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いつかかれゆく  作者: uka
12/20

十二

 しばらくそうして歩いて、二十四時間営業のファミレスに到着すると。店に通されてすぐ、近くの席に案内される。店内に客は少なくガラガラのようであった。すぐにおひやをもって再び現れた店員におば様は軽食を注文して、私にも何か注文するかと問われ、私はコーヒーだけを頼んだ。

 やっと一息吐くとおば様は真剣な顔つきで、荷物を傍らに置き、私の目をじっと見つめた。


「それでどうしたの柚子ちゃん、こんな時間にまでなって、わざわざわたしに会いにきて、いったといどんな用件なのかしら。電話ではだめだったの?」


 少し不安げな、早口な言葉に、おば様も緊張しているのだとわかる。これほどしっかりした人でも、私と同じように緊張するのだと思うと少しだけ安心する。いや、あるいは、これから話されることをなんとなく予想して、震えているのかもしれなかった。


「想像、ついているのではないのですか?」

「そうね、まぁ、貴方がわざわざわたしの所にくるくらいのことだから……あの子のことでしょう?」

「はい、落葉のことで、おば様と話したいことがあったので」


 私がそう告げると、おば様は両手で顔を覆って、長く深く息を吐くと、ゆっくりと顔を上げた。


「いいわ、それで落葉になにかあったの?」

「いえ、何も」

「何も? じゃあ、どうしてわざわざ来たの?」

「なにもないからですよ、おば様」


 私がそう告げると同時に、先程のウェイトレスが戻ってきて、軽食とコーヒーを置いていく。店員は私達をちらとみるとそのまま厨房の方へと歩いていく。まぁこんな時間にスーツ姿の女性と女子高生の組み合わせはなかなか珍しいであろう。おば様は店員が去っていくのを見送ると、食事には手をつけず口を開いた。


「どういうこと?」

「おば様は落葉の部屋を見たこがとありますか?」


 聞くと、おば様はバツが悪そうに目をそらして、搾り出すように言う。


「部屋を借りた時、くらいね……」


 私は追求はしない。責めても何の意味もない。今話すべきことはそういうことではないはずだから。


「落葉の部屋はとても寂しいです、一人だってすごくわかるくらいに。落葉以外の人の痕跡がないんです。その落葉にしたって生活感はあんまりなくって、人の住む部屋というか、お人形さんごっこをするための、おもちゃのお家みたいで」


 ゆっくりと私は言葉を選びながら喋っていく。


「落葉がずっとあの部屋で悩んでいると思うと、私としては放っておけないんです。落葉はずっと、悩んでます。おば様との関係や、落葉自身の自分の問題、私では落葉の抱える問題を解決してあげることはできません。おば様じゃないと、ダメだと思うんです。

 ちゃんと、顔を合わして、落葉と話してあげてください。逃げずに、会ってください。今すぐ一緒に暮らすっていうのは二人とも難しいでしょうけど、落葉は会いたがってます、私の家にお母さんに会いにきて落葉の事を知ろうとするんじゃなくて、落葉とちゃんと向きあって、落葉のことを知ってあげてください」


 大人に対して私は何を言っているんだろかと思う。しかも、落葉の母親にたいしてである、私なんかが本当は口を出すべきじゃないことだって、よくわかってる。それでも、どうしても、私の中にある、一人ぽつんとたたずむ、落葉の寂しげな横顔が消えてくれなくて。


「でも、落葉が、望んでいないかもしれない。あの子一度だって私に連絡をくれたことがないわ」

「それは、おば様も同じでしょう? 落葉におば様から直接連絡したことがありますか? 落葉もおば様と同じで怖いんです。お仕事に忙しいおば様の邪魔にならないかって、心配なんです」


 両の手にぎゅぅっと力がこもる。余計なお節介かもしれない、おば様だって、落葉だって、本当はわかってるはずなんだ、だけど、きっかけがないから、ずぅっとここまで来てしまったんだ。もしかしたら放っておけば、そのうちぱっと、解決してしまうことだったのかもしれない。でも、私は今、寂しい思いをしている落葉を、どうにかしてあげたいから。二人のきっかけになろうと思ったのだ。


「落葉はこのあいだ、おば様がプレゼントした腕時計、大切に使ってます。すごく気に入ってるみたいで。毎日毎日、大事そうに腕にはめて。おば様、落葉が携帯を持っていないから、時間がわからないと不便だろうからって、腕時計をって思ったのでしょう? それも、あんなに可愛いデザインの、落葉にぴったりの物を、わざわざ用意したいのでしょう? ちゃんと、落葉を気遣ってる気持ち、落葉にも伝わってます。おば様だって本当は落葉と話したいのでしょう?」


 我武者羅だった、恥ずかしさとか、自分の立場とか、年齢とか、そういうのはもう、どうでもよかった。

 両手を組んで、頭を垂れて、視線を合わせようとしないおば様を、私は祈るように、じっと見つめた。

 愛情とか、家族とか、家庭だとか、そういう難しいことは、どうでもよくて、ただ、落葉が、おば様を必要としているから、それだけで理由は事足りるはずなんだ。

 しばらくしんと静かだった、店の入り口が開いて、誰か客が入ってきたようだったけれど、私もおば様も微動だにせずに、ただ、その音だけを聞いていた。

 やがておば様は、ゆっくりと顔を上げた。


「そうね、ええ……ずっとこのままではいられないものね」


 おば様がため息を吐く。


「わたしのせいでも、それでなくても、落葉がこれからどうするのか、どうして行きたいのか、責任なんか関係なく、見ていかなくてはいけないものね、それが親というものなんだから。落葉がどういう選択をしてもそれをきちんと受け入れて、話をしていかなくちゃね。すぐには無理だけど、柚子ちゃんも手伝ってくれる? 今の落葉について一番よく知ってるのは、きっとあなただから」

「はい、喜んで」


 おば様が笑う。そうすると少しだけ顔に皺がよる。まだ若い、おば様。でも彼女が落葉の母親であることにゆるぎはなく、笑うおば様の顔は落葉の微笑みに似ていてこの人がやはり落葉の母親なのだと、よくわかる。


「一緒に暮らすのは、まだ難しいと思うわ、来年から、転勤が決まってしまったし……それでも月に一度は落葉ときちんと顔を合わせようと思うわ。今までの分、取り返そうと思ったら、毎日でも足りないでしょうけど、少しずつでも、落葉は許してくれるかしら?」

「それでいいと思いますよ。落葉だって、同じように最初は戸惑ってしまうはずですから」

「取り返せるかしら、今からでも」

「ええ、きっと」


 再び顔を伏せるとおば様は肩を震わせてそれからしばらくずっと、そうしていた。

 私はその姿を見つめながら、薄く笑んでいた。

 大きな店の窓から見える外の景色に人影は少なく、車のとおりも少ない。

 さしこむ大きな月明かりだけが目に映る。

 これでよかったのだろうかと、思う。これでよかったはずだとも、思う。

 おば様は一歩を踏み出す決意を決めた。ここから先は二人で解決していくべき二人の問題。

 私はただ、蚊帳の外。




 あの寒い夜の日から数日。私は落葉に何も告げず、いつもと同じように日々をただ過ごしていた。母も出張から帰ってきて、すっかりと普段どおりの生活である。

 放課後、私はぶらりと落葉の部屋へと出向いて二人で本に視線を落としている。私は図書館で借りた薄い小説を、落葉はファッション誌に真剣に目を落としている。

 シーズン前にめぼしい服をそろえてしまう落葉が珍しく、冬服を真剣に吟味している姿に物珍しさを覚えながらも、何も言わず、ただ落葉の楽しそうな横顔を眺めながら私は本を読み進める。

 どれくらいそうしていただろう、落葉が雑誌のページをめくる手を止めて、チラと私の方を伺う。私はそれに気づいていないふりをしながら本を読む。といっても、先ほどからページは殆どめくっていない。内容が頭に入ってこないからだ。

 意を決したように落葉がきゅっと唇を轢き結んで、息を吐く。


「柚子」

「どうしたの落葉?」


 なんでもないように私は返す。


「今度、お母さんと会う事になった」


 落葉も同じようになんでもないことのように短く言う。

 私は落葉をぎゅっと抱きしめたい衝動を抑えて、平静を装う。

 おば様、ちゃんと、落葉に言えたんだ、そう思うと、安堵と、嬉しい気持ちで胸が一杯になる。


「よかったね落葉」


 心の底からの、言葉。だけどその気持ちはできるだけ表に出さないように。二人の間に、私の影がある必要はない。

 落葉は、少しだけ、躊躇うように考えてから、はにかむように笑って。


「うん」


 と、小さく頷いた。


「ちゃんと、落葉の気持ち、落葉の口からおば様に伝えないといけませんよ? 貴方は、貴方として生きるのでしょう?」

「ええ、最初から全部は無理でも、話すわ、少しずつでも」


 これからきっと、落葉とおば様はこれまでの時間を取り戻していくだろう。開いてしまった溝を互いの淵から、少しずつ埋めて、いつか水はせき止められ、親子として付き合っていけるはずだ。

 今までの時間を本当に取り戻すことはできなくても、今の自分たちを分かり合って、認め合って、過ごしていくことはできるから。


「ねぇ、柚子、お母さんに会うのにどんな服がいいかしら」


 楽しそうに落葉が雑誌を私の前に広げて意見を聞いて来る。私は肩の力を抜いて落葉が付箋をつけていったページに目を通していく。フォーマルなものからカジュアルなもの、甘めの服や、シックな落ち着いたもの、選べ切れないとばかりに、付箋の数はおびただしく、私は思わず笑みをこぼす。


「いつ、どこで会う予定なの?」

「どこかは、まだきまってないけど、休みが近いうちは平日しかとれないから、平日から、お昼食べに行こうって」

「そっか、それじゃちょっと大人っぽい、落ちついた服がいいかな」


 二人でああでもないこうでもないとコーディネートを考えて、落葉の今もっている服も引っ張り出してきて、うんうんと唸って、頭を捻って、女の子の友達同士みたいに騒ぐ。こういう時間を純粋に楽しいと思う。落葉がこんな風に笑ってくれることが、心の底から私は嬉しい。いつもの思慮深げに、儚く何かを考える落葉の横顔も綺麗だけど、歳相応のその笑顔も私は素敵だと思うのだ。


「おば様の服装次第だけど、おば様、スーツ姿以外みたことないから、

フォーマルなドレスチックなのがいいのかしら、少し寒そうだけど」


 私がページをめくりながら呟いていると、ふっと、ページに影が落ちる。反対側から、ページをのぞきこむ落葉の顔がすぐ隣にある。綺麗な美しい顔。その口元が、耳元に近づき、吐息が耳を掠めると、背中がぞわぞわと、震えた。

 そうして、耳元で、小さな声で落葉がささやく。


「ありがとう」


 気づいているのか、いないのか、私にはわからないけれど。ただ、落葉の役に少しでも立てたのなら、私はそれでいい。聞こえなかったふりをして私はページを捲る。落葉も何事もなかったかのように、一緒に雑誌を覗きこむ。日が沈んでも、月が昇っても、私達は飽くことなく、ずっとそうして話し続けていた。




 そわそわ、そわそわ。

 朝から、ずっと、そわそわと。

 落ち着かない、ずっと、ずっと、朝から。

 おかげで朝食とお弁当用の玉子焼きは焦がすし、家のカギをかけ忘れて遅刻したり、体育の授業で使うジャージを忘れたり、ノートをとるのも上の空で、授業の内容は頭に入らず、結局放課後になってしまった。時刻は十六時を回っている。

 今日は落葉とおば様が顔を合わせる予定の日。ずっと二人のことばかりが気になって一日中ろくに何かに手をつけることができなかった。今頃二人はどうしていることだろうか、お昼を終えてどこかでショッピングでもしているのか、あるいは、水族館とか動物園とかそういったところに出かけているのか、普通におば様の家で家族団欒しているのか、それともこれからのことについてまじめに話しているのか、どれでもあるようで、どれでもないような気がする。ただただ、空想が膨らむばかりで、悶々とする。

 二人とも不器用だから、顔を合わせたのはいいものの、ろくに会話もできずにお見合いみたいになっているんじゃないかと心配で仕方がない。まるで二人の保護者にでもなってしまった気分だ。こんなことなら私も学校を休んで二人のあとをつけるべきだっただろうか。しかし、そんな無粋なこと、と思いながらも、事の顛末を一から十まで全て知りたい気もする。

 ため息を吐いて、まぁ、明日、落葉がなにか話してくれるのを期待しようと思って私は学校の敷地を出る。


「どうかしたの、羽鳥さん?」


 いきなり真横から聞こえた声に私はびっくりして思わず後ずさってしまう。


「菅さんですか、なんですかいきなり」


 隣をみれば、菅帳の姿がそこにはある。いつも以上に神出鬼没なその登場に私の心臓はバクバクと高鳴っている。


「いきなりじゃないんだけど、さっきからずっと声かけてるのに羽鳥さん反応しないしさ、お昼だって声かけてたのに、ずぅっとスルーされるし、何、何かあったの? 今日、枯野さんも居ないみたいだし? あれ、それとももしかしてあたしまた何かしちゃった!?」


 彼女はそれだけ言う間に気難しそうな顔から楽しそうな顔になり最後には不安そうな表情を浮かべ、声だけでなく顔すらうるさい彼女の存在に気づかなかったとは、私はどうやら自分で思う以上に相当に上の空になっていたらしい。

 しかし、そんな状況を彼女に悟られるのもなんだか面白くない。私はできる限り、普段通りに見えるように、背筋を伸ばして、なんでもないような顔をして彼女に告げる。


「別にどうもしませんが」

「絶対嘘でしょ、羽鳥さんがあんな風になったのみたことないもの」

「あなた、そうはいいますがね、私と貴方とどれだけの付き合いだというのですか」

「友達は年月の長さの問題じゃないでしょう?」


 そもそも彼女と私は一体いつ友人関係になったのだろうか、私の方の記憶にはないが、彼女の中では私は友人ということになっているらしい、ここに突っ込むと彼女が泣きだしそうなので、私はあえて何も突っ込まないでおくことにした。流石に他人を泣かせて楽しむほど、私はサディスティックではない。


「兎にも角にも、何もないですよ、本当に」

「ふぅん……?」


 彼女は怪訝そうな瞳で私を見つめてくるが、情報を漏らす気は微塵もなかった。別に話したところでどうにかなるわけでもないのだけれど、落葉とおば様の事を誰かに話すことすら、私には憚られた。言葉にして、誰かに伝えるだけで、せっかくの二人の空間が汚れてしまうのではないかという、そんな馬鹿みたいな考え。


「でも、羽鳥さん、珍しく一日中ニコニコしてて、嬉しそうだったから」


 言われて、私は自らの頬に両手を当てる。確かに口角が少しあがっているように思う。私は嬉しいのだろうか、それほどに、態度に無意識に出てしまうくらい。不安なことも多いけれど、確かに、自覚すればこの気持ちはそうなのかもしれない。


「私はそんなに嬉しそうに見えますか?」

「ええ、とても」


 ならばきっと、そうなのだろう。

 不安に思うよりも、きっとうまくいっていると、思うほうが、いい。

 だって、二人は不器用なだけで、本当は互いにあれほど大事に思いあっているのだ。うまくいかない理由があるわけがない。

 私は落葉とおば様が並んで笑いあっている姿を想像する。

 それだけで、胸が温かくなる。


「ほら、羽鳥さん、また、笑ってる」

「ええ、そうですね、今はとても、嬉しいですから」


 明日の落葉に会うのが楽しみで私の歩は弾む。

 菅帳が追求してくるのをのらりくらりとかわして、私は明日に思いを馳せながら、自分の家までの道のりをゆっくりとゆっくりと歩いていく。

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