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停止中  作者: 赤田ケイジ
可愛い女に気をつけろ。
14/42

3-3

 シャワーの音が浴室に響き渡る。風呂とトイレは別で、以前住んでいたアパートは合体型であったから、生活のランクは上がったのかもしれない。シャワーを止めると、窓の向うから雨の音が聞こえた。体を拭きながら、急いで取り込んだ乾ききっていない洗濯物を見つめ、ため息をついた。

 ため息の理由はそれだけではない。

 一流の足元で尻尾を振っている、小さな雑種の犬。無邪気なコイツを左足で弄びながら、この数時間を思い出す。


 携帯ショップは最寄り駅の一つ次の駅にあったが、携帯ショップに関しては散々だった。まず、契約の関係で新機種に変えた場合変更料金が発生すること。これにより三世代前の同じ機種を買い戻すはめになった。

 一方、華菜は陳列されている最新の携帯電話の数々に目を光らせていた。

「私も携帯電話買おうかしら」

 そう言う華菜の携帯電話は今時珍しい二つ折り形式のものだった。そうなると当然、店員はここぞとばかりに新機種の良さを彼女にアピールしていく。

「お電話はよくなされますか?」

「いいえ」

「じゃあメール主体なんですか」

「……そう言うわけでもないです」

「あ、ああ。ガラケーでもSNSはできますもんね!」

「……しません」

「ど、動画見たりとかゲームとかできますよ! スマホなら!」

「もういいです」

 この流れは完全に誤算だった。彼女にとって携帯電話は不要なものだということが証明されるということは、昨今の若者の事情から考えれば必然人間関係の構築が苦手な人であるということが分かる。更に言えばプライドの高い彼女にとってそれを他人に知られることは屈辱であるということだ。以前これを指摘してかなり拗ねたこともあるし。

 もっと恐ろしいのは彼女が静かに怒っていたということ。まだ契約中の一流を差し置いて足早に携帯ショップを出ると、黙々と帰路をひた歩いていく。一流が走って追い付いたときには、家まで後数分の所だった。

 彼女の歩行速度はいつもよりゆっくりだった。一流は何も言わず彼女の後ろについて、一緒に歩いた。

 顔を上げる。空には一面黒い雲が敷き詰められている。一雨来るなと思った矢先、小雨が降り始めた。しかし家までもうあと少し、少し位濡れても平気か。

 しかし雨は急に足を強める。

「やべっ!?」

 一流は駆け出す。だが華菜を追い抜いた所で足を止めた。彼女は走る素振りも見せなければ、あろうことか立ち止ったのだ。

「何してんすか! 風邪ひきますよ!」

「犬」

 彼女の指さす先には、電柱があり、その陰に小さくうずくまる毛玉が一つ。小刻みに震えている。

「可愛そうだわ。拾って」

「は? いや拾えって……」

 雨脚は更に強まる。今流行りのゲリラ豪雨という奴か。いい加減にしないと本当に病気になってしまう。

「お願い」

「……んもー!」

 この数日間行動を共にした中で初めてのお願いだった。命令ではなく、お願い。それ程先の件が堪えたのか、はたまた。しかし女の扱いに慣れていない一流にとって、そのギャップに勝つことはできなかった。


 ――と大まかに振り返るも、餌代や予防接種等諸費用でかなりかかると言うし、アルバイトを辞めた今犬を飼う余裕などない。

 ああ、しかし円らな瞳で見つめられるとどうも弱い。頭を撫で、腹を撫でるとすごく喜ぶ。手を放すと名残惜しそうに小さく唸る。

「よ、よーしよし! よーしよしよしよし!!」

 なんと人懐っこいことか。なんとモコモコで温もり溢れる生き物なのだろう。

「はっ!?」

 いけない。このままでは愛着が湧いてしまう。……最早手遅れかもしれない。だが、ここはあえて示そう。この毛玉に対する我が感情を、貴様の立場を。

 一流は若干湿った体で居間まで移動すると、机の上に乱雑に置かれた雑誌を拾い上げた。今週発売の週刊漫画雑誌『ヤングヤンガー』その見開きページに掲載された今を時めく若手アイドル葉山夕夏はやまゆうかちゃんをマジマジと見る。

「漆黒のロングヘアに透き通るような白い肌。あどけなさの中に垣間見える大人っぽさ!」

 ちらりと子犬を見る。なんだか不満そうな顔をしている。ような気がする。

「やっぱり可愛いな。貴様の様な畜生毛玉とは大違いだ! やはり人間様が一番だな!!!」

 高らかに笑い声を上げると、葉山夕夏の写真に熱烈なキッスをした。嫉妬したのか、奇行に怯えたのかは分からない(十中八九後者)が、子犬が甲高い声で吠える。

「ほれ、これが葉山夕夏ちゃんだ。まあ飯食って糞して寝るだけの貴様に見せても意味はないだろうがな!」

 見開きページを見せつけるように子犬の顔の前に持っていく。子犬の鳴き声は段々間隔を狭め激しくなっていく。 

「アイドルはウンコなんてしないからお前とは偉い違いだな!」

 それ言い終わった時だった。子犬は一瞬静かになると、これまでで一番大きく甲高い声で一回鳴いた。それだけで驚くような一流ではなかったが、次の瞬間電球の様に発光しだしたのには流石に驚いた。

「なんあななんだってんだよお!?」

 子犬から直ぐに離れなければいけないと直観が告げ、玄関へ駆け出す。だがそれよりも早く背後から襲う衝撃波に吹き飛ばされ、その後にやってきた轟音と稲妻のような激しい光を浴び(あ、死んだな)と感じた。

 朦朧とした意識の中、玄関口から華菜や杏樹の声が聞こえた。目の前には滅茶苦茶になった居間があり、その真ん中で裸の葉山夕夏が座っていた。

「うわあ、これは駄目なやつだわ」

 一流は苦笑いを浮かべながら擦れた声で呟く。

 惚けた表情をしていた葉山夕夏は、一流の方を見るとニコリと笑みを浮かべ「ワン!」と鳴いた。

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