利かせているのかバスの運転手は暖房をがんがんにきかせ、本来自転車登校していた生徒達がバスに乗ることにより一気に朝のバス内部はぎゅうぎゅうのすし詰め状態である。しかも皆しっかりと防寒具を来ているものだから、バスの中はこの寒いのにサウナのような状態になってしまう。まったくこの街のどこからそれほど人が出てきたのか、朝の通勤時間帯にいったいどれだけこの周辺にこの街の人口が圧縮されているのやら。

 しかし、普通に歩いて登校するのも辛い。閑散とした街に吹きすさぶ海風は冷たく、生徒達は否応なしに灼熱の地獄か吹雪の道を歩くこととなる。なんとも嫌な嫌な二択である。

 そんな灼熱地獄が横を過ぎ去っていくのを見送りながら、いつもの落葉との待ち合わせ場所につく。

 そこには既に落葉の姿があり、今日もその人形のような美しさに陰りはない。


「おはよう落葉」

「柚子、おはよう」


 挨拶もそこそこに私達は歩き始める。

 今日の落葉の服装はいつもと違う。最近よく着ていたコートが新しいトレンチコートに変わっていた。この寒いのに落葉はそのコートの前を閉めることなく、羽織るだけで、相変わらず抜かりのないブレザーやリボンのコーディネートを見せ付けている。


「コート変えたの?」

「うん、お母さんが買ってくれたから。甘くなりすぎないように、ちょっと控えめな感じのコーデにしてみた」


 嬉しそうに落葉はコートの袖や、裾をつまんで眺めながら笑う。その腕に光るあの腕時計も無理なく合わさっていて、いつもどおり落葉は美しい。


「いいと思うよ、やっぱり親子だと感性がにるのかな」

「かもね、こんど私からも何かプレゼントしてみようかな」


 あの一件から少しずつ、二人の関係は修復されつつある。

 失敗したらどうしようとか、部外者である私が口を出していいのかと悩んだものの、そういった思いも杞憂に終わり、今は本当に行動に移してよかったと、胸を撫で下ろすばかりだ。

 二人で会う機会はやはりあまり作れないでいるようだけれど、最近ではパソコンのメールで近況をやり取りしているらしい。落葉の家に行くとパソコンの前に座って必死にキーボードを打っている姿を見かけることもしばしばある。

 近いうちに落葉が携帯を再び持つ日がくるかもしれない。

 その時は例の秘密組織に頼み込んででも、情報の流出を防ぐ必要が出てくるであろう。それくらいはまぁ、たいした労力でもない。


「そうですね、クリスマスも近いですし、何か用意しておいてもいいかもしれませんね」

「クリスマスか、そんな行事、すっかり忘れてた」

「私も、ここのところはずっと」


 一人で盛り上げるクリスマスほど空しいものもなく、ここ数年は平日どおりに運行して、何事もなくすぎさっていくただの一日だったけれど、私も落葉に感化されて、ケーキの一つ焼くくらいはしてもいいかもしれないと思う。年末の慌しい家事のなかも、それくらいの余裕は十分にあるはずだ。


「たまにはいいかもね」

「ですね」


 ゆるゆるとしたこの日常の流れと、落葉の周りのように変わっていく早い時の流れ。どちらにしろ、時間は過ぎていく。私達の思いなどを他所に。

 空を流れていく雲の早さのように、時にゆるく、時に早く。

 私達は、時にそれを追いかけたり、置いていったり、置いていかれたり。

 この冬の始まりも同じように。




 放課後、落葉と共に私は図書室で本を物色していた。暖房のききの悪い図書館に人はあまりおらず、図書委員はカウンター裏の小部屋で石油ストーブに当たって本を読んでいる。時折風に揺れる窓ガラスの音以外に物音はなく。私達はゆっくりと棚の端から端をなめるように本を漁っていく。

 特に目当ての本があるわけでなく、気になったものを手にとって捲って、面白そうだったら借りようと、それだけのことだ。今日はまだ二人ともこれといってめぼしいものは見つかっていない。新しく入った本のコーナーものぞこうかと棚を離れると、立て付けの悪い入り口のドアが悲鳴を上げるのが聞こえた。ここのドアを静かに開けるのにはコツがいる。ある程度慣れた人でないと開けるのは難しい。

 私はひょいと棚の隙間から顔をのぞかせて、はぁとため息をついた。なんとなくそんな気はしていたから落葉の方を見ると、落葉もその姿に気づいたのか困った顔で眉を寄せると、手にしていた本を元の場所に戻して鞄を引っつかんでそそくさと反対側の棚へ隠れた。

 その間に入り口からきょろきょろと周りを見回していた菅帳が私を見つけると真っ直ぐにこちらに歩いてくる。


「羽鳥さん」


 普段通りの声量で話しかけてくる彼女の声で静寂が砕ける、私は額を一度揉んでから彼女に向けて静かにという意味をこめて人差し指を立てて見せた。流石にそれで彼女も気づいてくれたらしく、控えめに歩いてくる。


「図書室ではお静かに」

「ごめん、あれ、今日は枯野さんは?」

「あちらに」


 小声で聞いてくる彼女に私はその背後を指差してやる。その先には棚を回りこんで入り口側までたどり着いていた落葉が音もなく図書室を出て行く後姿があった。


「いつの間に……というかあたし、なんでこんなに露骨に避けられてるの……?」

「一度振った相手がそれでもやっぱり好きって近づいてきても相手にしにくいでしょう」

「そうかなぁ?」

「そうです、貴方がしつこすぎるのですよ」


 私がそう言ってやっても彼女は納得した様子もなくうめいている。


「森のくまさんがいいくまさんでも歌のお嬢さんは逃げるでしょう? 人とは追われたら逃げるものなのです」

「その例えは余計意味がわからないとおもうんだけど」

「からかってるだけですので」

「こっちは真剣に悩んでるのに、あぁ本当、慣れてくれないかな枯野さん」


 そう言った彼女のため息はどこか甘く、色づいている。

 目に見えそうなそれを手でぶんぶんと振り払う。


「まだ諦めていないんですか」

「諦めるとか諦めないとかじゃなくて、恋心って言うのは、一度芽吹いたら、それはもうどうしようもないんですよ」

「そういうものですか」

「そういうものなんです」


 やはりまぁ、私には理解できぬ感情である。未だ語り続ける彼女を他所に私は本探しを再会する。落葉はおそらくもう帰ってしまっただろうし、落葉のためになにか面白そうな本をもう一冊見繕っておきたいところだ。


「ちょっと、聞いてくださいよ羽鳥さん」

「はいはい聞いてますよ」

「嘘でしょう」

「いえ、聞いていますが頭に入ってこないだけです」

「それじゃ、意味が、ないんですよ」


 言葉と共にバシバシと肩が叩かれる。先程静かにと言ったばかりなのになんとも騒がしい。他に人が居たら確実に顰蹙をかって私も巻き添えを食っていたことだろう。呆れながらも現状実害がないので私はスルーして本棚の間を移動していく。

 と、再び、図書室のドアが悲鳴のような音を立てる。

 菅帳も流石に他に人が来たと思ったのか、私の肩を叩いて騒ぐのをやめた。私が先程と同じように視線を向けると、新平先生が入り口からきょろきょろと中を伺っていた。激しくデジャビュを感じる光景である。

 先生は私の存在に気づくとこっそりと手を伸ばしジェスチャーでこっちにこいと伝えてくる。一体何事だろうと、首を捻る。隣で、菅帳も首を捻っているが私は心当たりがないので、肩を竦めて彼女を置いて先生の元まで行く、私が近づいてくるのをみると先生は図書室を出てドアの前で待っている。流石に教師だけあって彼女のように図書室の中でべらべらとおしゃべりをする気はないらしい。

 私もさっと、図書室を出て先生の前に立つ。


「どうかしましたか?」


 先生はなにやらしきりに携帯を気にしているようだ。時間か、それとも連絡を待っているのか。どちらにしろ何やら忙しそうな様子である。顔の方も余裕がなさそうだ。


「あぁ、ちょっと急いでるんだ。この後野球部の練習とその前に提出しないといけない書類があってな」

「はぁ……? いや、そうでなく、私に何か御用なのでは?」


 私がきくと先生ははっとしたように携帯をポケットにしまう。


「そうだそうだ、枯野はいっしょじゃないのか?」

「落葉なら先程帰りましたが」

「そうか、帰っちゃったか」

「落葉に御用だったんですか?」


 先生は少し困ったように頬をかいてため息を一つ吐く。


「あぁ、こないだ枯野が学校休んだだろ? それでそのときの進路希望調査のプリントを配ったんだが、枯野にはまだ渡ってなかったみたいで、俺に渡してこいと白羽の矢がたったわけだが」


 そういえばこのあいだ、落葉がおば様と会いにいった日そんなものが配られていたような気がする。あの日は結局丸一日上の空だったから一日ぽっかりと穴が開いたようになっている。


「ようはそのプリントを落葉に渡せばいいのですね、私でよければ帰りに渡しておきますが」

「ああ、助かる。羽鳥が残ってくれてて助かったよ」


 いいながら先生がファイルから取り出したそのプリント受け取って念のためサッと目を通して間違いがないかを確認しておく。


「しかし、先生、また野球部ですか。顧問でもないのに、本当物好きですね」

「来年はまぁ、顧問になれるようにがんばるさ」


 いいながらも先生はちらちらと時計を確認している。その態度に、私のいたずら心がくすぐられてしまう。そもそも生徒の大事な進路よりも野球部の方が気になるというのは、教師として失格だろう。ここはきっちりと私が罰を下しておかねば。


「そんなに楽しいものですか、野球?」

「俺もなぁ子供の頃はわからなかったけど、見てると面白いんだよなぁ。好みは人それぞれだから、面白いと思う人とそうじゃない人がいるし、そういうもんだろだいたい?」

「そうですね、車や本とかもいっしょですねそういうのは。それで納得できずになぜ人は自分と違うものを排除したがるのでしょうか、謎です」

「そうだな、皆納得できれば戦争なんてしなくてすむのに、で、なんでお前はこんな時に限って、こんな話の膨らませ方をしてるんだ羽鳥」


 ちらちらと携帯を気にしていた先生が軽くこちらに視線を向ける。まぁからかうのはこのくらいにしておこう。


「はて、なんのことでしょうか、それより先生、資料作らないといけないのでしょう? さぁさぁ、急いだほうがよいのでは?」

「まったく、暗くなる前に帰れよ」


 先生が慌しく去っていくのを見送って私は再び図書室の中へと戻る。ぺらぺらの紙切れを眺めながら、そういえば私もまだ提出していなかったなと思いながら鞄にしまっておく。

 そうしている間にパタパタと本を片手に菅帳が近づいてくる。


「新平先生、なんのようだったんですか?」

「落葉に渡しそびれてていた進路調査のプリント渡しておいて欲しいと」


 いいながら、しまおうとしていたプリントをひらひらと振って見せると、彼女はあからさまに嫌そうな顔をしてそのプリントを睨んだ。

 まるで親の仇でも睨むようなその表情に私は首をかしげる。


「どうかしたのですか、そんな顔をして」


 そう聞くと彼女は鼻を鳴らして腕を組み、やれやれといった感じで頭を振って見せた。非常に苛立つ仕草である。


「あぁ、この憂鬱は、勉強ができる優等生にはわからないでしょうね」

「いうほどでもないですが私は、落葉の方がよっぽど」

「枯野さんはまぁ毎回一位だし、あれは、枯野さんが特別すぎるのよ。規格外。羽鳥さんだって毎回学年十位以内でキープじゃないの」

「田舎の普通校ですし、そんなにすごいことでもないでしょう」


 実際私は特別に勉強をしているわけでもない。たまに予習復習をするくらいであとは殆ど授業と課題だけである。わからないところだけやればいいのだからもともときちんと授業を受けていればそれほど難しいことではないと思うのだが。


「これだからできる子は、あぁ羨ましい」

「逆恨みじゃないですか。まぁ、それはそれとして、成績が気になるということは進学希望なのですか?」

「漠然とだけど、他にすることもないし、働くってのもなんだかまだ考えられないし」


 それには私も概ね同意する。

 どうにも大学生でもピンとこないのに、社会人として働く自分など、想像できようもない。


「羽鳥さんは?」

「私も、多分進学ですかね」

「まぁ、そうなるよねぇ。高校受験終わったと思ったらもう大学受験かぁ、まだまだ先のことみたいなのに、あと一年ちょっとしかないんだね。なんだか理不尽だわ」

「そうですね」


 こくりと、小さく頷く。

 本当に、この先、私はどうするのだろう、大学に進んで、何をするのだろう。今までと同じように、落葉の隣にいて落葉をずっと眺め続けるのだろうか。しかし、頭の中にそんな二人の姿を思い描こうとしても、何も、思い浮かばない。漠然とした人の形をしたもやだけがふわふわと漂っている。

 落葉は、落葉は、どうするんだろう。ふっと思う。

 落葉はこの先どうするのだろう。

 あの美しい生き物は、この先どうなっていくのか。

 私は落葉の隣にずっといたいと思うけれど、落葉はどう思っているのだろうか。

 考えるといろんなことが頭をよぎって、思わずぶるりと震えた。


「ん、羽鳥さん、寒い?」

「ええ、まぁ、少し」

「本借りたらとっとと帰ろうか」

「貴方と帰る約束をした覚えはないのですが」

「また、そういう事いう! 途中までだし一緒に帰ろうよぉ」

「別にいいですけどね」


 騒ぐ彼女を黙らせるべくぺしりと軽く頭をチョップしてやる。そういえば、彼女は進学といったけれど、県内なのか、県外なのか、彼女はこれからどうするのだろうと、それも一瞬だけ、本の少しだけきになった。


「ところで」

「ん?」


 聞こうかと思って、やめた。


「貴方は何の本を借りるつもりなのですか、その本は?」

「恋愛ハウトゥー本、『好きな人に好きになってもらうには』です!」

「アホですか、あなたは」

「アホじゃないです! 大真面目です」

「アホじゃないなら大馬鹿者ですよ貴方はそんな本で相手に好きになってもらえるなら戦争なんぞこの世界にはありませんよ」


 思わず笑いがこぼれる。私は似たような本を適当に二冊、いかにも胡散臭そうなハウトゥー本を抜き取って借りることにした。たまにはこういう本を読んで見るのも面白いかもしれない。


「じゃあなんでそんな本借りてるんですか」

「笑うためにきまっているでしょう」


 気づけば私の声量も上がっていて、笑ってしまっているところを少し、迷惑そうな顔をしている図書委員に見られて、軽く会釈する。しかし、なぜだか笑いは収まらずに、後からもれてきてしまう。

 この少女は案外面白いなぁと、私は今更になって気づいたようであった。

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