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停止中  作者: 赤田ケイジ
樋田一流の、意識飛びがちな二日間。
2/42

1-2

 眩しい日差しで目が覚めた時、そこが病院の一室であることに気づくまでには、そう時間はかからなかった。カーテンで仕切られた大部屋。物は殆どなく少し寂しさを感じさせる。

 自分の格好を見る。薄手の白い甚平姿。誰かが着替えさせたのか、と若干恥ずかしくなる。その前に何故自分はここにいるのか。おぼろげに、昨日アルバイト先から家路についたことは覚えている。その後……そうだ、何かが上から降ってきた。そこから、どうなったんだろうか。

 ふと周りを見渡す。携帯電話や財布が見つからない。もしかしたらどこかで保管しているのかもしれない。誰か看護婦にでも聞こうかと部屋を出ると、看護婦のおばさんが血相を変えて近づいてきた。

「樋田さん意識戻ったのね! 視界ははっきりしてる? どこか痛いところはない?」

「大丈夫っす。そうだ、俺の携帯電話知りません?」

「それは後でね。一回病室戻ってくれる? 先生呼んでくるから」

「あぁ、はい」

 言われた通り病室に戻り、備え付けのテレビを弄っていると、程なくして初老の男性医がやってきた。

「脈も正常だし顔色もいいですね」

「あのー、俺なんでここにいるんすかね?」

 その言葉を聞くと医師は少し顔をしかめた。

「昨夜、正体不明の飛来物があってね。君はそれに巻き込まれたんですよ。近くの民家が壊れたり衝撃でガラスが割れたり凄かったみたいですけど、無傷で助かったのは奇跡的ですね」

「飛来物、すか」

「まあ無事と言っても気絶していたわけですから、こうして検査入院という事になってるんですね。取り敢えず今日一日は入院で、退院は明日の朝という事になりますね」

「えっ!?」

 それは困った。アルバイトが今日の夜もある。いや、そういえば辞めることにしたんだったか。ならば丁度いい機会かもしれない。

「何か不都合でも?」

「アルバイトあったんすけど、電話入れなきゃなって思って。あ、俺の携帯って預かってもらってますか?」

「ああ、あの、それがですねぇ」

 歯切れの悪い返事をし、医師は続ける。

「実は事故の影響でバックや身の回りの物は全部壊れてしまったようで。貴方もパンツ姿で倒れていたようですし、私も最初見た時は追いはぎにでもあたのかと思いましたね」

「パ、パン一……」

 付近の住民には変態に思われてはいないだろうか。あの道を歩くのはしばらく控えようと思った。

「お財布はすこしボロボロになっていましたが、なんとか無事だったので、当院で預かっています。後でお返ししますね」

「マジすか。ならまあ、少しはよかったす」

 財布が無事なら何とかなるか。少し安心すると、急に空腹が襲ってきた。そういえば昨日の夜はバイトがあったため何も食べていない。数十分後運ばれてきた待望の朝食は、噂で聞いた通り味気ない病院食で、もっとジャンキーなものをガッツリ食べたいと不満に思った。

「朝早くからすいませんねぇ」

 朝食をとり一息ついていると、二人の警察官が事情聴取にやってきた。片方はもう定年前位の愛層の良い小太りのおっさん、もう一人は若い不愛想な男。「この度は災難でしたね」という慰めの言葉を頂いた後、昨夜の顛末を根掘り葉掘り聞かれた。こんなに自分が注目されることは人生の中で一度もなかっただろう。少し優越感を覚える。

 一通り話が終わると、おっさん警察官は少し顔をしかめた。

「いやね、近くに住んでる人は何か光ったとか、砂煙が一瞬で消えたとか言ってるんだよ。それにもう一つ気になるのが、君の周りだけ妙に綺麗だったんだよね」

「綺麗ってなんすか?」

「事故がある前と殆ど状態が変わらないんだよ。あれだ。畳の上に長年箪笥を置いといて、そんで取ると他の部分は日焼けしてるけど箪笥の下は綺麗なまんま、みたいな感じだな」

「は、はぁ」

「ちょっと分かりずらかったかな」

 たはは、とおっさん警察官は髪の薄い頭を掻いた。

「うーん、すいません。覚えてるのは何かが落ちてきたところまでで……」

 話を聞く限り結構な惨状であるらしく、無傷で助かったことは確かに自分でも変だとは思う。まあ、きっと何かしら運が良かったのだろう。例えば偶然飛んできた瓦礫が盾になったとか、そんな感じで。

「全然へーきだから。ごめんね、時間取らせちゃって。あ、そうそう、携帯電話押収したんだけどエスデーメロリとサムカードが無事だからうんたらって若いのが言ってたなあ」

「マイクロエスディーとシムカードです。後日お返しいたしますので、警察署の方へ身分証と印鑑を持ってお越し願えますか?」

「あ、はい。分かりました」

 若い警察官も喋れるのかと、当たり前のことに驚きつつ、その場は解散となった。

 二人の警官の背中を見送ると、一流はその足で受付に向かう。そこで財布を返してもらうと、備え付けの公衆電話でアルバイト先へ電話した。ムカついたのは、仮入院のことを話すとあからさまに声が不機嫌になったのに、辞める旨の話を始めた途端に饒舌になったことだ。「残念」だとか「今度は客としてもきてね」など、思い出すだけで腸が煮えくり返りそうなる。だが受話器を置くと妙に清々しい気分になった。まあこの気持ちに免じて許してやろうと思う。

 その後は特に何もなく、暇を持て余した一流は売店を徘徊したり、「災難だったな」と話しかけてきた隣のベッドのジジイと仲良くなり、慣れない将棋を打ったり、テレビを見たりして時間をつぶした。

 夜になると活動も限られ手持無沙汰な時間は更に増える。そして午後九時には消灯。普段は深夜一時や二時に寝るのが当たり前な一流は、寝付けないその時間を物思いに充てる。

 思えば一昨年の春に期待に胸を膨らませ始めたキャンパスライフ。憧れの東京。念願の一人暮らし。友人もそこそこ出来たし、サークルにも入ったし、バイトもした。彼女はできなかったけれど、クリスマスには自宅に友人を招き負け犬同士で世を呪ったりした。

 まだ二分の一しか経っていないが、総じて大学生活を満喫している。だが、何か物足りない。何かに熱中するでもない、今時の大学生の半数位は送るであろうテンプレートな生活。

 刺激。一流の抱える不満を突き詰めれば、この二文字にたどり着くのだろう。

 空から女の子でも降ってこないかな。などと、前日には飛来物に襲われた事も忘れて外を眺める。東京と言っても郊外、星は薄ら見えるし月ならばはっきり見える。だがやはり月明かりに照らされた美少女などはいない。

 小さくため息をつくと目を閉じた。暗闇の中で、微かに虫の声が聞こえる。もう春は目の前なのだと実感した。

 その虫の音に紛れて、人の足音が小さく聞こえた。それはだんだんとこちらに近づいてくる。そして一流の病室の前で止まった。カラカラと引き戸が開く音。看護師の巡回だろうか。

 次の瞬間、カランと鉄製の何かが落ちる音が病室に響く。騒がしいなと思った矢先、風船から気体が噴き出るような音。何か空気が粉っぽいと感じたところで、一流の意識は完全に途切れた。

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