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「ありあござっしたー」
気の抜けたコンビニ店員の挨拶を背中に一流はコンビニを後にする。あんなもので勤まるのなら、次のバイトはコンビニにしようかとふと思った。
今日の朝食はおにぎり二つに紙パックの野菜ジュース。バイトをしていない身分で朝からコンビニ弁当は食べられない。侘しいが我慢するしかない。
六時を過ぎるとコンビニのある大通りは人が急に増えてくる。駅に向かい流れる人波に逆らうように、一流はアパートへと歩みを進める。人と違う事に優越感を覚える歳でもないのだが、今から通勤通学する人に自分は今から帰ってゆっくりする事をアピールしているようで、彼らよりも偉くなったような錯覚を覚えた。
人が一人通れる様な狭い路地に入り、裏通りに出ると打って変って人通りは無く静かだった。遠くには微かだが民家の間からアパートの外壁が見える。
朝の散歩の最大の醍醐味はもうすぐ家に着くという数分ではなかろうか。不思議な安堵感ともうすぐ待つ朝食の誘惑。一流の胃袋は今最高潮に高まっている。
――ウキウキ気分で足を早めた次の瞬間、何の前触れもなくレジ袋が燃えだした。
「ん? のわっ!?」
熱さを感じる間も無く、その火が視界に入った時一流はレジ袋から手を離した。しかし手を離すよりも早く、一瞬異常なくらい火は燃え上がり、その火の粉は上着の右袖まで届いた。
「なああああ!」
火を消そうと右腕を我武者羅に振り回すも、勢いは寧ろ増していくばかり。服を脱ごうと裾を左手で握るも、汗のせいかピッタリと張り付いて上手く脱げない。
「シッ!!」
万事休すかと思った刹那、つむじ風が一流を通り越す。
目を疑った。
ぱさりと地面に落ちる右袖。今まで燃えていた部分が、全て綺麗に切り取られている。地面に落ちた火は袖を燃やし尽くし、白い煙を上げて消えた。
「危ない所だったな」
背後からのしゃがれた低い声に振り向くと、短刀を携えた百道の姿があった。
「おっさん!?」
「全く、歩き煙草かぁ?」
騒がせやがってと頭を左手で後頭部を掻きながら、短刀を鞘に納め、白地にピンクの細いストライプが入った派手な甚平の懐にしまった。
「急に燃えたんすよ! 本当にパッと。そもそも俺煙草吸わないし……」
言葉に詰まりながら地面に落ちたおにぎりに目をやると、焼きおにぎりどころかただの炭と化していた。
「お、俺の朝食……」
「災難だったな。そうだ、コイツをやる。腹の足しにはなるだろうよ」
そう言うと百道は懐から巾着袋を取り出し、そこから茶色い飴の様なものを取り出した。
「なんすかこれ?」
「蕎麦粉とかとろろ芋とか、まあ栄養があるもんを練ったやつだ。まぁ言うなれば忍者食、兵糧丸ってやつだな。そんなに美味いもんではないが、初めて食うなら面白いと思うぜ」
悪戯っぽく笑う百道から一センチほどの丸みを帯びたそれを三粒受け取り、少々嫌悪感を抱くも全部口の中に頬り込む。歯を立てると強い弾力を感じる。唾液と混ざり合い甘い汁がにじみ出る。更に噛み続けると鰹節の様な魚介類の風味と、甘い梅干しのような酸味が同時に押し寄せる。確かに美味くはないが、なるほど味わい深い。
「へー、面白いっすね。てかヒョーローガンとか、さっき袖パッと切った奴? あれとか、本物の忍者みたいすねぇ」
「まぁ実際忍者だしなぁ」
「やっぱりそうなんすね」
もう何がいたって驚かないぞ。
「まあおらぁ由緒正しき忍者様じゃねぇし、結構形から入ってるけどな」
自ら似非忍者であると言い放った百道はケラケラと笑った。
「しっかし、火の無いところが急に燃えたとなると話は別だな。煙は立たぬなんて言うが、何かタネはあるはずだぜ? 例えばおにぎりの中に何か入ってたとかな」
「まっさかぁ〜」
針や虫の混入は聞いたことがあるが、火がつくようなモノを入れたなんて事件は聞いたことが無い。
「それか、どっかからの攻撃だな。これが一番濃厚だろうがなぁ〜」
百道は一流の肩を軽く叩いた後、すっと耳元に口を近づける。そして「振り向かないで真っ直ぐ家まで、いつも通りのスピードで歩け」と耳打ちした。心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え、思わずリアクションを取りそうになるも、ぐっと堪える。
「じゃ、おらぁちょっとコンビニ行ってくらぁ。じゃあな」
また一度、今度は背中を押す様に軽く叩くと百道はその場を後にした。一流も早まる鼓動を抑えつつ、家路につく。先程まで楽しかった帰り道が一変、生きるための運命の分かれ道になるとは、苦笑いも出ない。終始真顔で一流はぎこちなく歩いた。