1-3
「そうだ、そうしよう。君にこれを託そうと思う」
「それをケツの穴に突っ込め!」
「待ってごめん冗談だから捨てようとするなよ!」」
「それを飲み込んでくれれば契約成立だ。いや、今度は本気だからね。まあケツもあながち間違いではないんだけんど。おっと、穴とあながちを掛けたわけでもないからね? 体の中に入れるのが大事なんだわ」
「ま、見ず知らずのお兄さんの最後の頼みを聞くと思ってさ」
「君の退屈、きっとソイツは埋めてくれる。きっと――」
嫌悪感を覚える夢の中から目覚めた時、そこは前日いた病室ではなく、全てが白く染まった無機質な個室だった。時間が気になるが、存在するのはベッドのみで他には窓すらないこの部屋には、時間を知る術は到底無さそだ。
「どうなってんだ? 俺は確かに昨日病院で寝ただろ?」
自分の状況を自分に教えるように声を出す。先日の事件についてはおぼろげな記憶しかないが、こと昨日の就寝直前までははっきりと覚えていた。
「お目覚めのようだね」
どこからともなく、張りのある低い声が響き渡ると、それに伴ってモーターが稼働する音が聞こえた。それはどうやら天井からのようで、そこへ目を向けると、天井の一部が開き、そこから大きめのモニターが下がってきた。
モニターには椅子に座る男の下半身だけが移されていて、膝の上には品のある灰色の猫が抱かれていた。そして猫を撫でる手のすべての指には、悪趣味な宝石がギラギラと輝いている。まるで映画で見る悪役そのものだと、その芝居がかった映像に不信感を募らせる。
「君は我々の手に堕ちた。これからは我々の手となり足となり、その体朽ちるまで地獄の日々を送るのだああああ!」
「は、はあ?」
「反応薄くない? もっと恐怖に慄いていいんだよ?」
「いや、そうは言っても」
多少迫力のある声に気圧されはしたが、何が何だか分からない状況でどう返答すればいいのかすら思いつかなかった。そもそも展開が急すぎて考えが追い付かない。
「ふむ、何か不満でもあるのかな?」
不満という言葉を聞いて、やっと脳が通常回転しだす。不満か。こんな密室に閉じ込めておいて「不満でもあるか」とはよく言ったものだ。
「不満ならいくらでもあるっすけど。例えばここはどこってこととか、何で俺は監禁されてんのとか、それ以前にあんた誰だよってこととか!」
語尾に近づくにつれ段々と怒りが湧いてきて、最後の方は語気強めに早口でまくし立てていた。それを聞いたモニター越しの男は、猫を撫でる手を止めた。すると猫は膝から飛び出し、画面から消えた。
「君の質問は最もだ。ではまず私の名前から言おうか。私はボス・玉田・フューラー。この星の人々を守る愛と正義の秘密結社、『ORDER』の長官だ。部下からは玉田さんやボスと呼ばれている。そしてここはORDERの秘密地下基地。君は訳合って監禁状態に置かれている。以上。質問は挙手制で頼む」
「何がボスフューラーだふざけやがって。やってられるか。さっさと家に帰せ!」
「もう、挙手制って言ったろう。それに君は大学生でこの程度の状況すら読めないのかい?」
「ああ? もっぺん言ってみろや? おぉん?」
「だからさあ~……」
玉田の声が更に低くなる。
「君にはもう自由なんてないって言ってんの」
言葉の意味に慄いたわけではない。ただその有無を言わさぬ凄みと、冷徹な声色に、一流はその口を噤む他なかった。
「まあ状況はわからないだろうけど、そのうち慣れるから。取り敢えず今日はここで待機。あ、一応教えてあげるけど、今は夜の十一時を過ぎたところだから、眠気も丁度いいんじゃないかな?」
またモーター音がして、モニターは天井の穴に吸い込まれていく。
最後に玉田は「良い夢を」と言った。
一流はベッドに倒れ込む。この悪夢はいつ覚めるのか、それを考えただけで目が冴える。だがこれを現実とは受け入れ難く、その葛藤はいつまでも続いた。