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いつかかれゆく  作者: uka
10/20

 落葉の家に寄った帰り、気付くと既に辺りは暗く私は急いで暗い道をかけていく。街灯の少ない道は薄暗く、明滅するものは不気味で、光を灯していないものの下には何かしら妖怪でも居ついていそうな雰囲気である。まこと不気味で、吐く息は白く、暗い夜の闇に溶けていく。

 向かう先はスーパーである。今日はタイムセール目当てで遅くなるのを待っていたのだが、これほどまで暗くなるのならば安売りにこだわらずとも買い物を済ませて帰るべきだったかと、ブルリと寒さに身を震わせる。

 いつからこれほど日が沈むのが速くなったことか、時の流れの速さに唖然とする。

 スーパーが近づくにつれ街灯は増えていく。人通りもちらほらと、近所の住民にとっては貴重な買い物の場所であるから、それなりに人はいる。

 しかし、敷地内の駐車場に車は少ない。車がある家の人はだいたい、となり街の二十四時間営業の安めのスーパーのほうに流れてしまうからだ。その気持ちはわからなくもない、私も休みの日であればバスを利用して買い物に行くこともある。しかし、この徒歩ですぐに買い物にいける圏内にある店に潰れられて困る人も沢山いるわけであって、意識的にここで買い物をしようと言う人は少なくはない。

 店内に入ると寒暖の差にほっとしながら、私はかごを手にとって生鮮食品の棚を物色していく。閉店時間の間際になるとこのあたりの商品の値引きが始まるのだ。相変わらず所帯じみた自分の行動にため息をつきたくなるのだが、しかし、これはこれで楽しいのだ。何をどれだけ、どんな値段で買うか、彩りや栄養のバランスも一応考えて、今日よりも明日の安売りの方が安いから明日に回そうとか。そうして生鮮食品のコーナーを回り終えてブラブラと店内を物色していると、ふと、見覚えのある後姿を見つけた。


「先生」

「ん、おお、羽鳥か」


 背の高さとその髪型でわかった、新平先生である。学校内ではあまり見かけないのに学校外ではまことよく出会うものである。


「買い物ですか?」

「ああ、羽鳥もそうみたいだな、しかしこんな時間まで女の子が出歩いているもんじゃないぞ」

「こんな辺鄙な田舎で夜遅く出歩こうが、何も起きませんよ、ましてや私などに危害を加えて喜ぶような輩がいるとも思えませんし。なによりこの時間でないと、生鮮食品が安くなりませんからね」

「そうはいってもお前なぁ、一応春先とか変質者の出没とかはあるんだし、気をつけるんだぞ」


 冬を目前に控えた今さほど心配する要素でもないと、私は先生の言葉を聞き流しながらその手元のかごをのぞきみる。おつまみ、お酒、お刺身、インスタント食品に半額の弁当に惣菜、一応自炊はするのか、卵や野菜類、調味料なんかも買っているようだけれど思わずため息が漏れる。


「先生は一人暮らしでしょうか?」

「ん、まぁそうだが」

「まず調味料ですが、急ぐ理由がないのであればこれはこの店なら金曜日に他の調味料の類と纏め買いにするほうがいいでしょう。お味噌、醤油、砂糖、塩、大体安売りになってるはずです。同様に卵は水曜、野菜類に関しては日によりますが今日はブロッコリーは通常のお値段です。お魚は火曜にしましょう。インスタント食品は今日安いので問題ないです、弁当や惣菜は値段こそ安いですが量はあまりないので買いすぎに注意した方がいいでしょう、お酒はここで買うより近所のリカーショップの方がお安いと思います。面倒でもご検討ください」


 そこまで一気にべらべらと喋ってしまってハッとする。つい、熱くなって長々と語ってしまった。先生も驚いたようにぽかんと口を開けている。周囲の数人の主婦のおば様がたもこちらを見ているようである。顔が赤くなるのがわかる。


「羽鳥も案外しゃべるんだなぁ、家の母親みたいだったぞ」


 快活に笑う先生のおかげでさらに私は身を縮こまらせる。いっそ焼いてくれ。


「たまに母親が家を覗きにくるんだが、いっつもそんなふうにまくし立てられて、頭があがらないんだよなぁ」

「ご近所にすんでるんですか?」

「いや、家族は皆県外だよ」

「わざわざそれで見にくるのですか?」

「何時までも俺を子供扱いしてるんだよ。まぁたしかに子供なんだけどさ。親父や兄貴も連れてくることがあってそうなったら宴会騒ぎさ。まぁ来てくれると部屋も片付くし、しばらく美味い飯が食えるしで有難いんだけどな」


 照れくさそうに笑う先生はしかし嬉しそうである。


「家族と仲がいいんですね」

「そうかもしれないな、実家に住んでた頃は家族のありがたみってわからなかったけど、こうしていざ離れてみると、母や父のすごさがわかるってものだよ」

「そういうものですか」


 それは落葉も感じているのだろうか。私も一人で暮らし始めたら感じるようになるのだろうか。


「そういうものだよ、何より一人で食べる飯はおいしくない。俺もはやいところ嫁さんがほしいなぁ」

「くれぐれも生徒には手をださないよう」

「俺を相手にしてくれる生徒がまずいないよ、生徒以外でもだけど」


 先生は自分が生徒から慕われているのを知ってかしらずかそういうとまたいつものように笑う。本当によく笑う人だ。こういう陽気なところが人気の秘訣なのだろうか。へらへらしていて頼りなくも見えるけれど。

 私達はそうして、レジに並んで会計を済ませ、先生の下手糞なレジ袋の使い方を矯正し、店を出た。


「それじゃあ、気をつけて帰れよ、本当は送って行きたい所だが、一旦学校に寄らなくちゃならないんだ」

「お気になさらず、先生もお気をつけて」


 会釈して私達は反対方向へと歩き出す。

 軽く話しこんでしまったせいで予定よりも時間を食ってしまった。速く帰って晩御飯の用意をしなければ。私はうんと頷いて弾みをつけて、ずんずんと歩いていく。

 相変わらず吐く息は白い。

 遅くなってしまったし、母が帰ってくるまでに、晩御飯を作らねば。

 今日は寒いし鍋にするのもいいかもしれない。

 この時間なら母と一緒に鍋をつつくというのも悪くないだろう。

 味はともかくとして、一人で鍋をつつくのは、寂しいものがあるし。

 ふっと、先生の言葉を思いだす。

 一人で食べるご飯はおいしくないと。

 今日は遅いからしかたないけれど、また今度落葉を呼んでご飯を一緒に食べよう。

 頭の中のメモにしっかりと書きつけて、私は自宅への道を歩いていく。

 暗い街灯の少ない道。

 その分空に上る月がはっきりと見えていた。




 朝の寒さは特にこたえる。夜のそれとは違い、いくら服を着こんでも体の奥底から来るようなそれはどうにも耐えがたい。空は灰色で、今にも雨が落ちてきそうな空である。昼前から夕方ごろまで振り続けると天気予報でいっていたから、一応鞄の中に折り畳み傘はいれてきたけれど、できれば使わないですむ事を祈る。

 落葉が今日は日直らしく一人で私は寒い朝の道を歩いていく。一人だとギリギリまで家で過ごしてしまうからどうにも時間が気になっていけない。

 いつもより遅い時間で、人通りが多い、といっても殆どは同じ高校へ向かう学生なのだが。誰もが寒そうに身を震わせ、手に息を吹きかけたり、マフラーに口元を埋めたりと、早足に歩いていく。秋はすっかりと終わりを告げているようだ。

 相変わらず人々の視線が私に向くことはない。

 普通と特別、果たしてどちらがいいのだろうかと、最近思う。

 しかし落葉への憧れが揺らいでいるかといえばそうでもなく、やはり私はあの美しい生き物をどうしようもなく崇拝しているのだ。落葉教はたった一人の信者に今日も支えられている。


「羽鳥さん」


 私が心の中で朝のお祈りをしているとそんな声が聞こえてくる。実際そんなことなどしてはいないが。振り返ればやはりというか、菅帳である。染めた髪の上にニット帽をのせ、手には手袋、首元にはマフラーとどれもこれも真っ白なそれらで防寒はばっちりのようだ。


「菅さんおはようございます」

「おはよう。珍しいねこの時間に」

「まぁそういうこともありますよ。菅さんはいつもこの時間?」

「今日はいつもより早いくらい。朝はいっつも家族全員でドタバタしてるし、下の子も面倒見ないとだから案外忙しくて、なかなか出れないの」


 案外しっかりものの彼女の一面に少し驚きながら、少し遅い彼女の歩調に足並みを揃える。


「特にこの時期は皆布団が恋しくて中々出られないからさぁ。今日は下の子たちがはしゃいで出ていってくれたから速かったけど」

「はしゃいで? 何かよいことでも?」

「防寒具一式ね、お母さんが編んでくれたから。私はどうせなら自分で選んで買いたかったけど一人だけ特別ってわけにもいかないしね」

「そういうことする母親って本当にいるものなのですねぇ」


 私の中で家事をする母などファンタジーの中の生き物以外の何者でもない。手作りだから羨ましい、などとは思わないが、きちんと母親をしている家庭ものあるのだなと単純にギャップに驚く。


「家の親が倹約好きなだけってのもあるけどね。ところで今日は枯野さんは?」

「居ませんよ、日直で速く出ましたから」

「そうなの、よかったぁ」

「そこは安心するところではなく、残念がるところなのでは?」

「だって朝から枯野さんに出会って会話なんかしちゃったらとても一日持ちそうにないもの。それにまだやっぱり恥ずかしいっていうか。きちんと告白しなおせてないし」


 もじもじと白い手袋に包まれた手を弄りながら顔を赤くする様は、まさしく恋する乙女といった風情だ。なんとも私と縁遠い世界の事にため息が漏れる。吐いた息が白く虚空に消えていくより速く、彼女が噛みついてくる。


「なんですかそのため息は」

「いえ、ただ、恋とはいったいどういったものかと思いましてね」

「誰かに恋したことないんですか?」

「ないんでしょうね」

「信じられませんね! それは女の子として損をしています!」


 喚き散らす彼女の声は大きい、周囲の視線が気になるが、思ったより回りは私達に興味はないらしく、自分達の世界に没頭しながら同じように学校を目指して歩いている。


「したことがないものはないのですからそんな事を言われても」

「枯野さんとはどうなんですか?」

「落葉とはそういう関係ではないと前にも言ったでしょう」

「あんなに素敵な人他に居ないと思いますけど」

「まぁ確かに特別な存在なのは認めますけどね、私が落葉に抱いているのは恐らくそういった感情ではなく、尊敬とか信仰とか、そういったものなのですよ。私は落葉教の唯一の信者にして教祖なのです」

「なんですかそれ、変なこといいますねぇ。何にしたってもったいないですよ。高校生活はあと一年ちょっとしかないんですよ」

「一年ちょっともあるじゃないですか」


 言い返すと、彼女は確かにそうかもしれないと呟きながら何やら頭を抱えて悩み始めた。まこと単純である。落葉であれば自らの意見を曲げることなくわずか一年といいきったことだろう。今の落葉がどう考えているかは私にはわからないけれど。


「ともかく、恋をするべきです。これほど素敵な感情は他にありません。誰かを思って胸が苦しくなるこのどうしようもない素敵な気持ちは全ての原動力になりえるのです」

「ただの脳内麻薬の効果でしょう。恋でなくともそれらが分泌されれば同じことです」

「夢がありませんねぇ、羽鳥さんは」

「貴方が夢見がちなのですよ、菅さん」


 そうしているうちに私達は高校へとたどり着く。下足場で靴を履き替えて、教室に入る間まで彼女の恋に対する熱い想いの談義は続いたものの、私はそれを右から左へと聞き流して自分の教室の中へと入っていった。

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