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一流は前触れもなく昔のことを思い出すことがよくある。大抵あまりいい思い出ではない。例えば中学二年生の時に告白するもフラれたこととか、アルバイトで怒鳴られたことなど。誤解しないで頂きたいのは別にマイナス思考であるからそうなのではない。むしろ芯は根明だ。
そう考えると、多分これは癖だ。それも良い癖。なにせ過去の失敗を思い出せるのだから、それを教訓に生きることができる。
この傾向は寝るときに見る夢にもあった。内容はやはり過去の失敗。とは言っても夢は所詮夢なので正確な過去ではない。それに起きた後は大抵具体的なことは忘れていて、曖昧にあの失敗の夢だったような、と判断する。
今回の夢もそうだ。バイトからの帰り道、上から巨大な光の玉が落ちてきて、それが自分当たるか当らないか。
「のぅあっ!?」
その直前に目が覚めた。
「やっと起きたか。お寝坊さんだなぁ」
一流の横でカラカラと男が笑ってる。
ぼやける目を凝らし、辺りを見渡す。全くと言っていい程、物のない八畳ほどの居間。その真ん中に布団が敷かれていて、そこに一流は寝ていた。男は一流のすぐ右隣に胡坐をかいて座っている。年は五十歳を超えているだろうか。紺の甚平を着ていて、スキンヘッドの頭が特徴的だった。
「またこれかよ……」
一流はため息をついた。なにせ起きたら知らない場所にいるという状態が二回も続いたのだ。憂いもする。
「もう攫われはしないだろうぜ。安心せい」
「安心せいって、おっさんは誰すか。何で言い切れんすか?」
「お前外見は大人しそうなのに威勢がいいな。まあ嫌いじゃないぜ。おいらぁ百道灰野心。この地球を守る『外村家』の中間管理職ってとこだな。それでここは外村家の宗家が所有するアパート。アイツらも手出しは出来ないだろうってのが根拠だな」
「そとむらけぇ? 地球を守るって、そういやアイツらも同じようなこと言ってたっけ。おっさ、ああ、えっと百道さんは――」
「おっさんでいいぜ。御年五十七。自他ともに認めるおっさんだ。」
「じゃあおっさんはアイツらの仲間……なら俺を攫いになんかこねーか。ORDERってのと外村ってのは一体何なんすか?」
「それを説明するには長くなるからおいらにゃ向かねえ。お嬢にきいてくれや」
「お嬢?」
「分家である外守家の当主のご息女だ。ぴっちぴちの十七歳。最近出るとこも出てきてそれはもう見てて楽し――」
「だまれエロジジイ!!」
居間への出入り口である戸が乱暴に開けられたと思うと、茶髪でショートヘアの少女が声を荒げながら現れた。少女は若干顔を赤らめながら百道に近づくと、掴み処の無い滑らかな頭に右手を置く。徐々に指がめり込み、百道は「お許しをおおおおお」と悲痛な声を上げた。いや、どこか嬉しそうでもあった。
そういえばこの少女が一流をつかまった時に助けてくれたのだ。そう一流は思いながら彼女を眺めていた。体は小柄でパッと見華奢であるのに、成人男性を片手で担ぎ上げたりと、かなり力持ちのようだ。百道の頭もミシミシと音を立てている。
「そ、それくらいでいいんじゃないんすか?」
一流の言葉を聞いて、やっと百道は彼女の手から解放された。
「あんた、災難だったわね。で、『目覚めた』の?」
「へっ? まあ今の状況は夢みたいではあるけど、ちゃんと目は覚めてるんすけど」
「そういう冗談要らないから。力、あるでしょ? 私には分かる。そういう力だし」
「何言ってるかさっぱりわかんねえんすけど」
小学校高学年位の時に、こういった発言をした覚えがある。この位の年齢の女子でも妄想の世界を現実に具現化したがるものなのだろうか。
「なんか体の変化とかあるでしょ? それを聞いてんの。アンダスターン?」
「だから知らないての。アンダスターン?」
「自分の立場わかってその口の利き方なわけ?」
「お前らがまず俺にそれを説明しろや。知ってるわけないじゃん。馬鹿なの?」
「へえええ……上等じゃない」
「やんのかオラ。俺は女だろうと容赦しねえぞ? おっ?」
最早苛立ちはヤカンの注ぎ口から吹きでる蒸気よう。ただでさえうんざりしているのに、年下の女にここまで舐めた口をきかれるなどプライドが許さない。こいつは少し顔が良いからと、絶対学校でも調子にのっているはず。世間の厳しさ、年上への礼節を教えてやるべきだろう。そうだろう!
「偶然。私も男だろうと容赦しないのよね!!」
今にも一流が少女に掴みかかろうとした時「そこまでにしておきなさい」と、開いた戸の前に落ち着いた雰囲気の女性が現れた。そして一流は彼女の声に反応し、そちらへ顔を向けたため一瞬動きが鈍る。
顔を正面に戻した時、少女はカウンターを喰らわせようと右拳を振り上げていた。少女はそれを止めようとするも時すでに遅し。その右拳は一流の左頬を捉える。
「みゃっ」
情けない声をあげ、一流は顔面から地面に叩き付けられた。
「やべっ……」という少女の声と、「またかい。本当に気絶するのが好きなやっちゃなぁ」という百道の声を最後に、また現実との接続がきれた。